昭和の黒船! フジマル、ロンシャンに立つ
第37話:昭和の黒船! フジマル、ロンシャンに立つ
パリ、ロンシャンサーキット。
凱旋門賞への前哨戦、フォワ賞。距離、二千四百メートル。
イギリス、フランス、ドイツ。ヨーロッパ各国のエリート機たちがパドックに並ぶ中、異様なまでの「重低音」が、石造りの歴史あるスタンドをビリビリと震わせていた。
ドッ、ドッ、ドッ、ドッ……。
心臓を直接鷲掴みにされるような、古代式メガ・シリンダーの唸り。そこに立っていたのは、白銀と黒鉄の超重装甲に身を包んだ、歴史的超絶巨獣だった。
最新鋭の流線型フレームとは無縁の、どこか無骨で、古風な機体。だが、一切の無駄がない。
「……あれが、山内慎太郎。十一戦、十一勝。生涯、一度も負けたことがない、日本の生ける伝説」
ウラヌス2のカクピットで、守は息を呑んだ。ハッチから見える山内は、寡黙で、職人のような静かな眼差しをしていた。
からくり競馬の黎明期から走り続け、すべての機体の進化を見届けてきた男。そして、その進化を、すべてこの旧式の巨獣一機で捻じ伏せてきたのだ。
「守、データの解析が追いつかないわ……!」
無線から、凛の焦燥した声が響く。
「あのフジマル、最新のAIも、ブースターも一切積んでない。ただのシリンダーの出力と、ジョッキーの体重移動だけで走ってる。なのに、出力のグラフが、天井を突き破ってるのよ……!」
「……ああ。データじゃないんだよ、凛。あれは、歴史そのものだ」
かつてこの機体を駆り、不慮の交通事故で夭逝した若き天才ジョッキー・前田長慶。その親友であった山内が手綱を引き継ぎ、長慶の遺したミリ単位の重心移動のクセを、今も忠実に再現し続けている。二人の天才の魂が、半世紀の時を超えて、この白銀の巨獣を動かしているのだ。
◆ 第一節 大差の領域
『――伝統のフォワ賞、今、ゲートが開いた! ……おっと、日本のフジマル、古代式モーターのラグか、スタートはわずかに後手を踏んだ!』
ガツン、とゲートが開いた直後、フジマルは馬群の最後方に置かれた。だが、山内慎太郎は眉一つ動かさない。
白銀の巨獣のシリンダーが、ゆっくりと、確実に、その回転数を上げていく。
二千メートル。ロンシャンの重い芝を、他の欧州機やウラヌス2が必死に掻き分けて進む中。フジマルの巨大な蹄が、大地を割るようなストライドで、芝を踏み潰した。
「――どきなさい、若造ども。本物の走りを、見せてやる」
山内が静かに、生身の手綱を絞る。
キィィィィン、というブースター音ではない。ゴオォォォォンッ!! という、大気を爆砕するような排気音と共に、フジマルが加速した。
一歩、一歩が、他の機体の三歩分。
馬群の外を悠然と回り、坂を登り、下る。
欧州のエリートたちが「自分たちが止まっているのではないか」と錯覚するほどの、絶望的なストライド。
「嘘……! あの超重量で、どうしてロンシャンの泥に沈まないのよ!?」
凛が叫ぶ。
「違うわ、凛! 沈んでいるんじゃない、重すぎる自重で、泥の底の岩盤まで一瞬で踏み固めて、それを足場にして跳躍しているんだ!」
瞬く間に先頭に立つと、そのまま後続を五馬身、十馬身と突き放していく。影をも踏ませぬ、孤独な独走。これぞ、無敗の絶対王者が支配する**「大差の領域」**。
「……バカな! ロンシャンの深い芝で、あんな超重量級が、あんな速度で走れるわけがない!」
イギリスの《キング・アーサー》を駆るエドワード卿が、驚愕のあまり絶叫する。
ウラヌス2の守もまた、必死にプレッシャー・ブーストと重圧ユニットを駆動させ、泥を跳ね上げて追走していた。
だが、追いつけない。
視界の遥か先、悠然と、美しく、そして暴力的なまでの超馬力で、白銀の巨獣がロンシャンの直線を独走している。
(……強い。強すぎる……ッ! ミルコの芸術的なスピードとも、うららの超・集中とも違う。ただただ、絶対的な『存在の格』の差だ!)
「守! エンジンが持たないわ、ブーストを切って!」
「クソッ……! 待ってろ、フジマル……山内さん!!」
守は歯を食いしばり、ウラヌス2の操縦桿を限界まで押し込んだ。だが、その執念をあざ笑うかのように。
フジマルは、ただ一機、悠然と大差をつけて、ロンシャンのゴール板を駆け抜けた。
十一戦、十一勝。
からくり競馬の黎明から続く無敗の歴史が、花の都パリの空の下で、再び完全な形で証明されたのだ。




