表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
からくり競馬  作者: 水前寺鯉太郎
銀河の舞踏(ワルツ) 〜世界を駆ける、泥のステップ〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/40

世界最高峰の壁! ロンシャン、緑の地獄の洗礼

第36話:世界最高峰の壁! ロンシャン、緑の地獄の洗礼


二〇五一年、十月。フランス、パリ。

 ブローニュの森に抱かれた、からくり競馬の聖地――ロンシャンサーキット。

 秋の柔らかな陽光とは裏腹に、コースに足を踏み入れた西守は、その「重圧」に息を呑んだ。

 日本の芝とは、色が違う。匂いが違う。そして何より、足の裏から伝わる「深さ」が、全く別物だった。

「……これが、ロンシャン。ミルコが言っていた『緑の地獄』か」

 守は、ウラヌス2の足元を見つめた。広島から運び込まれた黒鉄の巨体。そこには、府中の敗北を受けて凛が不眠不休で仕上げた、鋭い超硬合金のスパイクを備えた**重圧ユニット(ヘビー・プレス)**が装着されている。

「驚いた? 守。ここの土は粘土質で、一度足を取られれば、油圧システムごと『飲み込まれる』わ。日本の精密な高速機体スピードスターたちが、ここで次々とスクラップになって消えていった理由……。この粘りつくような死の感触が、それよ」

 凛が、タブレットの警告音を睨みながら呟く。周囲のピットからは、世界中から集まったエリート機たちの駆動音が響いていた。

 イギリスの伝統、ドイツの剛健、そして地元フランスの矜持。どれもが、ウラヌス2のような「継ぎ接ぎの執念」ではない。国家予算級の資金と最高峰の理論が産んだ、美しき**「神の工芸品」**たちだ。


 その時、ピットの入り口に、一機の「黄金」と「ロイヤルブルー」の機体が姿を現した。

「――おや。これが、極東の掃き溜めから来たという『ガラクタの怪物』かい?」

 優雅な、だが底冷えするような声。そこにいたのは、イギリスの至宝、エドワード・ハミルトン卿。彼の愛機は、伝説のスタミナ馬をモデルにした**《キング・アーサー》**。

 全身を金色の防錆コーティングで覆い、四肢はロンシャンの深芝を「叩き潰す」ための巨大な油圧ピストンへと換装されている。

「……ミルコを追い詰めたというから、どんな芸術品かと思えば。ただの、重機ブルドーザーじゃないか。ここが戦場ではなく、サーキットであることを忘れたのかい?」

 エドワードが鼻で笑う。彼の背後には、ドイツの精密工学の結晶**《アイアン・ビスマルク》、アイルランドの荒波を越えてきた《ケルティック・サンダー》**など、凱旋門賞の有力候補たちが顔を揃えていた。

「重機で結構だ。あんたたちの綺麗な工芸品が、その重い泥に足を取られて喘いでいる横を、俺たちはこの『鉄の爪』で大地を粉砕して進むだけだからな」

 守は、エドワードの視線を真っ向から跳ね返した。言葉は通じずとも、ジョッキー同士の「殺気」が、秋のパリの空気をピリつかせる。


 守はウラヌス2に乗り込み、初めてロンシャンのターフへと足を踏み入れた。

 一歩、踏み出す。

 ズブッ、と足首まで芝が沈み込み、吸い付くような土の感触が機体全体を揺さぶる。

「――っ、重い! 駆動効率、四〇パーセント以下だと!?」

 メインコンソールに表示される真っ赤な警告ログ。ハイセイコー型エンジンが、未知の過負荷に耐えかねて、呻きのような異音を上げ始める。日本の三冠馬、春の盾の王者が、たった一歩の歩行にさえ悲鳴を上げる。これが、世界の壁。

「守、無理に回さないで! 今の負荷で全開にしたら、シリンダーが内側から弾け飛ぶわ!」

 凛の悲鳴が無線に飛ぶ。だが、守はレバーを離さなかった。歯を食いしばり、ウラヌス2と「脳波ニューラル」を深く、深く沈めていく。

(……分かってる。ここの芝は、走る場所じゃない。……『格闘』する相手なんだ!)

 守は、新開発の重圧ユニットの出力を、敢えて「最大オーバーロード」に設定した。効率など知ったことか。芝を噛み、土を爆破するように蹴り上げる。

 ドゴォォォンッ!

 ロンシャンの聖なる土が、黒い塊となって高く舞い上がった。重圧ユニットが芝を粉砕し、強引に「道」を作る。スマートさの欠片もない、暴力的な歩進。


 その荒々しい試走を、遠く離れたピットの屋上から見つめる影があった。ミルコ・スミス。彼の《ホワイトヴァルキリー》は、既にロンシャンの風に馴染み、白銀の翼を静かに休めていた。

「――来たね、マモル。君がその『泥臭い地力』で、この気高いロンシャンの芝をどう汚してくれるのか……。僕は、楽しみで仕方がないよ」

 守のウラヌス2が排気口から吐き出す、真っ黒な煙。それが、パリの澄んだ空を汚していく。それは、世界中のエリートたちへの、泥にまみれた宣戦布告だった。

「……見てろよ、世界。ガラクタが、凱旋門を力ずくでこじ開けてやる!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ