凱旋門への翼! 府中の決着、そしてパリの空へ
第35話:凱旋門への翼! 府中の決着、そしてパリの空へ
府中のターフを切り裂いた死闘の果て、電光掲示板の頂点に刻まれたのは、やはりあの白銀の機体だった。
【一着:ホワイトヴァルキリー】
【二着:ウラヌス2(一馬身)】
「……届かなかった。あと、たった一馬身……ッ!」
ウラヌス2のカクピットで、守はハンドルを握りしめたまま、ガクリと項垂れた。
全身の血管が焼き切れるような同調。プレッシャー・ブーストの限界突破。すべてを注ぎ込んだ。それでも、ミルコの描く理想の「光の軌跡」に、あと数メートルだけ、届かなかった。
「……守、泣かないで」
無線から、凛の震える声。
「ウラヌス2の心臓は止まってない。フレームも、一箇所も割れてないわ。……去年のあんたとは、全然違う。私たちは、負けてない……!」
「分かってる、凛。……分かってるんだ。でも、この二メートルが……世界との距離なんだな」
守は、煤けたコンソールを拳で叩いた。
春の盾を獲り、マイルを制し、自分たちが最強だと自惚れていた。だが、世界は、その遥か先で自分たちを待っていたのだ。
パドックへと引き揚げる二機。一着で凱旋するホワイトヴァルキリーのハッチから、ミルコ・スミスが守を見つめていた。その瞳に、かつての余裕の笑みはない。あるのは、戦慄にも似た「高揚」だ。
「――素晴らしいレースだったよ、マモル。僕のヴァルキリーが、直線でこれほど恐怖を感じたのは初めてだ」
ミルコが、ホワイトヴァルキリーをウラヌス2の真横に寄せた。白銀の装甲と、泥だらけの黒鉄。
「君の『地力』は、この府中の綺麗な芝では収まりきらないようだね。……でも、フランスのロンシャンは違う。あそこの芝は、君が愛する『泥』と同じくらい、深く、重く、残酷だ。芸術的なスピードが通用しない、緑の地獄。そこで、本当の決着をつけよう。君のガラクタの足が、ロンシャンの泥を掴めるかどうか……パリで待っているよ」
ミルコはそう言い残すと、白銀の翼を翻して去っていった。
数日後。広島のガレージ。そこには、大型の国際輸送用コンテナに収められるウラヌス2の姿があった。
「――いいの、守? 本当に、この脚で行くのね」
凛が、ウラヌス2のフット・ユニットを指さした。そこには、府中で使った軽量合金ではない、さらに重厚で、鋭い鋼鉄の爪を備えた**「深芝専用・重圧粉砕ユニット」**が装着されていた。
「ああ。ミルコは『芸術的なスピード』で勝った。なら、俺たちはロンシャンの重い芝を、力ずくで『粉砕』して進む。綺麗な走りは、日本に置いていくんだ」
守の瞳には、ジャパンカップの敗北を経て、さらに鋭くなった怪物の光が宿っていた。
「……よし。決まりね。お父さんがかつて辿り着けなかった場所、私たちが代わりに踏み荒らしてやりましょう」
凛がコンテナのハッチを力強く閉めた。さあ、行きましょう。日本のガラクタが、世界の頂点を踏み躙るために。
二〇五一年、秋。
フランス、シャルル・ド・ゴール空港。
コンテナから降ろされたウラヌス2が、初めてパリの乾いた風を浴びた。
エッフェル塔の向こう、ロンシャンサーキット。そこには、ヨーロッパ中から集まった、伝説の名馬たちの魂を宿した「からくり芸術品」たちが、東洋の怪物を待ち構えている。
守は、凛が解析しているタブレットの端に、かつての父親のログが小さく点滅しているのを見た。
【――ロンシャン。深層の泥の先に、答えはある】
「親父……あんたの背中も、ここで捕まえてやる」
府中で逃した一馬身。その差を埋め、世界の闇を暴くための三千二百キロの旅が、今、ここから始まる。




