「暁の朗報! 砂漠を駆けた車輪、次は大阪(おれたち)の番だ」
第26話:暁の朗報! 砂漠を駆けた車輪、次は大阪の番だ
二〇五一年、三月末。深夜の広島。
造船所のクレーンが闇に沈む海岸沿いのガレージには、不夜城のように明かりが灯っていた。
チリ、チリ、とウラヌス2の冷却フィンが熱を逃がす音。
大阪杯(二千メートル)でのスピード負けを克服するため、守と凛は、ハイセイコー型エンジンの超圧縮燃焼に瞬間的な超高圧をかける『プレッシャー・ブースト・プログラム』の実装テストを繰り返していた。
「……ダメね。やっぱり、二千メートルの超高速ラップに合わせようとすると、コーナーリングの遠心力にフレームが負ける。廃材装甲の剛性じゃ、世界レベルのスピード旋回に耐えられないわ」
凛が、目の下に濃いクマを作りながらキーボードを叩く。
地力はウラヌス2が圧倒的に上。だが、それを「超高速域の持続」へと変換しようとすると、旋回のG(重力加速度)で自壊してしまう。有馬記念で、うららのブライトホークに一瞬の切れ味で差された悪夢が、再びガレージに暗い影を落としていた。
その時だった。ガレージの片隅に置かれた大型モニターが、けたたましい電子音を鳴らした。
『――緊急速報! ドバイワールドカップ、写真判定の結果、日本のノースベガが一着単独確定!! 世界のダートの頂点に立ちました!!』
「……え?」
守と凛が、同時にモニターを振り返る。
画面に映し出されていたのは、ドバイの深夜のターフ。
白煙を吹き、三輪になり、ボロボロになりながらも、世界の頂点で日本の日の丸を背負って胸を張る《ノースベガ》。そして、カクピットハッチの上で、泥だらけの顔に満面の笑みを浮かべ、砂漠の星空に向かって拳を突き上げる北斗茜の姿だった。
『――現地のメカニックによれば、第四コーナーで致命的なフレーム破損があったものの、日本製の特殊ナノ修復グリスが奇跡的に機体を繋ぎ止めたとのことです!』
「……西、あんたが渡したやつ……!」
凛が、信じられないものを見るような目で守を見た。
守は、煤けた両手を見つめ、ゆっくりと握りしめた。
届いたんだ。
自分たちの、地べたを這いずり回って、廃材をかき集めて作った「ガラクタの意地(DIY)」が。
世界の最新鋭機がひしめくドバイの砂漠で、茜とノースベガの命を、そして栄光を、本当に繋ぎ止めたんだ!
「やった……やったぞ、凛!! 茜さんが、世界一だ!!」
「あったり前でしょ! 私たちの技術よ、世界に通用しないわけがないじゃない!」
凛が、涙を目に溜めながら、守の肩をバシバシと叩いた。
ガレージを包んでいた暗い沈黙が、一瞬で、熱い歓喜の炎へと変わる。
「――サァ、お祝いはここまでよ、守」
凛が、涙を乱暴に袖で拭うと、再びキーボードへと向き直った。その瞳には、先ほどまでの迷いや疲れは一切ない。自分たちの技術に対する、絶対的な誇りが宿っていた。
「ダートの女王が世界を獲ったのよ。クラシック三冠馬(ウラヌス2)が、日本の大阪杯で、スピードのエリートたちに負けるなんて、絶対に許されないわ」
「ああ。……わかってる」
守は、ウラヌス2の黒鉄のシートに滑り込んだ。
ニューラルリンクのプラグを首筋に差し込む。頭の中に、ドバイの砂を蹴り、車輪を軋ませて駆け抜けた茜の不屈の闘志が流れ込んでくるような気がした。
(茜さんが、因縁のドバイで、運命を力ずくで蹴散らしたんだ。……俺たちに、できないわけがない!)
守がスロットルを押し込んだ。
ドゴォォォォンッ!!
ハイセイコー型エンジンが、これまでで最も猛烈な咆哮を上げた。
黒煙を吹き上げ、ウラヌス2のメインカメラが、血のように赤い、禍々しい光を放つ。
「凛! プレッシャー・ブーストの限界値を、もう十パーセント引き上げろ!」
「正気!? コーナーの遠心力でフレームが爆ぜるわよ!」
「爆ぜさせない! ウラヌス2の各関節の油圧を、ミリ秒単位で俺が直接『脱力』して逃がす! 衝撃は、俺のニューラルリンクで受け流す!」
あの北海道の砂浜で掴んだ、泥をいなす感覚。それを今、超高速域のグリップへと応用する。
「上等だ! 綺麗なスピードなんていらない! 阪神の小回りコーナーを重トルクでねじ伏せ、最後の急坂で光速の連中をまとめて踏み潰してやる!!」
モニターの向こうで、茜が笑っている。
ガレージの中で、ウラヌス2が吼えている。
迷いは、完全に消えた。
有馬記念の悔しさを、うららへのリベンジを。そしてその先にある天皇賞・春への絶対的王道を!
四月の阪神サーキット。距離、二千メートル。
地力で、光速を駆逐する。
怪物の真の逆襲のゲートが、今、静かに開き始めていた。




