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からくり競馬  作者: 水前寺鯉太郎
銀河の舞踏(ワルツ) 〜世界を駆ける、泥のステップ〜

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「怪物の咆哮! 起動、ウラヌス2(ツー)」

第20話:怪物の咆哮! 起動、ウラヌス2(ツー)

 ジャパンカップの敗北、そしてウラヌスの大破から二ヶ月。

 静まり返ったガレージの中に、青白い火花が激しく散っていた。

 バチッ、バチチッ! と激しいアーク溶接の光が、守のすすけた顔を照らし出す。

 かつてのウラヌスは、失踪した父が遺してくれた遺産だった。だが、今、守の目の前にあるのは、守が自ら廃材置き場を駆けずり回り、自分の手でボルトを締め、歪んだフレームを叩き直した機体だ。

「……火を止めて。結合テスト、始めるわよ、守」

 凛が、徹夜続きの充血した目をこすりながら、キーボードを叩いた。

 ガレージの中央。

 そこには、初代ウラヌスの面影を色濃く残しながらも、一回り太く、逞しくビルドアップされた黒鉄の機体が静止していた。

 機体名《ウラヌス2(ツー)》。

 各部の増加装甲は、解体された重機やスクラップの廃車から叩き出されている。不格好で、パッチワークのツギハギ。洗練された流線型とは無縁の無骨なフォルム。

 だが、その強靭な胸部装甲の奥底には、凛がネットの闇ルートを駆使し、岡部太陽の資金協力を得て手に入れた、伝説の旧式内燃機関エンジンが埋め込まれていた。

「……超高圧縮バイオ・ドライブ。かつて地方の泥の中から現れ、中央のピカピカのエリートたちを、その圧倒的な野生のパワーだけでねじ伏せた、昭和の怪物の心臓よ」

 凛が、ウラヌス2の分厚い胸部を愛おしそうに叩く。

「洗練された世界基準のパーツなんかじゃない。でもね、重い砂を踏みしめ、どんな泥濘だろうが、障害だろうが、力ずくで跳ね飛ばして前に進む。……今のあなたと、今のウラヌスには、これ以上ない心臓よ」

 守は、煤とオイルだらけの手で、ウラヌス2の冷たいフレームに触れた。

 ジャパンカップの敗北の夜、手のひらで掬い取った泥水の冷たさ。

 世界基準の美しきワルツに届かなかった悔しさ。

 そのすべての激情が、この黒鉄のフレームの中に、静かに溶接されている。

「――起動するぞ、ウラヌス。もう一度、俺と一緒に世界を走ってくれ」

 守がカクピットに滑り込み、ニューラルリンクのプラグを、首筋へと力強く差し込んだ。

 カチ、カチ、カチ……。

 電子システムが立ち上がっていく。

 初代ウラヌスの時にあったような、電子的な拒絶ノイズは一切ない。守の手で一から組み上げたからこそ、機体の神経ケーブル一本一本が、守自身の神経組織と寸分の狂いもなく同期している。

『――同調率、初期値、九十八パーセント。……上昇、百、百二……!』

「な……!? 起動した瞬間から、限界リミッターを超えているわ!」

 凛の驚愕の声を余所に、守が、メインコンソールの点火レバー(イグニッション)を引き絞った。

 キュルキュルキュル……! と旧式のセルモーターが激しく軋む。

 一度目は、火が点かない。沈黙。

 守はレバーを握りしめ、己の魂の熱を、ニューラルリンクを通じて心臓シリンダーへと叩き込んだ。

 二度目。

 ドガァァァァァンッ!!

 ガレージのトタン屋根を、コンクリートの床を激しく揺らし、ハイセイコー型エンジンが、猛獣のような咆哮を上げた!

 初代のバーストとは、根本的に違う。

 地鳴りのような、腹の底に直接響く重低音。マフラーからもうもうと黒煙を吹き上げながら、ウラヌス2のメインカメラが、血のように赤い、禍々しくも美しい光を放った。

「ハァ……ハァ……ハァ……!!」

 ニューラルリンクを通じて、爆発的な、圧倒的なトルクが守の脳へと逆流してくる。

 重い。脳が焼き切れそうなほどに。だが、最高に心地いい。

 その暴力的なパワーが、錆びついた機体を、大地へとガッチリと縫い付けていた。

(わかる。……ウラヌス2の蹄を通じて、ガレージの床の厚み、大地の底の硬さまで、手に取るように解るぞ!)

「これなら、いける。芝も、ダートも、どんな世界基準の壁だろうが……俺たちが、力ずくでぶち壊す!」

 守の瞳に、かつての迷いは微塵もなかった。

 敗北の泥水を啜ったガラクタの星は、今、本物の『怪物』へと生まれ変わったのだ。

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