新章・世界へ! 白き戦乙女のワルツ
第17話:新章・世界へ! 白き戦乙女のワルツ
菊花賞の同着という歴史的死闘から、一ヶ月。
秋の府中に、世界中のからくり競馬ファンと、各国のメディアの熱狂が殺到していた。
最高峰の国際G1――ジャパンカップ。距離、芝二千四百メートル。
日本のクラシック三冠を制した機体と、世界各国のトップリーグを勝ち抜いてきた「怪物」たちが激突する、真の世界一決定戦だ。
「……ピカピカの最新鋭機どころか、もはや芸術品ね。日本の技術が、おもちゃに見えてくるわ」
パドックの地下馬道。凛がタブレットを握りしめ、ごくりと唾を呑んだ。
世界のコンテナから降ろされる機体は、どれも日本の規格を超えていた。オイルではなく液体窒素で冷却するドバイの超巨体、未知のバイオ筋肉を編み込んだアメリカの肉食獣型。
その異形の大群の中でも、一際、神聖なまでの存在感を放つ「白銀の光」があった。
白い戦乙女。
白銀の超軽量高剛性モノコックフレーム。無駄なボルト一本すら見当たらない、彫刻のような美しき外装。
そしてその背には、彫りの深い端正な顔立ちに、陽気な笑みを浮かべた金髪の青年が跨っていた。フランスからの刺客、ミルコ・スミス。
「オゥ、君が日本の『無敗の三冠』のボーイ(西守)か! 噂はパリまで届いているよ!」
ミルコはホワイトヴァルキリーから軽やかに飛び降りると、守の肩を親しげに叩いてウインクした。陽気で、紳士的。だが、その青い瞳の奥には、氷のような絶対的な自信が宿っている。
「日本のからくり競馬、とても興味深いネ! 泥を啜り、汗を流す……ビューティフルだ。でもね、守ボーイ。本当の競馬は、もっと優雅なものだよ」
「……エレガント?」
「そう。私のホワイトヴァルキリー。彼女のステップを見れば、君の錆びたウラヌスも、恋に落ちてしまうかもしれないね!」
ミルコは笑いながら、白銀の機体の首筋にそっと唇を寄せた。
悪意はない。ただ、圧倒的なステージの違い。世界基準の「誇り」が、守の全身に、目に見えないプレッシャーとなってのしかかる。
ファンファーレが、超満員の東京サーキットに鳴り響く。
国際G1、ジャパンカップ。
世界各国の言語による実況が飛び交う中、電磁ゲートが跳ね上がった。
『――世界一決定戦、ジャパンカップ! 各国の怪物が今、一斉にスタート!』
ガツン! とゲートが開く。
ウラヌスは抜群のスタートを切り、好位につけた。だが、それを嘲笑うかのように、一頭の白銀の影が、外側から音もなく上がってきた。
「――サァ、ダンスの時間だよ、ヴァルキリー!」
ミルコ・スミスの機体が、芝の上を「滑り」始めた。
磁気浮揚ハイブリッドサスペンションが、路面の微細な凹凸を瞬時に無効化する。ミルコ自身がコクピット内で流麗な重心移動を行うことで、機体とジョッキーが完全同期。
芝の塊が跳ね上がる荒れた路面。掘り返された内側の泥濘。
他の日本馬が足を取られ、僅かに減速するその「悪路」を、ホワイトヴァルキリーだけは、まるで平坦な大理石のダンスフロアのように、優雅に、最速最短ルートで駆け抜けていく。
「な……嘘でしょ!? 荒れた内側の馬場を走っているのに、ラップタイムがまったく落ちていないわ!」
無線から、凛の驚愕の叫びが聞こえる。
「これがミルコの『氷上のワルツ(地形無視)』よ! どんな悪路でもグリップを瞬時に最適化させ、減速をゼロにする。全馬場適性、オール『◯』の化け物機体だわ!」
(速い……! だが、これまでの直線的な速さとも、スタミナとも違う。どこを走っても、最短ルートを最速で駆け抜ける、完璧な『最適解』の走りだ!)
守はウラヌスの手綱を握りしめ、必死に追走する。だが、ホワイトヴァルキリーの白銀の背中は、まるで蜃気楼のように遠のいていく。
第三コーナー。府中の大ケヤキを過ぎ、勝負の最終直線が迫る。
「――ここからが、クライマックスだ。ヴァルキリー・ディセンド(戦乙女の降臨)!」
ミルコが呟くと同時に、ホワイトヴァルキリーの排気口から、美しい白銀の冷却蒸気がブワリと噴き出した。
接地圧を極限までコントロールし、芝を傷つけることなく、風の抵抗を置き去りにして加速する。一切の無駄がない、芸術的な美しさ。
「う、あああっ……!」
ウラヌスの心臓(古代式シリンダー)が、世界のスピードについていこうと、悲鳴を上げる。
日本の頂点を極めたガラクタの星。だが、世界最高峰の芸術品の走りの前では、その錆びたフレームが、あまりにも不格好に思えた。
(……綺麗すぎる。あんな完璧な光の世界に、どうやって追いつけばいいんだ!?)
視界が白濁し、心が折れかける守。
だが、その時。パドックで自分を見送った、岡部、茜、亮平、御厨兄弟、そして米田太一の顔が脳裏を過った。
(……いや、違う。不格好で、何が悪い!)
守は、朦朧とする意識に、怒りとプライドという劇薬を叩き込んだ。
ウラヌスは、美しきガラスの芸術品じゃない。
泥を喰み、砂を噛み、錆びた鉄を叩き直して、地べたの底から這い上がってきたガラクタの星だ!
「――綺麗に踊るだけが、競馬じゃない! 俺たちの、泥だらけのステップを見せてやる!!」
守の咆哮と共に、ウラヌスの深層基盤が、真っ赤に、激しく明滅した。
夏の北海道で、茜の砂塵のカーテンや重ダートを耐え抜いた足腰が、府中の荒れた内ラチの泥濘をガッシリと掴む。滑るのではない。泥を力ずくで蹴り砕き、前方への暴力的なトラクションへと変換するのだ!
同調率、一〇九パーセント。
バースト機構、限界点火!
芸術的な白銀の舞踏に、地べたのガラクタが、火花を散らして殴りかかる!




