三冠の真実! 京都の空に響く、錆びた蹄音
第16話:三冠の真実! 京都の空に響く、錆びた蹄音
超巨大スタジアムを埋め尽くす十万人の観衆が、一斉に、声を失っていた。
電光掲示板には『写真判定』の赤い文字が、不気味に点滅している。
ガラクタの星と、漆黒の刺客。
二つの異なる「強さの魂」が、ゴールラインの寸分狂わぬ同じ位置を、火花と油煙を散らして同時に駆け抜けたのだ。
その直後。
バチバチと、限界を超えたパルスモーターが火花を散らしながら、もう一機の黒い影が、執念でゴール板へと滑り込んだ。
岡部太陽の《シュバルツ・ルドルフ》。
「ハァ……ハァ……ハァ……ッ!」
ゴールを駆け抜けた直後、ルドルフの緊急冷却ファンが金属音を立てて悲鳴を上げ、白煙と共に失速する。
コクピットの中で、岡部太陽は過呼吸寸前の呼吸を繰り返しながら、操縦桿を握りしめていた。
個人資産をすべて投げ打ち、安全リミッターをかなぐり捨てた魔改造機。かつてのエリートの傲慢さを完全に捨て去り、ただ「西守ともう一度、真剣勝負がしたい」という飢えた本能だけで、中央の三千メートルの地獄を、三着で走り抜けたのだ。
「……負けたか。だが、悔いは、ない……ッ!」
太陽は、電光掲示板の『三着・岡部』の文字を見て、泥とオイルに塗れた顔で、最高に晴れやかに笑った。
ウラヌスのコクピット。守は、両手を膝に置いたまま、指一本動かせずにいた。
全身の血液が沸騰するような、限界突破同調(シンクロ率一〇八パーセント)の超高熱が、じわじわと冷めていく。ウラヌスの古代式シリンダーが、チリチリと冷却音を立てていた。
『守。大丈夫……!?』
無線から、凛の震える声が響く。
ピットで見守る凛、北斗茜、安藤亮平、そして御厨兄弟。チーム・ウラヌスの全員が、祈るように電光掲示板を見つめていた。
「……ああ。ウラヌスは、最後まで、最高に走ってくれたよ」
守はウラヌスのネックフレームに、そっと手を添えた。
負けても、勝っても、悔いはない。
夏の灼熱の砂浜を駆け抜け、三千メートルの長距離の罠を、この錆びついた機体と一緒に、全力で突破したのだから。
隣には、同じように白煙を吹く《ブラックライス》と、米田太一が佇んでいた。
米田はおっとりとした笑顔のまま、守の方を向いて、静かに頷いた。その瞳には、かつての冷徹な「ヒール(悪役)」の影はなく、一人のジョッキーとしての、最大級の敬意が宿っていた。
電子判定板の『写真判定』の文字が、激しく明滅を繰り返す。
十万人の観衆が、固唾を呑んだ。
カシャッ、という静かな電子シャッター音と共に、二機の鼻先が超拡大された静止画が、スタジアムの巨大モニターに映し出される。
ウラヌスの、錆びついた泥臭いノーズの先端。
ブラックライスの、光を吸い込む漆黒の耐熱装甲。
二つの機体の、最前線のピクセルが、赤い判定ラインの上に、一ミリの狂いもなく、完璧に重なり合っていた。
『――着順、確定。一着、同着! ウラヌス、およびブラックライス!!』
ワァァァァァッ!!
スタジアムの天蓋が吹き飛ぶかのような、爆発的な歓声と拍手が、京都の秋空を揺らした。
「同着……!? 三冠の偉業と、漆黒の刺客が、同時に頂点に立ったの!?」
無線から、凛の泣き笑いのような叫びが聞こえる。
「あはは、すごいね、守くん! 同着だ。僕のブラックライスと、君のウラヌスが、世界で一番強いってことだ!」
米田太一がカクピットから身を乗り出し、満面の笑顔で両手を広げた。
守もまた、込み上げてくる熱い感情を抑えきれず、ガッツポーズを天に突き上げた。
「やったな、ウラヌス!! 俺たちが、無敗の三冠馬だ!!」
熱狂の余韻に包まれながら、パドックへと戻る三機。
先頭を並んで歩くウラヌスとブラックライス。そして、そのすぐ後ろを、どこか誇らしげに、胸を張って歩くシュバルツ・ルドルフ。
パドックでは、凛や茜、亮平、そして御厨兄弟が、満面の笑みで守を出迎えた。
「よくやったわ、守! 本当に、最高に格好良かった!」
凛が駆け寄り、守のヘルメットを乱暴に撫で回す。その瞳には、こらえきれない涙が光っていた。
「西。お前、本当に、どうしようもない化け物だな」
ルドルフから降りた岡部太陽が、汗を拭いながら歩み寄ってきた。
「今回は俺の負けだ。だが、次は絶対に、俺のルドルフが、お前のウラヌスを真っ正面から抜き去ってやる。……首を洗って待ってろよ、俺の終生のライバル」
太陽は不敵に笑い、泥とオイルだらけの手を、守へと真っ直ぐに差し出した。
守は迷わず、その手をガッチリと握り返した。
「ああ、望むところだ、岡部。お前がいてくれたから、俺は、地べたの底からここまで来られたんだ」
地方の泥の中で削り合い、喧嘩をし、罵り合ってきた若者たち。
彼らが今、中央の光り輝くパドックの中心で、肩を並べて笑い合っている。
守は、夕陽に照らされたウラヌスを見上げた。
錆びついた、継ぎ接ぎだらけのガラクタの機体。
だが、そのメインカメラの奥底では、中央のどの最新鋭A級機よりも、誇らしく、熱く、生命を宿したかのような赤き輝きが、静かに明滅していた。
それは、地べたから這い上がってきたガラクタの星が、世界の頂に、決して消えない蹄音を刻み込んだ瞬間だった。




