灼熱の砂、北の大地! 夏の限界突破特訓
第14話:灼熱の砂、北の大地! 夏の限界突破特訓
東京優駿(日本ダービー)の激闘から、一ヶ月。
須崎姉妹のウエストリカー、スカーレットノヴァとの、肉眼では判定不能な写真判定の末。ウラヌスは、ついに世代の頂点(ダービーの盾)を手にしていた。
地方の廃材から生まれたガラクタが、全国の頂に立ったのだ。
だが、その栄光の代償は、あまりにも大きかった。
「……各部のシリンダーに微細なクラック(金属疲労亀裂)。ニューラルリンクの接続端子も、熱で焼き付く寸前よ。ダービーの『同調率一〇五パーセント』は、機体の寿命を確実に縮めたわ」
薄暗いガレージで、凛が険しい表情でタブレットの診断ログを叩く。
春の激戦を戦い抜いたウラヌスは、今や満身創痍の鉄屑に戻りつつあった。
「須崎姉妹は、秋の牝馬三冠『秋華賞』に照準を合わせているわ。あちらは、自分たちの庭(牝馬路線)で完全無欠の女王を決める気ね。……それで、守。アナタは、どうするの?」
「決まってる。……クラシックの最後の一冠、菊花賞だ」
守は、煤けたウラヌスのフレームを見上げた。
皐月賞(最も速い馬)、日本ダービー(最も運のある馬)を制し、次はいよいよ菊花賞(最も強い馬)。淀の三千メートルを走破する、無尽蔵のスタミナと鋼の精神力が求められる長距離の絶対王道。
「三千メートルを戦い抜くには、今のウラヌスの脆弱なフレーム剛性じゃ、途中で四肢が爆ぜるわよ」
「だから、夏合宿だ」守は拳を握った。「北の大地、北海道の海岸線(重ダート)で、ウラヌスの脚腰を一から作り直す!」
七月。チーム・ウラヌスが向かったのは、北海道の海岸線にある、未舗装の重ダート・トレーニングセンターだった。
どこまでも続く、足首まで埋まる深い砂。太平洋から吹き付ける、容赦のない強風。
おまけに、砂浜のゲート前には、懐かしい顔ぶれが集結していた。
「――おっそいじゃん、西! 待ちくたびれたわよ!」
赤いポニーテールを潮風に揺らしながら、黄金の《ノースベガ》の前に立っていたのは、北斗茜だった。そして、その傍らには御厨鉄雄、透の兄弟、さらに安藤亮平の姿まであった。
「茜さん!? なんで、みんなここに……」
「地方競馬のネットワークを舐めないでよね。あんたが三冠を獲るって言うから、ノースベガの『悪路バランス(砂塵の制御)』のジャイロ技術を、ウラヌスにインストールしてあげるために来たのよ」
「……俺のガリアーノと、透のサンマリノによる『併せ馬』もな」
御厨鉄雄が腕を組み、かつての怪物の笑みを浮かべた。
「菊花賞の三千メートルは、春のスピードだけで逃げ切れるほど甘くない。本当の『強さ』ってやつを、この北の重い砂浜で、お前の骨の髄まで叩き込んでやる」
「安藤、あんたまで……」
「岡部太陽から、お前の監視とサポートを命じられた。……私の超精密制御のデータをやる。無駄な接地ロスを、砂の上で極限まで削れ」
安藤が、無表情の中に静かな信頼を宿して言った。
「……感謝する。全員、まとめてかかってきてくれ!」
守はヘルメットのバイザーを、力強く叩き下ろした。
夏の、限界突破特訓のゲートが、今、開いた。
毎日、夜明け前から日没まで、守とウラヌスは北海道の波打ち際、底なしの深い砂浜を走り続けた。
茜のノースベガが巻き上げる、視界を奪う砂塵のカーテン。
安藤のフェザーダイクが示す、一ミリの狂いもない効率的な体重移動。
鉄雄のガリアーノが刻む、息つく暇もない王道のハイペース。
そして、透のサンマリノが耐え抜く、無限のスタミナ削り合い。
「ほらほら、足が止まってるわよ、西! 砂の上っ面を撫でるんじゃない、砂を『掴んで』、大地そのものを押し出すのよ!」
「どうした西守! 重馬場の抵抗に、機体のトルクが負けているぞ! AIの計算に頼るな、自分の腰の重心で、ウマの脚を踏ん張らせろ!」
ニューラルリンクを通じて、砂の重い粘着抵抗、潮風の激しい風圧、そして真っ赤に過熱するシリンダーの悲鳴が、ダイレクトに守の脳髄を灼き焦がす。
だが、守はもう、苦痛にただ呻くだけの少年ではなかった。
(――聴こえる。砂の粒子が、ウラヌスの蹄の下で、どう動いているかが……!)
苦しければ苦しいほど、ウラヌスの各関節の動きは「脱力」し、無駄な抵抗を綺麗に受け流していく。
春の激戦を終え、一度ボロボロに砕け散った鉄の筋肉とフレームが、破壊と再生を繰り返し、鋼鉄の剛性を備えた真の肉体へと新生していく。
「……信じられない。ウラヌスの駆動出力、先週の計測から一・五倍に跳ね上がっているわ」
砂浜の波打ち際で、凛が驚愕の声を上げる。
「フレームの溶接痕が、荷重による歪みを逆に吸収するバネ(サスペンション)として機能し始めている。出力の伝達効率が、完全に別次元の機体に生まれ変わっているわ……!」
八月の終わり。北海道合宿の、最終日。
オレンジ色に染まる日本海をバックに、息を弾ませるウラヌスの前に、巨大なトランスポーターが音もなく滑り込んだ。
重いハッチが開き、中から降りてきたのは――煤けた、無骨な黒い機体。そして、麦わら帽子を目深に被り、おっとりとした笑顔を浮かべる米田太一だった。
「――やあ、守くん。北海道で死ぬ気で特訓してるって風の噂で聞いてね。僕も、混ぜてもらおうと思って、はるばる海を渡ってきたよ」
「米田さん……!」
「ブラックライスはね、夏の湿った重い芝や、この底なしの砂が、本当に大好きなんだ」
米田は麦わら帽子を脱ぎ、潮風に髪をなびかせながら、守へと真っ直ぐな視線を向けた。
「どうかな? 秋の菊花賞(三千メートル)に向けて、この北の大地で、僕らと最後の『力比べ』をしてみない?」
おっとりとした声。けれど、米田の瞳の最奥で、静かに、けれど絶対に消えない黒い炎が、夕陽を反射して揺らめいていた。
それは、春の淀みない三二〇〇メートル戦で、守に鼻差の敗北を喫した、黒い刺客の誇り(リベンジ)の炎。
「……望むところだ、米田さん。夏の成果、あんたのブラックライスに、正面からぶつけてやる!」
ウラヌスが、夏の陽炎と夕陽を背に受けて、猛々しく咆哮した。
かつての錆びついたフレームは、夏の灼熱と、北の重砂を経て、漆黒の鈍い輝きを放つ「真の強者の鎧」へと新生していた。




