史上最強の姉妹! 府中の風、ウエストリカー
第13話:史上最強の姉妹! 府中の風、ウエストリカー
西暦二〇五〇年、五月。
すべてのホースマン、すべてのジョッキーが一生に一度、その頂を夢見る最高峰の祭典――東京優駿(日本ダービー)。
舞台は東京サーキット、芝二千四百メートル。
「……五月の府中には、本物の魔物が棲んでいるわね」
パドックでウラヌスの最終調整をする凛が、珍しく緊張の面持ちで呟く。
超巨大スタジアムを埋め尽くす十万人の観客。地鳴りのような歓声が、足元のコンクリートを震わせていた。皐月賞を鼻差で制し、一躍クラシックの主役に躍り出た守とウラヌスだが、ダービーのパドックに漂う空気は、これまでとは桁違いの華やかさと殺気が混在していた。
「おい、西! 噂の『史上最強姉妹』のデータは頭に入っているか!」
ピットクルーとして並ぶ岡部太陽が、渋い顔でスマートグラスをタップし、守にデータを共有する。
守の視線の先。パドックの中央で、他を圧倒するオーラを放つ二つの機体があった。
一台は、燃えるような緋色の装甲を持つ、どんなレースでも決して連対を外さないミス・パーフェクト――《スカーレットノヴァ》。
跨がるのは、不敵な笑みを浮かべる妹、須崎みどり。前走の桜花賞(千六百メートル)の覇者だ。
そしてもう一台は、無駄な贅肉を削ぎ落とした、しなやかで力強い漆黒のフレームを持つ鋼鉄の女傑――《ウエストリカー》。
跨がるのは、みどりの姉、須崎渚。桜花賞では妹に一歩及ばず二着だったが、その瞳には静かな闘志が宿っていた。
「あら、あなたが地方の泥を撥ね上げてきたっていう西守くん?」
パドックのすれ違いざま、妹のみどりが不敵に微笑んだ。
「悪いけど、今回のダービーの盾は、私とスカーレットノヴァが完璧に逃げ切って貰っていくわ。お姉ちゃんには、また私の背中(二着)がお似合いよ」
「……みどり。口を動かす前に、脚を動かしなさい。無駄口は負け犬のすることよ」
姉の渚が、静かに、けれど絶対の威厳を込めて妹を嗜める。渚は守の方を向くと、凛とした視線を向けてきた。
「西守くん。皐月賞の走りは見事だった。でも、この東京の二千四百メートルは、スピードだけでは決して勝てない。……私たちが、本当の『府中の走り』を教えてあげる」
渚の言葉には、確かな誇りと、妹を、そしてこの舞台を絶対に制するという気高いプライドが燃えていた。
東京サーキットに、伝統のダービー・ファンファーレが鳴り響く。
十万人の地鳴りのような手拍子が、スタジアムの空気を引き裂く。
『――一生に一度の栄光を掴め! からくり競馬の最高峰、東京優駿。ゲート、イン!』
ガツン! と油圧ゲートが開いた。
「――行くわよ、ノヴァ! 私の前に、誰も立たせない!」
みどりの《スカーレットノヴァ》が、抜群のスタートダッシュを決めて先頭を奪う。芝適性◎の快速機が、美しいフォームでぐんぐんと後続を引き離していく。
ウラヌスも好スタートを切り、三番手の好位につけた。
だが、守が違和感に気づいたのは、千メートルを通過した時だった。
(……おかしい。前のスカーレットノヴァが、息のつけない超ハイペースで逃げ続けているのに、僕の真後ろに、不気味な気配が張り付いている!)
守が後方を確認すると、そこには姉の渚が乗る《ウエストリカー》が、ぴったりとウラヌスの死角に張り付いていた。
「ダメよ、守! これは姉妹の意地が作り出した、最悪の超高速ラップよ!」
無線から、凛の焦った声が響く。
「妹のみどりが、お姉ちゃんを封じ込めるために前で限界ギリギリの超ハイペースを刻んでいる。そして姉の渚は、妹をねじ伏せるために、あなたの背後でスリップストリームを利用しながら極限までエネルギーを溜めているわ! どちらに付き合っても、ウラヌスが先に焼き切れる!」
(これが、最強姉妹のプライドのぶつかり合いか……!)
二千メートルを通過し、府中の大ケヤキを過ぎる。
超ハイペースの逃げに、ウラヌスの心臓が悲鳴を上げ始める。前を追えば、燃料が尽きる。自重すれば、前の逃げ切りを許す。一瞬の判断ミスが、致命的な敗北へと直結するダービーの魔物。
第四コーナーを抜け、五百メートルの長い府中の直線。ついに、最後の死闘が始まる。
「――そこね、西くん!」
後方に控えていた渚の《ウエストリカー》が、一瞬の隙を突き、大外へと馬体を持ち出した。
長く、どこまでも、どこまでも伸びる異次元の末脚。
ウエストリカーの全身のシリンダーが一斉に白煙を吹き、漆黒の機体が、風を切り裂いて大外から跳躍する!
「う、あああっ……!」
一瞬でウラヌスが抜き去られ、ウエストリカーはそのまま、前を走る妹のスカーレットノヴァへと襲いかかった。
先頭を走る緋色と、外から猛追する漆黒。
意地とプライドを懸けた、歴史的姉妹の激突!
「お姉ちゃん……! やっぱり最後は上がってきたわね!」
「みどり、逃げ切れると思わないことよ!」
二機の、火花散る壮絶なデッドヒート。
だが。その二機の真後ろ、切り裂かれた気流の真空に潜り込み、錆びたフレームを軋ませながら、猛然と追い上げてくる三つ目の影があった。
ウラヌスだ。
「――俺たちを、置いていくなよ……ッ!」
守は、赤熱するシリンダーの熱を握りしめ、自分自身の脳波を限界までウラヌスと同調させた。
同調率、一〇五パーセント。
御厨兄弟との三頭併せで培った、死線の中での「脱力(風の道に乗る感覚)」。
姉妹が時速百キロオーバーで切り開いた、空気抵抗ゼロの真空の道をウラヌスが滑走する。バースト機構、完全点火!
ごぅぅぅぅぅん!
黒煙を吹き上げながら、ウラヌスが姉妹の間のわずかな隙間へと割って入った。
内、緋色のスカーレットノヴァ。
外、漆黒のウエストリカー。
そして。その真ん中を、ガラクタの星が、泥臭く、執念だけで力ずくでこじ開ける!
「弱気は、最大の敵だ! 行けぇぇ、ウラヌスッ!!」
残り百メートル。
三機が、完全に一線に並んだ。
十万人の絶叫が、府中の空を包み込む。
緋色、漆黒、そして錆びた鉄。
一生に一度の栄光を掴み取る、その一瞬の閃光が、火花を散らしながらゴール板を同時に駆け抜けた!




