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からくり競馬  作者: 水前寺鯉太郎
鉄屑の咆哮 〜泥濘から這い上がるガラクタの星〜

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廃材と怒り、起訴状1枚(前編)

からくりオートマタ・ホースとは?

西暦2050年代、バイオテクノロジーの規制や環境の変化により、かつての「生きたサラブレッド」による競馬が衰退した未来。その魂と歴史を受け継ぐ形で誕生したのが、**超高性能・自律型バイオメカニカル重機――「からくり馬」**だ!

単なるロボットメカではない。かつてターフを沸かせた往年の名馬たち(ハイセイコー、ウオッカ、オグリキャップ、ステイゴールドなど)の遺伝子データや「レースレコード」をAIにディープラーニングさせ、鋼鉄とカーボンフレームの肉体に宿らせた存在なんだ。

からくり馬の3大システム

心臓(内燃機関・モーター):

重厚な重低音を響かせる古代式のメガ・シリンダーから、最新鋭の瞬間爆発型パルスモーターまで、機体ごとに全く異なる「咆哮」を上げる。

肉体(フレームと脚部):

基本はサラブレッドを模した四肢駆動だが、ドバイの砂漠を走るために「車輪ホイール」を装着したり、フランスの重い芝を耕す「重圧粉砕ヘビー・プレスユニット」に換装するなど、レギュレーションの範囲内で狂気的な魔改造が許されている!

ニューラルリンク(人馬一体システム):

ジョッキー(操縦者)は、首筋や脊髄にプラグを差し込み、機体と**「脳波をダイレクトに同期」**させて操縦する。機体の熱やフレームの軋みがそのままジョッキーの脳にフィードバックされるため、限界を超えた同調は脳が焼き切れるリスクを伴う危険なスポーツだ!

からくり競馬のロマン

からくり馬の最大の魅力は、「最新テクノロジー(AIやブースト)」と「泥臭い人間の意地(DIYや廃材)」が真っ向から激突する点にある。

国家予算を注ぎ込まれた超高級エリートホワイトヴァルキリーなどに対し、主人公の守たちが広島の秘密ガレージで、廃材をかき集めて組み上げた《ウラヌス2(ハイセイコー型)》が、地力と執念だけでねじ伏せに行く。これこそからくり競馬の真骨頂

第1話:廃材と怒り、起訴状1枚(前編)


西暦二〇五〇年。人類が生身の競走馬を引退させてから十年。今のターフを走るのは、すべて「からくり馬」だ。ギアとカーボンと量子チップで構成された、美しい機械の獣たち。

 守にはそいつらを買う金がない。それだけが問題だった――いや、今この瞬間は別の問題がある。

「今月の分、まだ払ってないよな、西」

 背中が壁に叩きつけられた。

 岡部太陽。十七歳。父親が地元の機械馬ディーラーを経営しており、それだけの理由でこの下請け街の頂点に立っている男。川崎第七ブロックの路地に立ちこめる油と排気ガスの臭いが、今日はいつもより濃く感じた。

「払う? 何を」

「ノートの授業料。相場で三万」

「頼んでない」

 腹に拳が入った。

 大して効かなかった。それが腹立たしかった。「慣れた」ということは、それだけ長くやられてきたということだから。守の奥歯が軋む。握った拳の爪が、掌に食い込む。殴り返せたら、どれだけ楽か。でも今は駄目だ。今じゃない。

「頼んだだろ」「覚えてない」

 今度は頬だった。口の中が切れて、鉄の味が広がる。取り巻きの三人がスマートグラスで動画を回しながら笑っていた。守も笑われながら、ポケットの中で自分のスマートフォンの録画ボタンをそっと押した。ずっとそうしてきた。証拠は積み上がっていた。ただ、使う場所がなかっただけだ。

「……お前、ほんと空気読めない。お父さんいないんだろ? だから常識ってもんが——」

 守の思考が、そこで静止した。

 腹でも頬でもいい。でも父親のことを口にするな。西啓介。七年前に失踪した、天才的な機械師。守の記憶の中ではいつも油に塗れていて、「もうすぐ完成だ」と言い続けて、そのまま消えた男。その男の不在を、こいつに笑われる筋合いはない。

「うるさい」

「あ?」

「うるさいって言ってんだ」

 守は壁から背中を剥がした。まっすぐ岡部を見た。身長差は頭一つ。後ろに三人。それでも目を逸らさなかった。逸らしたら終わりだと、骨の髄で知っていたから。

 岡部が、ほんの一瞬だけ、たじろいだ。その目の奥に確かに見えたもの——それは恐れだ。金と数で守られた人間が、金も数も持たない人間の目から感じた、純粋な恐れだ。

 でもすぐに笑顔が戻った。ねっとりとした、嫌な笑顔が。

「……いいね。じゃあ決闘裁判、やってみるか? ルール、知ってるだろ」

 守は知っていた。

 この国では十五年前から、民事トラブルを「からくり競馬」で解決できる。正式名は代替的紛争解決競技制度。揉め事の双方が申請し、裁判官がコースと機体規格を指定して公式レースを行う。勝者の主張が法的に認められ、敗者は一切の異議申し立てができない。

「負けた方は六ヶ月間、勝者の要求を拒否できないんだよな」と岡部は舌なめずりするように続けた。「俺が勝ったら、お前には半年間、俺の雑用を全部やってもらう。当然だろ、訴えてきたのはお前なんだから」

「訴えていない。まだ」

「そうだな。」岡部が笑う。「お前みたいな廃材野郎に、まともな機体が買えるわけないもんな」

 路地を出ていく岡部の背中を、守はただ見送った。

 鼻血を指で拭う。乾いた血が擦れて、指先が赤くなった。

 夜、ガレージに戻ると、守はすぐにそいつの前に立った。

 中央に鎮座する、布をかぶった大きな影。

 守はゆっくりと布を引いた。

 最初に見えたのは——頭部の輪郭だった。

 長い首のライン。前方に向けた顔の角度。どこか誇り高い、馬のシルエット。鬣の部分に、誰かが鑿で丁寧に刻み込んだ文字がある——「URANUS」。父の筆跡だ。守はそれを知っている。何度も見てきたから。

 布が完全に落ちた。

 ボロボロだった。

 フレームは廃材の鉄骨を溶接で繋ぎ合わせたもの。脚部の駆動系は三種類の型式が混在しており、見た目は継ぎはぎだらけ。ニューラルインターフェースのカバーは半分外れ、内部配線がむき出しで垂れている。どこからどう見ても、まともに走れる代物ではない。

 それでも守は、こいつが美しいと思う。

 父が死ぬ気で形にしようとした「何か」が、この継ぎはぎの鉄の中にまだ宿っている気がする。守が三年かけて残りを組み上げた。素人工事だらけだ。走れるかどうか、正直わからない。でも、こいつだけが父と守を繋ぐものだった。

 タブレットを引っ張り出す。川崎区簡易裁判所のポータルサイト。決闘裁判申請フォーム。

 被申請者の名前の欄に指を走らせる——岡部太陽。申請理由の欄に事実をそのまま打ち込む。暴行。恐喝。継続的ハラスメント。証拠の動画を全件添付する。日付、場所、回数——全部記録してあった。ずっと、この日のために。

 賠償請求額の欄で、守は一度止まった。

 三十万。勝てば、ウラヌスの部品を一式替えられる。

 負けたら——六ヶ月間、岡部の言いなりだ。

 わかってる。勝てる保証なんてない。岡部はA級機に乗ってくる。こっちは廃材だ。無謀だ。負ける可能性の方が圧倒的に高い。

 それでも守の指は止まらなかった。

 送信ボタンの前で、守はウラヌスを見た。

 ガレージの薄明かりの中、鉄の馬が静かに立っていた。欠陥だらけで、継ぎはぎだらけで、カバーが外れた配線が風もないのに微かに揺れていた。その目——カメラレンズでできた、光を持たないはずの目——が、守を見ているように見えた。

 守は立ち上がって、ウラヌスの首筋に手を触れた。

 冷たい金属の感触。父が溶接した鉄骨の継ぎ目が、指先に当たった。

「走れるか」

 返事はない。機械だから当たり前だ。

 でも守には、こいつが「走りたがっている」のが、わかった。父が何年もかけて形にしようとしたもの——速さじゃない、強さじゃない、もっと別の何か——それがこの冷たい鉄の中で、ずっと息をしているのがわかった。

 守は振り返って、タブレットの送信ボタンを押した。

 画面に「申請完了」の文字が浮かんだ。

 川崎の夜に、起訴状が一枚、飛び立った。廃材と怒りそして親父の魂を乗せて。

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― 新着の感想 ―
ガレージの静けさと鉄の質感の描写がとても印象的で、読者を一瞬で世界観に引き込む力があります。 特にウラヌスを「ただの機械」としてではなく、意思を感じさせる存在として描いている点が魅力的でした。 守の父…
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