第四話 みをつくしても
自分の昂った気持ちを落ち着かせ、行動の不可思議さについてしばし考えた。
やがて疲れて眠っていると、今度はパパがやってきた。
「モコもおいで。今日は雅の誕生日なんだ。一緒にお祝いしよう」
私はその言葉にハッとなった。
そうだ。今日は雅の三歳の誕生日だった。だから人が集まっているのに、私は感情を暴走させるなんて悪いことをした。
私が居ないことで雅に寂しい思いをさせていたとしたら、なんて罪深いことをしてしまったのだろうか。
でも、もし雅がなんとも思っていないとしたら……そんな悲しいことはないわ。仕方ないことかもしれないけれど、そんなのは嫌よ。とにかく、私も雅の誕生日を祝いたいわ。
「ニャーア」
私はパパの目を見て、力なく謝罪の意を伝える。
「わかったみたいだね。もう乱暴なことしちゃダメだぞ?」
「ミャー」
パパに抱えられてリビングへ戻ると、伯母を除く大人たちと雅がダイニングのテーブルに、子ども二人と伯母がリビングのローテーブルでご飯を食べていた。シャモジもリビングでお皿に入ったご飯を食べているようだ。
「モコ、おかえり!」
「ミャッ!」
私が戻ると雅が嬉しそうに声を掛けてくれた。素直に嬉しい。
しかし、私はパパにリビングのテーブルの方へ連れていかれる。
床に降り座ったところで雄太と目が合う。
私は右前足を持ち上げるも、伸ばせずにそのまま降ろした。
いつも雅と喧嘩した後は、彼女にすり寄り前足でポンポンと叩いて仲直りしている。しかし今回は雄太を引っ掻いたのだ。足を延ばすと怖がられるかもしれない。
仲直りした方が良いのはわかるのに、どうすればいいのかわからず、ただ雄太を観察していた。怒っているようには見えないが、左頬に貼られた絆創膏が私の勇気を萎ませる。
すると雄太の方から近寄り、腕を伸ばしてきた。
私は伸びてくる手を見て思わず目を瞑ったが、彼の右手は私の頭に優しく置かれた。
「僕は怒ってないよ。何か嫌なことしちゃった? ごめんね」
私は申し訳ない気持ちで一杯になった。どうせなら、もっと意地悪な子なら良かったのに。これじゃ、私だけが悪いみたいじゃない。
雄太の思うままに頭を撫でられる間、私は動けなかった。
「さあ、雄太も許してくれたし、モコも反省したからこれでお終い。モコ、ご飯食べよう。今日はご馳走だよ」
パンッと手を叩いてパパが仕切り直し、私の前にお皿を置いた。そこには大好物のマグロが沢山入っていた。
「一緒だね」
「あたしとも一緒!」
見れば雄太の皿にも刺身が乗っていた。ここからでは見えないが雅も同じものを食べているのだろう。
「ニャア!」
優しく声をかけてくれる雄太と、嬉しそうに言う雅の声に、私は努めて元気に応え、一心不乱に赤身を食べた。
食事が終わると私はソファーの上でシャモジと体を寄せ合い、何をするでもなく伏せていた。
リビングのテーブルは端に移動され、床には伯母によって文字の書かれた札が並べられていた。
「じゃあ、やってみようか」
「雅にはまだ早いんじゃない?」
「ひらがなは読めるのでしょう? 秀斗でもできるから大丈夫よ」
「何事も経験よ」
「そうですね。興味を持ってくれると良いのですけど」
女性陣が話しているうちにパパと伯父が準備を終えたようだ。
「雅ちゃんいい? 百人一首は和歌っていう歌を詠んで、その歌が書いてある札を早く見つけるゲームなの」
伯母の説明に雅はフンフンと頷いているが、いきなり和歌、上の句と下の句、決まり字など多くのことを言われては理解できないだろう。
「まずやってみるね。伯母さんが上の句から読むからね」
「うん」
「秋の田の、仮庵の庵の、苫をあらみ~。ここまでが上の句ね」
「続いて下の句。我が衣手は、露に濡れつつ~。この下の句が札に書いてあるから、それを探すゲームよ。早いの勝ちね」
そう言われて雅は目の前に広がる札から読まれた下の句を探し始める。
「で、下の句の最初の文字をヒントに探すのがコツね。最初のひらがなが丸で囲まれているでしょう? それを探すの」
「んー、『わ』?」
「そう! 「我が衣手は」だから『わ』だね。雅ちゃん記憶力いいねー」
「あった!」
しかし先に見つけたのは秀斗だった。
「はい。正解。こうやって先に見つけた人が札を押さえるの。わかった?」
「うん! わかった」
雅は元気よく返事をする。この説明だけでわかったのならかなり賢い。
「ちなみにこの和歌の意味は、秋の田んぼを管理する仮小屋の……」
「仮小屋って何?」
「稲刈りとかをするための、簡単な小屋、おうちだね」
「へぇ。そうやって意味や言葉を説明するんですね」
「ええ。何度か聞いているうちに言葉の意味も覚えるわよ」
伯母が秀斗と雅に和歌の説明をしながら、ママにゲームの進め方を教えていた。
そうして一通りの説明が終わると、伯母が読み上げ、子ども三人とパパの四人が競う形でゲームが始まった。
ゆっくりと読み上げる五七五七七の調べは心地よく、私の瞼はゆっくりと降り始めていた。
そんな時であった。
「わびぬれば~」
……?
「今はた同じ 難波なる~」
――――っ!
私は頭をビクッと起こした。
「みをつくしても 逢はむとぞ思ふ~」
そして、あまりの衝撃にそのまま固まった。
頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。
「あった!」
パンッと音をさせ、雅が大きな丸で囲われた『み』の文字と下の句が書かれた札を押さえる。
「わー、雅ちゃん凄いねー。この歌はね、どうすれば良いか行き詰ってしまったのだから、今となってはもう同じことだ。難波の澪標ではないが、この身を滅ぼしてもあなたに会おうと思う、って意味だね。うーん、難しいなぁ」
「好きな人に、どうやっても会わせてもらえなくなったけど、自分はどうなってもいいからその人に会いたいってことだね」
伯母が読み上げた現代語訳を伯父が簡単な言葉で補足する。
「元良親王は情熱的だよなぁ」
「本当ねぇ」
伯父の感想に伯母が同意するも、雅は歌われた状況が気になるようだ。
「なんで会えなくなったの?」
「それは、好きになっちゃいけない人を好きになっちゃったんだ」
「何でダメなの?」
「一番偉い天皇陛下のお嫁さんを好きになっちゃったんだよ。それはダメなことなんだ。雅ちゃんにはちょっと早いかなぁ」
「好きなのにかわいそう」
「そうだね。雅ちゃんは優しいね」
伯父伯母が雅に和歌の解説をしている間に、私は全てを理解した。
これは、私が詠んだ歌だ。




