第三話 猫の嫉妬
雅の家に引き取られてから約半年が過ぎた。
私はすっかり成猫へと成長し、雅はもうすく三歳の誕生日を迎える。
誕生日とは別に、秋には七五三の催しとやらがあるらしく、雅が着物を着ると聞いて是非見てみたかったのだが、私は留守番することになった。
「モコと一緒にいく」
雅は私と行きたいと言ってくれた。
「神社は動物を連れていけないの」
「どうして?」
「昔は穢れと考えられてたの」
「けがれってなに?」
回答に困ったママがパパの顔を見る。
「この場合は死んじゃうことに近かったり、関わりやすいことかな」
「モコ死んじゃうの?」
「そんなことないよ。昔の、世の中のことをわからなかった頃の考え方が残ってるんだ」
「ダメなの?」
「ダメなんだ。モコは家でお留守番してもらおう」
「死んじゃわない?」
「大丈夫よ」
雅の不安に、最後はママがはっきりと答える。
「ニャー」
私も大丈夫だと伝える。
「行ってくるね。モコごめんね」
「モコちゃんごめんね。お留守番よろしく」
何も悪くないのに雅たちは謝った。なんて心根の優しい子なのかしら。私が穢れているなんて失礼な話だけど、雅の優しさの前ではどうでもいいわ。
そんなわけで晴れ姿を拝むことは叶わなかったが、後日写真を見ることができた。薄桃色の着物に被布を被り姿勢を正す雅の姿は、出会った時の衝撃が再び走るほど尊いものだった。私はしばらく写真に魅入っていた。
そうして迎えた三歳の誕生日。
家には雅の親戚がお祝いに駆けつけた。パパの祖母に兄夫妻、その息子たちとペットの小型犬まで招かれていた。
和室は荷物と子供たちに占拠されたため、居場所を無くした私はキャットタワーに登り外の風景を眺めていた。
雅の家は随分と高い階層にある。晴れた日には遠くまで見通せるこの場所は、ペットショップでのお気に入りだったふれあい広場の隅を思い出させる。キッチンカウンターの上に目を向ければ、笑顔で佇む着物姿の雅の写真が飾られていた。
私は室内の喧騒をよそに身体を伏せてウトウトしていた。
「ワンッ!ワンッ!」
明らかに指向性の声を向けられたので下を見ると、キャットタワーの下でポメラニアンのシャモジが前足をステップに乗せ、私を見上げていた。
目が合うとそのままじっと見つめてくる。口元が開き、舌を見せて呼吸音を響かせるその顔は、私の尻尾のようにフワフワで愛嬌がある。
「クゥーン」
しばらくそうして見つめ合っていると、降りてきて欲しそうに呼ばれた。
まあ、顔は悪くないし、私の居場所まで登ってきて騒ぎ立てるような不躾な行為に及ばないのは見どころがあるわね。それに、慕ってくれる子に冷たくするほど私は狭量じゃないわ。
キャットタワーから床に降りると、シャモジはもの凄い勢いで私のおもちゃ箱まで行き、転がっていたボールを咥えて戻ってきた。表面が硬いボールは叩くように抑えようとすると弾かれて逃げるので、それを一緒に追いかける。競うように追いかけるのは思ったより楽しかった。
そうしてシャモジと少し遊んだ私は、ふと思い立ちボールをパパの元へ持っていった。
「どうしたモコ? あ、電源入れて欲しいのか」
私の意図を理解したパパはボールの電源を入れてくれた。ボールは音を奏で、表面を光が回転しながら輝きだす。
「ほら、遊んでおいで」
リビングの床に投げられたボールは音を立てて自動で回転し、勝手に動き出した。このボールの本当の良さは、投げて貰わなくても動くことだ。
私は得意げな顔をしてボールを追うシャモジの顔を見る。
どう?このおもちゃすごいでしょう?
しかし、シャモジはボールの近くには寄るものの、上半身を伏せた状態で頭一つ分離れたまま、それ以上近寄ろうとしない。
あら? もしかして怖いのかしら?
私はボールを両前足で捕まえると、シャモジの方に転がす。すると慌てて飛び退いてしまった。すぐにまた近づくが一定の距離は空けたままだ。
まぁ、興味はあるけど、危険はないか慎重に見ているのね。可愛らしいこと。
私が大丈夫よ、と何度かボールを捕まえると、シャモジも少しずつ前足を伸ばし、一瞬触っては引っ込める。何度か繰り返して危険がないと確認できると、先ほどまでのように一緒にボールを追いかけるようになった。
しばらく遊んだ後、私は再びキャットタワーの上に戻った。
シャモジとはすっかり仲良くなった。
顔を擦り付けるだけでなく舐めてくるくらい私のことが大好きなのは、満更でもないわ。でもこの子も雅と同じで際限がないのは困りものね。私はひとりでゆっくりしたい時もあるのよ。
シャモジは名残惜しそうな素振りを見せたが、すぐに和室の子どもたちの元へ遊びに行った。
雅たちは色鮮やかなプラスチック片の突起を穴に嵌めて繋ぎ合わせ、思い思いの形を作って遊んでいた。
従兄の雄太と秀斗は電車や飛行機といった乗り物を、雅は花や動物の形を作っているようだ。
「お馬さん。パッカパッカ」
「上手だねー」
「兄ちゃん、これ山手線」
「かっこいいじゃん」
雄太が年上で、雅と秀斗は同じ年くらいに見える。年長の雄太が作ったものを褒めてくれるため、二人は競って何かを作ると雄太に報告していた。彼は大きな飛行機を作っているようだが、シャモジが遊びに行くと頭を撫でたりお腹を摩ったりして可愛がる。明らかにお兄さんとして振る舞う姿は頼りがいを感じさせた。
少しすると雅が新作を完成させた。
「ゆうたくん、モコ」
「モコ? あー、似てるかも」
なんと、雅は私を作ってくれた!
なんだか良く分からない塊だったけれど、言われてみれば白い身体と茶色の頭、まん丸な茶色い尻尾が私そっくりじゃない。なんて可愛いのかしら。
「じょうず?」
「うん、上手上手」
言葉だけでなく、雄太は頭を撫でた。
「えへへ。うれしー」
褒められた雅が嬉しそうに雄太に抱きつくと、雄太は受け止めて頬を合わせた。
「うーん、雅は可愛いなぁ」
その様子が目に入った瞬間、私は頭の中が真っ白になった。
気がつけばキャットタワーから飛び降り、和室に駆け込むと雅と雄太の間に体を割り込ませた。
「ウウーッ!」
唸り声をあげて雄太を睨み、顔に向けて爪を立てた。
「痛っ!」
雄太は声を上げて仰け反り、引っ掻かれた頬を押さえる。
「シャーッ!」
私は毛を逆立て、更に威嚇した。
「大丈夫?」
「どうした?」
リビングとキッチンから大人の声が聞こえ、伯父とママが雄太の様子をみてやってくる。
「だいじょうぶ?」
「いってー」
私の苛立つ様子など気にせず、隣にいる雅は雄太の心配をした。
「あー、引っ掻かれたのか」
「ええ!? モコちゃん? ダメでしょう!」
すぐに状況を察したママに叱られる。
「引っ掻いちゃダメだっていつも言ってるでしょ。しかも顔に手を挙げるなんて! 何か嫌なことあったの?」
「ううん、モコ急に来て怒った」
「僕、何もしてないよ」
「うん、モコがわーって怒り出した」
雅と雄太、秀斗の証言を聞いたママはおかんむりだ。
私はケージに入れられ、寝室に連れていかれた。
「モコちゃん! どうしてあんなことしたの? ここでしばらく反省していなさい!」
そう言われ、ひとり寝室に取り残された。
私、どうしちゃったのかしら。
いいえ、わかっているわ。雅が雄太とあまりに親しくするものだから、ついカッとなったのよね。でも、どうしてそこまで感情が昂ぶるの? パパやママと仲良くしているときは平気なのに、雄太だと何が違うのかしら。
ケージの中で座り両手、いや両前足で顔を覆う。そんな人間のような仕草がなぜか頭に浮かぶ。胸の奥にある覚えのない記憶のようなものが、誰かを奪われることを恐れていた。




