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9 猫たちの噂

「さて、もっとお話ししたいところだけど、今はそこまでお時間がないことも知っているから、本題に移って差し上げるわ。地図はある?」

「こちらに」


 キャシーから聞いた猫たちの証言をまとめて地図に起こすと、行動範囲がある程度絞り込めてきた。


 目撃証言の地点それぞれは距離があるが、公園付近の料理店と、工房と工場が集結している区域の付近をぐるぐると回っているようである。

 なかでも工場の地下室付近や建物の外壁、料理店の厨房の裏手、煙突の近くなどで見かけられたことが多い。

 猫たち曰く、どこかに留まるというよりも常に移動をしているようで、現在の居場所をすぐに特定することは難しそうだ。


「他に何か気になる情報はあるか?」

「気になる情報といえば、熱暴走のようなトラブルが昨日今日と続けて起きてることかしら」

「熱関係のトラブル?」

「たとえば3丁目の角の喫茶店。エスプレッソマシンの温度が急激に上がり、スチームが出続けて店の中が水蒸気の煙で真っ白」


 アルディアの料理店は蒸気動力を用いた機械を導入している店が多いが、この喫茶店もその1つだ。

 ユールも店のことを思い出して、そういえば、と口を出す。


「ジョーくんとお客さんがそんな話してましたね。しばらくエスプレッソの提供が休止らしいです」

「5丁目の民家と7丁目の魔道具工房は蒸気パイプが熱暴走を起こして破裂。工房は貯水タンクもその影響か破裂して水浸し」

「そんなに?」


 蒸気パイプの異常は街全体で見ればそれなりによくあることだが、こうも立て続けに起きることはそうない。


「まぁ5丁目の民家はもともとだいぶ年季が入ってたから関係ないかもしれないわ。ここが一番直近かしら?」

「なるほどね。」

「蒸気関連で言えば、蒸気動力を使っている設備が今日は不安定だという話をしてる人間が何人かいたらしいわ」

「気になりますね。それにこのあたりって……やっぱり」


 ユールがさらに地図に印をつけると、まさにトカゲの目撃情報があった地点と一致していた。

 さらに、先ほどまで静かだった猫たちが、口々に何かを唱え始める。


「あら……蒸気パイプの上だとか、蒸気動力設備の近くで見かけたことがある、って言ってる子がいるわ」

「……関連はありそうだね」


「あとは……あまりこの辺では見慣れない人間が多いと聞いているわ。荷物を持った人間がたくさんいるだとか。旅行客か荷物の配送じゃないかと思うのだけれど。そのあたりはこの子達には判断が難しいのよね」

「実際に行ってみて判断した方がいいかもしれないね。場所はわかるか?」

「そうね、目撃談が多かったのは……ああ、さっきの水浸しになった魔道具工房の近くよ。復旧作業も終わって営業はしているみたいね」

「行ってみましょうか」

「そうだね」

「そうして頂戴。情報が欲しい場所に行ってくれるようにお願いすることもあるんだけど、工場付近は危ないからこの子たちにはあんまり近寄ってほしくないのよね」

「なるほど。それは確かにそうですよね」


 話している間にも猫用の小さな入り口から家を勝手に出入りしているところを見るに、基本的には猫たちの行動は自由にさせているようだ。


 いろんな場所に入り込めて様々な情報を拾ってこられるのは情報源として有難いことだが、何よりも安全が第一である。


「特に気になったのはそれぐらいかしら。ああ、詳しいことはわからないけれど……そのトカゲ、あなたたち以外にも探している人はいるみたいね」

「依頼人かな。仕事だと言っていたけど探してもいるのか。熱心な依頼人は嫌いじゃないよ」

「あとは……どの店が美味しい餌をくれやすいだの、通り道に邪魔なものを置かれて歩きにくくて困るだの、熱いだのうるさいだの、そういうお話が多いわね」

「猫さんは猫さんでお困りみたいですね」

「もっと困ることが出てきたら、その時は助けてくださる?」

「報酬次第だ」

「ほんと、相変わらずつれないわね。まぁ、こちらも報酬はしっかりいただきますけれど。いつも煙の使い鳥ばっかりだから、たまにはこうして顔を見せてくれると嬉しいわ。まぁ、顔は見えていないのだけれどね」

「気が向いたらね」

「気が向くことを楽しみにしているわね。今度はゆっくりお茶しましょ?ユール君もね」

「ぜひ。美味しい茶菓子を持参して伺いますよ」

「ふふ、それは楽しみだわ。気がきく子だこと。レティの弟子とは思えないわね」

「一言余計だぞ」



 レティはムッとした顔をしながら立ち上がり、スタスタと慣れた足取りで玄関へと向かう。

 あわててユールも立ち上がってその背を追いかけようとするが、猫たちがその前をふさぐ。


「えっと……」

「ねぇ、ユール君」


 ユールが戸惑っていると、いつの間にか背後に近づいていたキャシーが口に手を添え、ユールの耳元に小声で話しかける。


「レティと違ってお前は魔力に恵まれていそうだから、魔法も向いていると思うの。魔法を習ってみない?」


 たちまち室内にも関わらず風が吹き、ユールの髪を靡かせる。

 風は徐々に強さを増し、ソファへと戻そうとする。

 ユールはゆっくり息を吸うと、姿勢を伸ばした。押し負けるな。


「大変光栄なお話ですが、僕はレティ先生から魔術を習いたいので」

「あら、残念。君たち、通してあげてね」


 キャシーは肩をすくめてあからさまに残念がって見せた後、満足そうに笑うと、猫たちを促した。

 猫たちはしぶしぶ……といった様子で出口への道を開ける。

 ユールがその合間を縫って玄関へと向かう音と猫たちの不満そうな声を聞きながら、キャシーはくすくすと笑って手を振った。


「ごきげんよう」

「ありがとうございました。失礼します」


 ユールの足音が遠のき、扉についた鈴が揺れて小さなメロディを奏でる。

 キャシーは傍らに寄って来た猫をひと撫でし、静かに手を組んだ。




 ユールが玄関を出ると、レティは門にもたれかかりながら待っていた。


 「お待たせしました」

 「いい。どうせ絡まれたんだろう」


 二人が門を出ると、途端に花びらがひらひらと舞い、ゆっくりと扉が閉まった。続けて、ガチャリと音を立てて内鍵が勢いよく回り、つるバラが伸びて丁寧に扉に封をする。


「魔法って便利ですねぇ」

「あの人は何でもかんでも使いすぎだ」

「面白い方ですね」


 ユールが先ほどの地図を広げながらそう言うと、レティは少し苦そうな顔をした。


「昔、私の家庭教師だった人で――まぁ、面白い人ではあるよ。興味が向いたら、いちいちうるさいんだ。人間が嫌いなくせにね。だからいつもは煙の使い鳥でやりとりしてるんだが……まぁたまには顔を出してやってもいい」

「嬉しそうでしたもんね。それを見た先生も嬉しそうでしたし」

「ユール。君もうるさいぞ」

「それは失礼致しました」


 地図から顔をあげたユールが工場街の方向に目を向けると、行き先を示すかごとく、一筋の煙が立ち上った。

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