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8 人間嫌いの魔法使い

 部屋に通されると、ティーセットがすでに用意されており、柑橘系のさわやかな香りが二人を出迎えた。

 大きな窓から庭が見渡せる客室は、テーブルや椅子などの調度品類はすべて細やかな花と猫の意匠が彫り込まれたアンティークで揃えられており、居るだけで優雅な気分になれそうだった。


 「あれ?この模様どこかで……」

 「報酬はいつも通りで構わないか?」

 「ええ、いつも通り、あとで請求書と注文書を送っておきますわね」

「頼む」

「ああ!そうか請求書」


 薔薇と猫のデザインに既視感を覚えていたユールは、そこでハッと思い出した。

 毎月の請求書の山の中に、同じく薔薇と猫のデザインのシーリングスタンプが押された封筒があったはずだ。


 「まぁ、まずはどうぞおくつろぎになって。ユール君、紅茶はお好きよね?」

 「はい。いただきます」


 キャシーはにこりと笑うと、手を組んで祈りの姿勢を作る。

 するとどこからかパッと花びらが舞い出で、消えると同時にティーポットがひとりでにティーカップに紅茶を注ぎ始めた。


「これも、魔法ですか」

「あら、こういう魔法は初めて?」

「はい。実は魔法自体そんなに見たことがなくて」

「まぁこんなことに魔法を使うのはわたくしぐらいかもしれないわね。それに……こんなにちゃんと祈りの姿勢を取らなくても、願いをしっかりと想像できていれば魔法は使えてしまうし。私は古風なのが好きなだけよ。魔術と魔法の違いはそこの人に教わってるの?」

「ええと。魔法は『魔力を捧げることで願いを具現化させる奇跡』で、魔術は『魔力を動力源として式を組み立てて現象を起こすもの』という違い……で合ってます?」

「そう。なぁんだ、結構ちゃんと先生してるのね。わたくしは何でもかんでも魔法を使っちゃうのよ。お掃除とか、お料理とかも」


 言われて周りを見やると、窓から見える庭では箒が勝手に掃除をし、ハサミが宙を舞い庭木を整えている。キッチンがあるだろう方向からはトントンと何かを切っている音もする。


「そこのスコーンも魔法で作ったの。どうぞお口になさって?手で作るのと味に変わりはないわ」


 ユールは添えられたスコーンとジャムを見て口角が上がるのを抑えつつ、促されるまま紅茶に口をつける。

 ティーカップはシンプルな模様だったが、こちらも取っ手が猫の形になっている。


「それで?今日はトカゲを探しているのよね?」

「ああ。」

「先ほどのお話からすると、そこまでご存じなのはつまり……」

「その説明もしていないの?そんなのでよく先生のつもりでいらっしゃること」

「説明は貴女のほうがお好きでしょう」

「まぁ、それはそうですけれど。お察しの通り、情報のすべてはこの子たち……猫たちから聞いているお話よ」

「猫さんとお話ができるのも魔法……ですか」

「そう。これも魔法。魔術では……できるのかしら?」

「私は聞いたことないね」

「ですって。自由度の高さが魔法のいいところね。イメージする力と大量の魔力があれば、大抵のことはできてしまうの」


 キャシーにこりと笑みを浮かべ、そばにいた猫たちのうち一匹を抱え上げると、膝にのせて撫でながら話を続ける。


「わたくし、人間が嫌いなのよ」

「え?」


 ユールはつい動きが氷のようにピシリと固まる。かなり歓迎されていると思っていたが、”人間である”という時点でマイナス評価だったとは思わなかったのである。


 この紅茶も飲んでいいものだったのだろうか。

 まじまじとカップの中を見やり、持ち上げたティーカップをゆっくりとテーブルへ戻す。

 助けを求めようとしてユールが涙目になりながらレティを見やると、何も気にしていないのか、意気揚々とスコーンにクロテッドクリームをたっぷりと塗りたくっていた。


「先生……」

「うん?」


 欲しいのか?とばかりにスコーンをユール側に傾けられたが、そういうことではない。

 諦めてユールがキャシーの方へ視線を戻すと、周りの猫たちが慌ててパシパシとキャシーの膝をはたき、小声で何か伝えているようだった。

 キャシーはハッとした顔をするとこちらも慌てて口を開く。


「ああ、ごめんなさいね、違うのよ。あなた個人を嫌っているわけではないわ」

「そ、そうなんですね」

「昔、色々あってね」


 キャシーは肩をすくめると、気持ちを落ち着かせようとしているのか、また猫を撫でる動きを再開した。


「一番は魔法使いが嫌いなのだけれど。人間自体嫌いなのよね。人間を避けるために情報を手に入れようとした結果、今はこの子たちのおかげで情報屋のようなことをしているわ。ただやっぱりちょっと人間は苦手だから……扱いが気に障るようだったらごめんなさいね。悪気はないの」

「そうなんですね」

「そのあたりはうまいこと先に伝えておいてくれたらスムーズだったんじゃないこと?レティ」

「貴女の話を勝手に私がするのも変でしょう。説明が面倒だったとかそういうことではないよ。もちろん。この紅茶、いい風味だね」


 レティはティースプーンを充分過ぎるほど、ぐるぐると掻き回す。

 目線がキャシーから逸れているのは、紅茶が気になっているだけではなさそうだということは、猫の目にも明らかだ。


「今はまた人間を好きになろうと努力しているところよ。レティとお前は気に入っているし、安心して。手先が不器用だから魔法を使っているだけ。変なものは入っていないわ」


 そのように言われるとかえって気になってしまうのがユールだった。

 ひとまず、持ち上げたティーカップをさりげなくソーサーに戻した。


「変わった人ではあるけど、魔法も料理もうまいし、何より猫たちの情報網はとても優秀だよ」

「そうそう。この子達のおかげで私も丸くなったし……もう昔みたいに視界に入れた人間全員へ魔法をかけたりもしてないわ」

「ああ、そんなこともあったね」


 懐かしいねとばかりにふたりは和やかに笑っているが、ユールは乾いた笑みしか浮かべられなかった。

 言われてみれば、キャシーは会った時からずっと目を瞑ったままだ。


 「……ああ、そのそういえばそのために瞼を開かないようにしたんだったわ」


 最後の一言が気になったユールだったが、質問は控えておこうと思った。

次の更新→2/18 21時

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