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5 スパイスと目撃証言

 情報を求めてまず向かった先は、香辛料の匂いが特徴的な料理店だった。スパイスの効いたスープが看板メニューであり、その匂いが食欲を誘う。

 店は事務所からは歩いて5分ほどの場所にあり、ユールは開店当初から足しげく通っていた。


「こんにちはー」

「いらっしゃい」


 店員も入ってきた客がユールだとわかると、手を上げて迎え入れる。


「おや珍しい。お兄さん今日はお連れさんもいるんだね」

「マスターどうも。今日も美味しいランチを食べたいところではあるんですが、今日はちょっと別件でお伺いしました。」

「なんだ、君ここの常連だったのか?」

「最近よくスープとライス買って帰ってるじゃないですか。ここのですよ」


 レティはここ数日食べたものを考え、それだと合点がいくものがあった。

 思い返してみれば、つい昨日も食べた気がする。最初は癖が強いなと思ったが、不思議と食べれば食べるほどそれが欲しくなってくるのだ。


「ああ、言われてみれば。どこかでかいだことがある匂いだと思った。あの美味しいスープ、ここのだったのか」

「店へ食べに行こうって言ってもなかなか出かけてくれないんだから……出来立てだとさらに美味しいんですよ?今度食べに来ましょうね」

「ふむ。考えておこう」


 食べ物に関しては、ユールに任せておけばまず間違いはない。ユールが部下になってからというもの、レティは格段に外へと食べに出かけるようになった。

 しかしながら、もとより出不精であるのに加えて、案件の処理や書き物で事務所に引きこもる日も多く、ユールに買ってきてもらうことのほうが多いのが現状だ。

 この店も実際に来るのは初めてだった。


 内装は鮮やかな黄色と薄めの青色を基調としており、アルディアではあまり見ない複雑な模様のタペストリーがいくつか飾られている。

 そこまで広くはないが、大きめのテーブルとソファ席が多く、ゆったりと過ごせそうな空間だ。

 入口側の扉がガラス張りになっており、中からも外からも見渡しやすい。

 

「ああ、そうだ。それで、実は僕こういうものでして」


 ユールとレティは名刺を差し出す。

 二人ともに自覚はなかったが、組み合わさると怪しい風貌なのだということをたびたび指摘されてきたため、最近は話を聞くときはまず名刺を渡すようにしている。

 とりあえず出しておけば怪しさが少しは軽減されることがわかってきたためである。


「捜索事務所? お兄さん、探偵だったのかい?」

「まぁ、似たようなものです。それでですね、とあるものを探してまして。それがちょうどそこの通りでいなくなったらしいのでお話をお伺いできればと」

「なるほどね。まぁいいよ、ちょうど今は暇な時間だし。お兄さんはいつもたくさん食べてくれるしね。それで?何がいなくなったって?」


 マスターの言う通り、店の中はがらんとしており、客も食事が終わってくつろいでいるであろう1組だけだった。


「トカゲがいなくなったらしいんですよ」


 ああ、と頷きながらガラス越しに外の通りを指さす。


「それなら、その通りで見たって話を聞いたね。今日の午前中にも探してる人がいたな」


 ガーデン氏だろうか。話に聞いた通り、自分にできる一通りの捜索はしているはずだ。


「そうだったんですね。マスターが見かけたんですか?」

「俺じゃなくてな、うちのバイトが見かけたらしくてよ。昨日の夕方だ。そうそう、ちょうど片付けがひと段落して、外の掃き掃除をさせてた時だ。急に叫ぶもんだから何かあったかと駆け付けたら、トカゲが突然飛び出してきたって言ってな。あいつは呼び込みの声がでかいのがいいところだが、叫ぶ時も大音量なもんで、こっちがビックリするぜ。」


 「見たのはその時だけですか?」

 「そうだなぁ。俺が知ってる限りはそれだけだな。すぐあっちの公園のほうに飛んでったらしい。昨日は風が強かっただろ?そのまま風に乗って飛んでったのかもしれねぇなって話してたんだ。」

「なるほど。でもよく覚えてましたね」


 正直なところ、小さなトカゲに対する目撃情報はそんなに得られないのではないか、と二人とも思っていた。

 予想だにせず、しっかりとした証言が得られそうでホッと胸をなでおろす。


「そりゃあ、あいつの馬鹿デカい声がうるさかったし。急に火が出たみたいに明るくなったと思ったらトカゲだった、なんて大げさに言うもんだから、なんか印象に残っちまった」


 依頼人のガーデン氏曰く、『赤めの濃いオレンジ色の鱗』とのことからも、おそらくそのトカゲで間違いはなさそうだった。


「火が出たみたいに?」


 レティはどこか引っかかりを覚え、メモを取る手が止まる。比喩表現としておかしいとは言い切れないが、どうもしっくりとこない。

 急にゲージを飛び出だしてその色が見えたから、火のように見えたのだろうか。


「あいつはいっつも話を盛る癖があるからなぁ。まぁ、やつにはそう見えたんだろう」

「見た本人にも話を聞きたいんだが」

「それがな、こいつがまたサボり魔で今日も配達に行ったっきり帰ってこねぇ」

「今いないのは……いつもの背が高くて声が大きい店員さんですか?」

「そうそう、そいつ。まぁ、いつもならもうそろそろ帰ってくると思うけどな。知ってんのはそのぐらいだな」


「ありがとうございました」

「常連さんの役に立てそうならよかった。まぁ、飯は知っての通り旨いからまた食いに来てくれや」

「もちろんです。ありがとうございます。昨日の新作のスープも絶品でしたよ~!僕はできることなら今すぐ食べたいところなんですけど……」


 カウンター越しに奥のキッチンから鍋を煮詰めているであろう匂いが漂って来て、かなりユールの食欲は刺激されていた。

 しかし、ユールは背後のレティの視線が鋭くなっていくのもなぜか感じ取れてしまった。

 片手で壁を作り、屈みながら、小さな声でマスターに話しかける。


「……見えます?先生がちょっと睨んできてるんですよ……。残念ながら我慢します。また来ますね……」

「聞こえてるぞ」


 レティは腕を組み、眉をひそめた。


「じょ、冗談じゃないですかぁ」


 ユールは慌てて振り返り、ははは、と乾いた笑いを浮かべる。


「どうだか」

「やっぱ食べていきましょうよ~匂いですっごくお腹空くんですって!」

「ジョー君の店で大盛のランチとパフェも食べてたの知ってるからね」

「それとこれとはまた別ですよ~~」


 二人はそんなやり取りをしつつも丁寧に礼をして店を出る。

 ユールは心底名残惜しそうに扉を閉めた。


「この店で辛さ以外の理由で泣きそうになるとは思いませんでした」

「また今度……一緒に来るから」

「絶対ですよ?」


 レティは小さく頷いた。


 ユールは満足そうに微笑むと、追いかけてきたスパイスの香りを振り払って歩みを進めた。

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