4 トカゲと考察
「怪しいね」
窓から依頼人が通りの端まで去ったことを確認し、煙草に火をともしながらレティは静かにそう言った。
「え?ああ、美味しいねって?美味しいですよねこのクッキー」
静かに紡がれた言葉は、紙袋のガサゴソというノイズに紛れてしまった。
残された茶菓子を片付けつつ出かける準備を始めていたユールの視線が、クッキーの紙袋と茶菓子の棚に注がれていたからというのも理由の1つではある。
「違う。あの依頼人が怪しいなと言ったんだよ」
「ああ。まぁ確かに人のペット脱走させちゃうのはちょっと人間性疑いますよね。いい人そうかなぁと思ったんですけど」
ユールは依頼人の挙動を思い出し、うーんと唸った。
いつも依頼人にお菓子を出してもあまり食べてはくれないが、ガーデン氏はそれなりに食べてくれたので、ユールからすると割と好印象だった。
「それもそうではある。が、人間性も怪しいが……本当にペットを探している人間とはどうも思えない」
「というと?」
「怒ると怖いような人間から大事なペットを預けられている割に、積極性が薄く感じた」
「そうでしょうか?探しつかれて諦めかけているようにも感じましたけど」
ユールが喫茶店で見かけた彼は、真っ青な顔をしていた。それは確かである。
地図にもいろいろと書き込みはされていたし、疲れ果てている様子は足取りからもうかがえた。
「もし君が私から大事なものを預けられて、それを失くしたらどうする? どこを探す?」
「大前提として、僕はすぐに報告して謝りますね。そのうえで、死に物狂いで探しますよ。生き物だとしたら体調とかも心配ですし。……あと下手したら僕の命も危ういし」
以前にレティを怒らせて悲惨な目にあった人のことを思い出しただけで冷や汗が出てくる。想像しただけで不安になる。
幸いなことにユールはまだそこまで怒らせたことはなかったが、これからも全力で回避したいところである。
そんな想像をしているのがはたから見ているだけでわかるレティだったが、相棒の想像力と表情のたくましさはいつものことなのでスルーだ。
「そうだろう。それにしては服は汚れていないし、手や髪も荒れてはいない。人に頼るとしても、警察に届けを出しもしていない。それこそ東部の人間であれば、知り合いの魔法使いに知恵を借りたりなどはまず思いつくところだと思うけどそうした話もない」
「とりあえず自分自身でどうにかしようというのはわかりますけどね。知らない土地でひとりだけでどうこうしようという段階は超えている気はします。まぁ、そのおかげで僕たちに依頼が来たわけではあるんですが。」
「まぁ……それはそうだな。もう1つ気になることと言えば……ほんの少しだが、魔力の残滓を感じた……気がする」
「ええと……魔法を使った形跡、でしたっけ?」
魔力自体は、そのままでは目に見えるものではない。
魔法を使ったり、魔術や魔道具を使用した時にだけ、目にも見えるような存在になるが、それは一時的なものだ。
ただし、大きな魔法を使った後には、火薬のような残り香がしたり、空気がざわつくような肌寒さを感じることがある。それらは、魔力の残滓と呼ばれている。
感覚的な反応であるがゆえに、魔力に敏感な人間でも毎回確実にわかるというものではないと聞く。
「ああ。本人が魔法使いではないというから、誰かに相談したのかと思ったんだが……それも違うというし。いや、東の人は魔法が身近だから……気のせいかもしれないな。」
「なるほど」
「あと……正直なところ、バレないうちになんとかできればいいという魂胆が透けて見える。個人的な感情としては、あまり好ましいとは言えないね」
「同感です。」
ユールは頷きながら、預かったケージを手持ちのカバンにしまう。
「それに、そのケージの使い方も気になるところだ」
「使い方、ですか?」
「そう。それは魔道具の一種で、調温機能がついているものだ。本来であれば、餌や水がセットされていて一時的な移動には向いているものだが、長時間使うようなものではない。しかも、餌も水もないうえに、温度が極端に低温に設定されている。トカゲには詳しくはないが、適正温度ではないだろう。」
ユールがケージの側面を見ると、設定温度の表示は5℃になっている。餌と水のスロットを開いてみても、何も入っていなかった。
ケージ以外には餌などは渡されていない。
「本当ですね」
「それに、名前を憶えていないわりに、生物的な特徴は即答しているのもひっかかる」
誰かを探しているのであれば、名前を呼びながら探すのが定番である。動物だろうと、たいていの人はそのように行動するものだ。
探すために生物的特徴はしっかり思い出したというのは頷けるが、性別や体長も即答できるというのはどこかしっくりとこない。
「まぁ……でも名前を覚えるのが苦手な人もいますからねぇ……先生だって、苦手なほうでしょう?」
「それは……そうだが」
図星を刺されたレティはつい頬をピクリと動かした。
レティは人の顔を覚えること自体は苦手ではない。
ただ、どこの店の背の高い人、ユールの知り合いの郵便配達の人、といった具合に特徴で覚えるたちであり、名前を覚えるのはあまり得意ではなかった。
対して、ユールは出会った人誰もかれもすぐに仲良くなり、一度会った人間の顔と名前はほとんど忘れないタイプだ。
「少なくとも、私は預けられた生物の名前をすぐ忘れたりはしないよ」
「そうですねぇ」
痛いところをつかれると少しムキになるところがこの上司のかわいいところだとユールは思っている。
が、口に出すとどうなるか分かったことではないので、なるべく心の底にしまっておくことにしている。
「忘れる忘れないでいえば……あのブローチ。どこかで見たような気がするんだが……」
レティはブローチの形を思い出しながら煙をなぞって再現する。確か、猫のしっぽが1つの文字を囲んでいた。
「おそらく組織のシンボルマークか何かだと思う」
「先生がシンボルマークを思い出せないのは珍しいですね。人の顔や名前と違ってその辺はよく覚えてるのに」
「一言余計だぞユール。私だってすべてを覚えているわけではない。猫なんてよくあるデザインだし……気のせいかもしれないな」
金色の猫のブローチ。その文字で始まる単語も、猫をモチーフにしている施設や組織も多岐にわたる。そう簡単には絞れそうにない。
レティが記憶を辿っているうちに、後ろでバタバタと動いていたユールは出かける準備が整ったようだった。
「先生、片付けは終わりましたよ」
「ああ、ありがとう」
「いつも通り現地調査から……でいいですよね?」
ユールは机に広がったままの地図を見直し、聞き込みのおおよそのルートを手持ちのメモ帳に書き込んでおく。
まずはトカゲが居なくなった場所から一番近い料理店からだ。この付近は料理店も多く、ユールが何度も訪れたことがある店ばかりだ。
地図を丁寧に畳んで鞄にしまいこみ、返事のないレティへ視線を戻すと、ちょうど煙草を消しているところだった。
「先生?」
「ああ、すまない。行こうか」
レティの肩越しに、窓辺から鳥の形の煙が2羽飛び立っていった。




