17 魔法生物の研究者
ユールが入口の方に顔を向けると、見覚えのあるスラリとした背の高い男が扉をくぐるところだった。
その客は扉を後ろ手に閉めると、カツカツと足音を響かせて真っ直ぐに店主の元へ向かい、手に持ったカゴを差し出した。
「こんばんは。ジョーくん、アイスコーヒーひとつよろしく。あと、これお土産」
「いらっしゃい。こいつは美味しそうだ」
カゴを開くと、中にはキャラメルがたっぷりとかかったフルーツのタルトが入っていた。
キャラメルの甘い匂いに、ジョーはつい笑みが溢れる。
客の男が眼鏡の奥で満足そうに微笑んでから帽子を脱ぐと、長い黒髪がはらりと溢れ広がった。
店内を見回して客が自分の他には二人だけだとわかると、慣れた手つきでカウンターの端から椅子を引き寄せ、当たり前のようにユールの隣に座った。
「こんばんは、ガルサさん」
「よぉ、ユール。うまくタルトが焼けたから、君も食べるといい」
「ありがとうございます」
「ちょうど甘いものが欲しいところだったんだ」
「レティ、お前にやるとは言ってない。水でも飲んでろ。急に呼びつけやがって。情報料は割り増しだからな」
ガルサは真顔でそう言うと、足を組み直し、さも不満そうに腕を組んで二人の方へ向き直った。
「あぁ、トカゲの生態について知ってそうな人ってガルサさんのことでしたか」
「そう。詳しく聞けそうで呼びつけやすい。適任だろう?」
「便利屋じゃねーぞ、おれは」
そう言いつつも、レティから渡された依頼時に聞いたトカゲの詳細が書かれたメモを受け取り、目を細めながら読み進める。
「ガルサさん、薬草の専門家だと思っていましたけど、動物にもお詳しいんですか?」
「魔法が関わる生き物全般、植物も動物も研究対象だからな。知識としては持ち合わせているつもりだ。何だ、ペット探しか?」
「話が早くて助かるよ」
笑みを浮かべるレティと対照的に、ガルサは深々とため息をつく。
「最近の人間は植物も生物も管理も雑で困る」
「魔道具も発展してきているんだから、追跡装置みたいなのないんですかね」
「そういうのは回路の設計が難しいんだ。量産は難しいし、値段も高いだろうね」
「お前なら作れるんじゃないか?」
「作れないこともないだろうが……まぁ、暇なときに考えてみるよ」
捜索屋が商売敵になりそうなものを作るのはどうなんだ?というのは三人とも一瞬浮かんだが、一旦頭の隅に押し込んだ。
「はい、お待たせ。アイスコーヒー」
「ありがとうジョーくん」
妙な間が開いた隙間を縫って冷たいコーヒーがカウンター越しに渡される。
備え付けの小さい棚からガムシロップひとつとミルクをふたつ取り出すと、ガルサは慣れた手つきで一気に3つの蓋を開け、ゆっくりとグラスに注ぎこんだ。
「ああ、話題がずれたな」
「探しているのはトカゲ……と思っていたんだけどね。どうもただのトカゲではないのかもしれない」
「ふぅん?言ってみろ」
ユールとレティがここまでに聞いたトカゲの挙動について説明をする。
最初は興味なさそうに聞いていたガルサも、蒸気パイプの熱暴走のところで急に目つきが変わる。
ガルサはカウンターからアンケート用のペンと紙ナフキンを拝借すると、話を聞きながらメモを取り始めた。
「おそらく、そいつはただのトカゲではない」
一通り話を聞き終えると、ガルサはメモの中心をぐるぐると囲み、ふたりに差し出した。
「おれの見立てが正しければ……サラマンダーだろうな」
「サラマンダー?」
二人は記憶の中のサラマンダーを思い返す。言われてみれば、見た目は似通っている。
「火の妖精の一種だ。火や熱に棲み、自らも火や熱を生み出すことができる」
「じゃあ、そうなると最近の熱暴走事件の原因はやはり……」
「高確率でそいつだろうな。蒸気パイプが熱暴走したのも、蒸気動力を使っている設備が不安定なのも、サラマンダーが付近を通過して熱源を活性化させたからだろう。レティ、お前も気がついていたんじゃないか?」
指摘を受けて、レティはゆっくりと頷く。
「まぁ、概ね。だが確証はなかった」
「今後の参考までにお伺いしたいのですが……他にはどういった観点で特定を?」
ユールは授業中の学生のように手を上げて質問を口に出した。
「目撃情報だ。まず、熱があるところばかりで目撃されている」
ガルサは説明時に出されたメモと地図を開き直し、該当場所を指で示す。
「料理店の厨房の裏手、煙突の近く……確かにこれらも暖かいところですね。建物の外壁には蒸気パイプがあることも多いし。地下室……は何でしょう、熱がこもっていたんでしょうか。」
「地下室付近はおそらくボイラー室だな」
「なるほど、それは熱いですね」
「それと、目撃されていない場所の情報だ」
「と、いうと……?」
「この地図だが、明らかに目撃率が低い……移動ルートから外れている場所が2ヶ所あった」
ガルサが指さす先を見ると、最初に目撃された料理店と、精肉店だった。
「この2ヶ所が何か?」
「サラマンダーにはいくつか弱点がある。そのうちの1つとして……匂いだ」
「なるほど!あの店は近づいただけで結構スパイスの香りがしますからね」
ユールには思い出すだけでもよだれが出てきそうなほどの好みの香りだが、匂いに敏感な生物からすれば刺激が強いだろう。
「そう。サラマンダーはスパイスの匂いは苦手なんだ。最初の脱走も、匂いに反応して逃げ出したのかもしれない」
「なるほど」
「ここの精肉店は……どうだろうね。匂いがするようなイメージはあまりないけれど」
「僕と先生はほとんど調理後の製品しか買わないから……あ、ジョー君、ちょっといいですか?」
カウンター越しに声をかけると、ガルサが持ってきたタルトを皿に盛ろうと準備をしているところだった。
「なんだ?」
「この……ロメロ精肉店って知ってます?」
ユールが地図を広げながら問いかけると、ジョーは地図を覗き込み目を細めた。
場所を認識すると、ああ、と声を上げ、何度か頷いて口を開いた。
「知ってるよ。ちょっと距離があるからあまり行かないが……割と最近できたところで、広さの割に品揃えも品質も良くておすすめ……なんだけど、それは調べてることと関係ないか」
「匂いが独特だとかそういったことは……」
「それはないなぁ。鮮度もいいし、嫌な臭いもしない。たしか、冷却系の魔道具で店の裏半分を冷凍室にしてるとかで設備も最新式らしいしね」
「じゃあ違いますか……」
「いや、それだな」
「え?」
ユールが頭を捻るのと反対に、ガルサは納得した様子で頷いた。
「温度だ。冷却系の魔道具であれば、おそらく周囲……特に壁や冷気が出る排気口付近の路地裏の温度は低くなるだろう。人間にはそこまで気になるほどの温度変化ではないだろうが、サラマンダーが避けている理由としては充分だ」
「なるほど。ありがとうジョー君!」
「なんだかよくわからないが、力添えになれたのならよかったよ」
ジョーは不思議そうな面持ちで肩をすくめると、また作業へと戻っていった。
「あっそういえば」
「何か心当たりが?」
「さっきトカゲ……いやサラマンダーを追いかけてこの辺りを走ったときに……たしか、この辺りでサラマンダーのスピードが落ちていたんです」
ユールが指さした場所は、地図上のちょうど精肉店の裏手の路地だった。
「冷気が理由だろうな。温度が低いと動きも緩慢になる」
「なるほどね」
「そう考えると……おかしな点が気になってくるね」
「おかしな点、というと?」
二人の会話を聞きながらしばらく地図とメモを見返していたレティだったが、ふいに顔を上げると、こめかみに添えていた指をゆっくりと離す。
レティはさらにいくつかのメモを取り出すと、ユールに向き直り、静かに口を開いた。
「聞いていた話と、見えてきた話とでは、どうにもズレがありそうだ」
※サラマンダーについて
伝承におけるサラマンダーについて詳細な知識を持ち合わせている訳ではないため
あくまでこの世界の魔法生物のサラマンダーはこうなんだな〜ぐらいの気持ちでお読みいただけますと幸いです。




