16 ムズベリーからの乗客
「それで、お腹を空かせて帰ってきたってわけだ?」
「そういうことです。いやぁ、ジョーくんの料理はいつだって最高ですね」
「そりゃあどうも」
魔道具工房で聞いた話をレティに報告しながら帰路を辿っていたが、事務所へたどり着くころにはあたりはほとんど日が落ちており、周囲からは夕食の匂いが漂っていた。
案の定料理の匂いに吸われたユールが開いたのは、1階の喫茶店の扉だった。
夕食時ではあるものの、仕事終わりにくる客の方が多いからか、まだ店にいるのはレティとユールだけだ。
ジョーはパスタを次から次へとユールの皿に山のように盛りながら話を続ける。
「それで、今日の昼間のお客さんの捜索は終わったのか?」
「それが、まだなんですよねぇ。一旦作戦を練らないといけなさそうで。石化の事件もあって……ちょっと怖いですけど」
「ああ、石化した人間が見つかったらしいな」
「さすがジョー君、情報が早いですね」
「まぁなぁ。ま、難しいことはよくわからんが、頑張れよ」
「そのためにまずはエネルギー補給ということで」
「はいはい」
すでに2皿目のパスタを頬張るユールを片手間に眺めながらも、ジョーの手元では料理が仕上がっていく。
パプリカにナス、きのこなど、たっぷりの炒めた野菜を魚介風味のトマトソースと絡めて、仕上げにハーブを振りかけて出来上がり。
「ほら、おかわり置いとくよ」
「うーん、これまた美味しそう」
ユールのフォークを運ぶ勢いが止まらないのは言うまでもない。
「それで、先生の方はいかがでした?」
「あぁ、そうだった」
食べ終えたパスタ皿をジョーに渡してカウンターテーブルをきれいに整えると、レティはカバンからいくつかの書類を取り出し、空いたスペースに並べた。
「まずトカゲの詳しい生態について……と言いたいところだが、その辺りは詳しくないからね。知ってそうな人間に連絡を取っておいた。もう少ししたら来るはずだよ」
「承知しました」
捜索事務所の人員としてはレティとユールの二人だけだが、専門的な情報は他の人間に依頼して入手することも多い。
「それと……さっきアイヴス捜査官には言わなかったことだが……依頼人に関してより詳しくわかったことがある」
先ほど並べた紙の束の中から、路線図と時刻表を取り出す。そこにはすでにいくつかのチェックマークがつけてあった。
「この通り東部からの路線は何本かあるが……服装の違いから見ても、依頼人はかなり離れた地域から来ていることは君にもわかるだろう。このあたりでの東部からの長距離移動のルートはある程度限られる」
「そのようですね」
「駅員や周辺の店の従業員に聞き込みをした結果、依頼人と類似する容姿の人間の目撃情報があった。目撃時間を照らし合わせると、ムズベリー発の便で間違いないだろう」
「ムズベリーって確か東部でも結構大きめの街ですよね?博物館とか研究施設が充実してるって前に聞いたような」
ユールは記憶を手繰り寄せる。東部の地理には詳しくないが、確かそんなことを聞いた覚えがある。
「その通り。しかもあの辺は魔法使いが多いから服装も特徴的だ。依頼人の特徴と合致する」
「なるほど。それにしても、目撃情報があってよかったですね」
「本人かどうかまでは、わからないけれどね」
「……というと?」
ユールはレティの言っていることがよく呑み込めず、つい目をしばたかせた。
「『依頼人と類似する容姿の人間の目撃情報』と言ったが……類似する服装の人間がかなり多かったらしい」
「同じ地域からの客ということですか?」
「おそらくそうだろう。東部からくる乗客が普段よりも多かったことはアイヴス捜査官との聴取時にも話したが……ムズベリー近郊の、特に魔法に関する文化が根強い地域からの客が特に多かったそうだ」
「それは、気になりますね。……でもいいんですか?それをアイヴス捜査官に言っておかなくて」
それは結構重要な情報だったのではないだろうか。ユールは苦笑を浮かべた。
「依頼人についての不確定な情報を警察に言わなかっただけさ。必要であれば後で伝えるよ。あの時は"思い出さなかった"のだから仕方がない。そうだろう?」
「まぁ……先生がそうおっしゃるなら」
後でバレたらアイヴスから何か小言を言われそうだ。
ユールが額を抑えて唸りながらメモをまとめているのを横目に、レティはアイスティーをひと口飲んで、もう1枚の書類をユールに差し出した。
「まぁ、それは一旦置いておくとして。ムズベリーと聞いて思い出したことがあったんだ」
「思い出したこと?」
「ムズベリーに拠点がある組織は動物をシンボルマークとしているところが多くてね。その一覧がこれだ」
犬、鳥、ウサギなど、様々な動物を形どったアイコンと組織名が並んでいる。ユールはその中の1つに見覚えがあった。
「これ、もしかして」
「そう、これだ。猫をシンボルマークにしている組織があった。遺物保管評議会。 遺物――古代の魔道具とか希少種の魔法生物の管理を行っている組織だね。」
「なるほど、猫のシンボル。ガーデン氏は関係者ってことですか?」
「その通り。東部の知り合いに聞いてみたところ、そこの職員だった。」
「……調べられるんですか? そういうことって」
「まぁ、ちょっと伝手を頼って、ね。」
レティは伏し目がちに何度か瞬きをすると、右手でアイスティーに刺さったストローをぐるぐるとかき混ぜる。
ユールは知っていた。何か説明が面倒なことを誤魔化す時の癖だ。普通はどんな組織に誰が勤めているかなんて、そうそうすぐには情報が入手できるものではない。
おそらく東部の情報を入手しているときにいつも連絡している人物だろうと思ってはいるのだが、何度聞いても一向に素性を教えてはくれない。
ユールは口をとがらせて少し眉をひそめた。聞くこと自体はすでに諦めているが、それはそれとして少し寂しいようなもどかしい気持ちにはなる。
「……トカゲって別に希少種じゃないですよね」
「あぁ。だから、今回の件とガーデン氏の仕事に関わりがあるのかまでは、今のところわからない。可能性としてはありそうだけどね」
「気になりますね」
「あと、本来の飼い主の情報も欲しいなと思ってね。使い魔関連の登録情報を調べたんだ」
「それも伝手で?」
「まぁ、そうだ。……そんな顔をするな。いろいろと事情があって……そのうち紹介するさ」
「はーい。」
「使い魔登録しているトカゲの飼い主は何人かいたんだが……」
フルネームと、おおまかに使い魔の特徴が書かれた走り書きの紙を指さす。
「だが、不思議なことに誰からも捜索願いの類は出ていない」
「使い魔の名前の登録はないんですか?」
「ある。が、ケージに書かれていた名前が本当に合っている名前なのかはわからないしね。名前の違いだけで候補から除外していいものかまでは判断できなかったよ」
「うーん、厄介ですね」
ユールはメモをもう一度見返してみる。ガーデン氏は預かったトカゲを連れてムズベリーから何らかの理由でアルディアに来たのか。
それとも、ムズベリーでトカゲを預かったのか。
職業が何か関係しているのか、していないのか。ガーデン氏は怪しいような気もするが、まだ糸口は開けそうにない。
ユールは頭をひねりながらも一通りの書類を見終え、アイスコーヒーのお替りに手を伸ばす。
そのとき、カランカラン……と、来訪者を告げるドアベルの音が響いた。




