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14 物言わぬ少女

 その石像――少女は、路地裏に続く脇道から角を曲がってすぐ、積み上がった木箱の影に隠れるようにしゃがみ込んでいた。

 ユールとレティのふたりは、その場に固まったまま視線を逸らせずにいた。

 

 「とても精巧な石像……というわけでは、ないんでしょうね」

 

 ひどく長く感じられたその沈黙は、ユールの言葉でまた動き出す。

 精一杯の軽口も、声の震えは止められない。

 しかしながら、声をかければ今にも動き出しそうなほど精巧な像が、あるわけがなかった。

 

 「残念ながら……石化されてしまった人間、だろうね」

 

 レティがユールに視線を移すと、さきほどよりは多少マシにはなっているようだが、まだ瞳孔が揺らぎ、気が動転している様子だった。

 それに比べればまだ落ち着いてはいるものの、レティも鳥肌が止まらず、指先は氷のように冷えている。

 

「落ち着けそうか、ユール」

「は、はい」

 

 ユールは差し伸べられた手を取り、体を起こす。

 目を閉じて大きく息を吸いこみ、2度3度と深呼吸を繰り返すと、少しずつ震えが収まってくる。

 ゆっくりと目を開き、レティの瞳を見据えた。

 

「先生すみません。もう大丈夫です。先生は……」

「平気だ。」

「でも」

「大丈夫。それよりも、歩けそうなら……警察に連絡を。君ひとりで行った方が早いだろう」

「……行ってきます」

 

 頷くや否や、すぐさまユールは裏路地を駆け出していった。

 レティはユールが角を曲がったことを確認すると、石像になっている女性へ向き直る。

 

「……すまない」

 

 そこまでひどく汚れているわけではないが、砂埃はかぶってしまっている。長い時間ここにいたことがうかがえよう。

 物陰に小さくしゃがみ込んでいることもあり、路地裏を通りかかった人には気づかれなかったのだろう。

 かなり若い……学生ぐらいの背格好の少女だ。

 少し開いた口を手で押さえ、目は見開いている。

 レティは視線の先を辿ってはみたが、多数の石がひしめいているばかりで、何を見ていたのかまでは判断ができない。

 

「いや……むしろ……?」

 

 多数の石があると思われた場所から周囲をよくよく見てみれば、そこを起点として半円を描くように石化が広がっているようにも見える。

 しかし、幾度となく人が通ったであろうその道からは、正確な情報を読み取ることは難しかった。

 

 レティはゆっくりと息を吐きだすと、もう一度彼女を振り返った。

 

「君は……何を見たんだ」

 

 問いかけてみても、彼女の口は堅く閉ざされたまま開かない。


 

 

 警察と工房の人間が来るまでは、そこまで時間はかからなかった。

 発見した時には二人とも気が付かなかったが、現場から工房までは目と鼻の先だったのだ。

 そこからは話は早かった。

 

「そんな、まさか……クラベル……」

 

 被害者である彼女――クラベルは、来ていないと思われたバイトだったのである。

 魔法使いの見習いで、魔力に優れている学生とのことだった。

 すぐさま裏路地は封鎖され、人の出入りも制限された。

 そして、第一発見者であるユールとレティは、警察からの聴取を余儀なくされたのだった。


 

「なんだ、お前たちだったのか」

 

 聞き覚えのあるよく通る声に振り返ると、遠くからもよくわかる背の高い女性が立っていた。

 

「おや、アイヴス捜査官じゃないですか」

「お前たちの生息地域とはちょっと違う場所じゃないか?なんか探し物か?いやまぁそうだろうが」

「お察しの通りだ」

 

 ペット探しなどで裏路地を歩いていると、怪しがられたり、変なものを見つけてしまうことがたびたびある。

 アイヴスの行動範囲と二人の捜索範囲がほとんど被っているため、いつの間にか顔なじみになってしまった。

 その縁で何度か捜査協力をしたこともあり、今では軽口も叩けるほどの仲である。決して、ご厄介になったわけではない。

 

「まさか探し人が今回の被害者の?」

「いえ、今回は人探しではなくて……捜索の過程でたまたま……と言う感じです」

 

 アイヴスは呆れ顔で調書の用紙を取り出すと、ちらと二人の表情を見やった。

 

「こう何度も現場で遭遇すると怪しくも思えるが……怪しいだけで、意外と普通なんだよな、お前たち」

「そうそう、僕たちはごくごく一般的な市民です」

「ああ、ちゃんと税金も払ってるし」

「そりゃありがたいことで。こちとらしがない公務員なんでね。速やかなご協力お願いしますよ」

 

 差し出された身分を記載する書類に、二人は慣れた手つきで住所と名前を書き記す。

 

「最初に見つけたのは?」

「僕です。まぁ、見つけたというか……躓いたというか――」

 

 ユールが状況を話すと、気の抜けた表情だったアイヴスも、徐々に顔がこわばっていく。

 思い出しているユールも多少表情が堅くなるが、もう震えるほどではなくなっているようだ。

 

 一通り話し終えたころには、アイヴスは心なしか口元が引きつり気味になっていた。

 

「相変わらずこういう奇妙な事象は苦手のようだね」

「だからこそそういうものとはあまり関わりがない仕事にしたつもりなんだけどな」

「警察はむしろ関わりそうじゃないか?この街だったら」

「この体力が活かせる安定職だと思ったんだよ」

「大変活かされていらっしゃるとは思います」

「君はもう現場は見たのか?」

「周辺の聞き取りのために駆り出されただけだからな。たまたま比較的近くにいたやつが呼ばれたんだ」

「言われてみれば、普段よくお会いする場所と違いますもんね。そんなに忙しいんですか?」

「この辺の一部の人間がな。おれもよくは知らないんだ。人手を借りたいって依頼はけっこうくる。」

 

 アイヴスが言わないようにはぐらかしているのか、本当に知らないのかはわからなかった。

 が、アイヴス以外の警官が一様にばたばたと動いている様子を見るに、後者なのだろうと二人は思った。

 アイヴスだけがやけにのんびりしているように見える。

 

「ああ、人手を借りると言えば、近々また依頼することになると思う」

「予告とは珍しいね」

「また所持者不明品の捜索依頼ですか?」

 

 事件や事故で持ち主がわからない品物や遺留品の持ち主を調べる捜査協力をすることがあるが、多くの場合は急を要するものであり、事前予告ほとんどない。

 

「……ここ最近、持ち主がわからない品物がやたらと見つかるらしい、からな」

「遺失物……いや、遺留品……ですか?」

「そうだったりそうじゃなかったりな。ま、その辺はまた依頼時に詳しく話すよ」

「……そうですか」

「持ち主がわからない品物、ね」

 

 普段あっさりとしているアイブスの珍しくはっきりとしない物言いに、ユールは唇を尖らせ、不満そうな顔をする。

 それと反対に、レティは口の端をあげ、わずかに微笑む。何かに思い至ったようだった。

 

「レ……ヘイゼさん、何か?」

「……最近あまり見かけない人の出入りが多かったり、荷物を運んでいる人を見かけたり、ということが関わっているのかな」

 

 そこまでへらへらとした近所の姉さんの顔だったアイヴスの表情が、途端に捜査官の顔つきになった。

 背筋は伸び、メモを取るペンの動きも早くなる。

 

「そのような情報が?」

「とある筋からね。私たちもそれが今回の依頼に何か関わっているかもしれない、と調査中だったんだ」

「まぁ……途中でこの事件に行き会ってしまったので、中断しているところですけどね」

「情報源は?」

「私は人を覚えるのが苦手だからね。誰だったかなぁ。何かきっかけがあれば思い出すかもしれないね」

 

 レティはわざとらしく頭を押さえてから横髪を耳にかけ、そのまま耳に手を添えた。

 それを見たアイヴスは嫌そうな顔をすると、ユールに向き直る。

 

「ユールは人を覚えるの得意だろう」

「もちろんです。……でも今はお腹がすいてきたのでちょっと自信がないですね」

 

 ユールはにっこりと笑って元気よくそう言った。

 

「ああでも、この聴取がすぐに終わって調査が再開できれば、後で何か情報を共有できるかもしれないね。夕食も早く食べられるしね。なぁ、ユール?」

「ええ、夕食が近づけば僕も何か思い出せるかもしれません」

 

 アイヴスは深いため息をつき、近くに人がいないことをちらと伺うと、二人を手招きして小声で話し出した。

 

「この辺で最近違法な取引が行われているって噂がある。場所は捜査中だ。なんか知ってたら教えろ。……早めに終わらせるから」

「ああ、思い出してきたな」

「優しい人が聴取の担当で本当に良かったです」


 

 レティとユールはにこやかに微笑むと、捜査の際によく使っているメモ帳を取り出した。

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