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13 精巧な石細工

 路地のさらに奥へと足を進めても、先ほどまでたどっていた光はもうどこにもなかった。

 

 「……はぁ」

 

 ユールはため息をつき地面に座り込む。

 と、足先がじわじわと痺れるような痛みを訴えていることに気づいた。

 地面を見やると、沢山の石が散らばっている。それらのどれかに足をぶつけたようだ。

 

「よりによってこんな時に」

 

 足元には気を付けていたつもりだったが、つい気が急いたのか、確認を怠ってしまった。

 ここぞというときに冷静さを欠いてしまいがちな己が嫌になる。

 それでも何かないかと耳を澄ませると、遠くから聞き覚えのある声が微かに聞こえてきた。

 

 「…………ユール……」

 

 ユールが振り返ると、小さな影が見える。レティが息を切らしながら追いかけてきていた。

 

「先生!」

 

 慌てて立ち上がり駆け寄ると、レティは徐々に歩みをゆるめて立ち止まり、壁にもたれかかって息を整え始めた。

 

「大丈夫ですか? 先生」

「そ、それは……こちらの台詞だ……」

 

 全力で走り回っていて最後にすっ転んだのは、ユールの方である。

 しかし、息も絶え絶えのレティに対し、ユールは汗ひとつかいていなかった。

 

「ケガは……ないか?」

「ちょっと痛かったですけど、問題ないです」

「そう、か……なら、……いい」

 

 足はまだ少し痛むが、全身を確認してみても、血は出ていなかった。服が多少擦れたぐらいだ。たいした影響はない。

 改めて周りを見やると、いつのまにか工房の近くまで戻ってきていたようだ。

 耳を澄ましてみたものの、蒸気の弾ける音と工場の歯車と機械の金属音がするだけで、もう足音は聞こえなかった。

 ユールは肩を落としてシュンとしながらレティに向き直った。

 

「すみません、先生。逃しました」

「仕方……ないよ。あの速度となると……ね。対策を考えなければ……ならなさそうだ……」

「そうですね。体力には自信はありますけど……さすがに追いつけるかどうかわかりませんし。今みたいなアクシデントが……また起きないとも限らないですし。」

 

 今回は調査だけではなく捕獲まで依頼である以上、居場所を見つけたとしても、逃してしまっては意味がない。

 時間にも限りがあるのだ。そう何度も挑戦ができるわけでもない。

 

「それにしても何でこんな裏道にこんな大きな石が?……あれ」

 

 石の1つ1つをよく見てみると、ただの石ではなく、茶器や鍋やカゴなどの日用品をかたどった石だった。工房で見かけた試作品に形が似ている物もある。

 

「この辺の工房の物でしょうか?……造形を粘土で試作するのは見たことありますけど、彫刻で作る場合もあるんですね。」

 

 ユールに倣ってレティも石像を持ち上げ、じっくりとみてみる。見た目で受ける印象よりも思いの外かなり軽い。

 ポットのような形をしているが、よく見てみると背面に魔術式が細かく掘り込まれており、魔道具のようだった。うまく魔力を流せばそのまま使えそうなぐらいだ。

 

「いや、これは……もしかしたら。ユール、ちょっとこれ壊してくれないか」

「え?」

 

 流石のユール怪訝な顔をする。

 

「大丈夫ですか、先生。変な物とか食べてないですか?」

「失礼な。君じゃないんだからアレコレと変なものは食べないよ」

 

 どちらかというと失礼なのはレティの方だったが、知らないものでも食べ物であれば気になって食べてしまいがちなユールは口ごもる。

 

「ひとが何でもかんでも食べるみたいに……。僕だってちゃんと選んで食べていますよ。ほとんど食べるほうを選んでいるだけで」

「そうかい。ほら、責任は私がとるから。あぁ、粉々にしないようにね。一部だけ壊せ」

「はい。よっ、と」

 

 ユールは不満そうな顔をしつつ受け取ると、石像の角を勢いよく地面に叩きつけた。

 石像の一部が割れ、空洞が現れる。中には葉のような形の石も入っていた。

 

「すごいですね。どうやって作ってるんでしょうこれ」

 

 ユールは思わず目を見開き、食い入るようにポットを眺めまわす。

 ポットの内側の構造だけでなく、底にたまった水分や少し広がった茶葉まで、細部が忠実に再現されている。

 

「いや、これはおそらく……」

 

 レティはユールから手渡されたポットを眺め、やはりか、と口の端で小さくつぶやいた。

 

「他の物質を後から石化させた物だ」

「石化?どうして……というか、どうやって……?」

「理由はわからないが。わずかに魔力の残滓を感じる……気がする。魔法で石化させることもできる……というのがあると聞いたことがある」

「はぁ、なるほど。そういうのもあるんですね」

 

 石像にしてはあまりにも精巧な作りだが、後から石化されたものだと聞けば、納得がいく。

 ユールはそういう材質のものかと思って気にしていなかったが、周りをよく見てみると、機材の中にも一部だけ材質が異なり、石化している物があった。

 

「どうしてこんなことを?これも工房の何かの実験でしょうか」

「おそらく、工房の人たちによって意図されたものではなない……のではないかと思う」

 

 レティは周りの石を1つずつ手に取りながら観察を続ける。

 周囲に散らばっているサンダルや箒なども、本来であれば石以外の材質のものばかりだ。

 

「今はまだ確証はないけれどね」

「なるほど。あ、そういえばさっき言いかけてたことって……」

「ああ、そうだった。調べて分かったことだが……いや、一旦事務所に戻ろう。捕獲の作戦も立てないといけなさそうだしね」

「わかりました」

 

 ユールは現在地を確認するため、今一度周囲をぐるりと見渡した。

 

「……それにしても、この辺の物はかなり石化されてますね」

 

 そういう道だと思っていれば気が付かなかっただろうが、足元すら元々石造りだったわけではない様子だ。

 よくよく見て見れば、路地裏1ブロック程度の品物がほとんど石像にされていることがわかる。

 

 先ほど足をぶつけた石像も、石化されたうちの1つだったのだろうか、とユールは思った。

 石化したものをたどって先ほど転んだあたりまで戻ってみると、散らばっていた石だと思っていたもののほとんどがただの石ではないようだった。

 

「この辺の木箱も石造りみたいになって……こっちには靴……も…………」

 

 木箱の陰になってよく見ていなかった場所まで進んだところで、急にユールの声が辿々しくなっていく。

 一歩足を前に出すごとに、どくどくと、心臓の音がやけに大きく聞こえる。

 頭では落ち着こうと思っても、息の仕方を忘れたかのように、かえって呼吸は早くなっていく。

 

 ――先ほど躓いたのは、何だったのか。

 傾き始めた夕陽が、ゆっくりと路地裏を照らし、その輪郭をはっきりと映し出す。

 目を逸らしのに逸らせない。 首筋を伝う汗が、異様に冷たい。

 思わず一歩後ずさった途端、視界が一瞬ぐにゃりと曲がる。

 

 「せ、先生……」

 

 石像をじっくりと眺め回していたレティの耳にも、ユールの声と共に、どさり、と音が届いた。

 急いで駆け寄ると、地面に座り込んだ状態のユールが、ただ一点をわなわなと震えながら指さしていた。

 指さす先、石化した木箱に隠れるようにうずくまる小さな身体。

 

「……なんてことだ」

 

 そこには、服の皺からまつ毛の1本に至るまで――ひどく精巧な、少女の形をした石像があった。

次の更新→2/23 20時ごろ

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