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12 導を辿って

 レティが帰ってきたのは、あらかたの検証作業が終わり、茶菓子休憩を取っている時だった。


「あっ先生、おかえりなさい」

「ただいまユール。それ、またいつの間に何か買っていたのか?」


 ユールの手元には、アーモンドが練り込まれたヌガーのような棒状の菓子が積み重なっている。


「甘いものが好物だとお話したら、皆さんがご厚意でくださったんです」

「残業のお供にと買ったが、ユール君のおかげで残業がなくなったからな」

「確かに、このお菓子は魔力回復にも良さそうですね」


 一時的に消費した魔力は、体力と同様に、睡眠や食事で回復するとされている。


「夜食がわりに持ってきてただけさ。おかげさまで夕食は外に食べに行けそうなんでね」

「それはよかったです。美味しいものを食べるのが一番ですからね。これも美味しいですけど、夕飯には足りませんしね」

「そりゃそうだ」

「先生のほうはどうでした?」

「あぁ、それなりに収穫があってね。ただ――」


 その時だった。

 急にパイプが大きな音を立て、蒸気が噴き出して周囲を白く曇らせる。


「クソっ! またかよ!」


 怒りと呆れが混ざったため息が、どこからともなく聞こえてきた。

 ほとんどの人が雲のようになっている蒸気を掻き分けてパイプの方向へ向かう中、反対側の方向へ目を向ける二人がいた。レティとユールの二人である。


「見たか?」

「はい、先生」


 蒸気でできた白い壁の奥に、動くものが1つ。

 炎が燈ったように輝く鱗。赤い首輪。探しているトカゲそのものだった。

 

 ユールは姿勢を落としてゆっくりと近寄ったが、すんでのところでかわされ、伸ばした腕は空を切る。

 後ろに控えていたレティの横をすさまじい速度ですり抜け、工房の奥へ入り込んでいった。


「おっと!」

「なんだ?」


 工房の従業員たちの困惑の声をよそに、ユールはトカゲを追いかけて走り出した。


 捜索の最中に対象物を追いかけて走ることはままあることだったが、捜索対象が目で追えないほどの速度で駆け抜けていくのは初めてであった。


 鱗が視界の先できらりと光る。その輝きがなければ、ユールとて、とうに振り切られていただろう。

 コーヒーの匂いが漂うキッチンを横切り、天井から吊り下げられた試作品たちを潜り抜け、積みあがった書類の山を飛び越えていく。


 工房の中は、置けそうなスペースがあればどこでも、ありとあらゆる場所に物が積み上げられている。走るには障害物だらけだ。そもそも走る場所ではないので仕方ないのだが。


「うわっ!」


 ネジの雨が視界を塞ぐ。トカゲが勢いよく通るせいで、その後を追っているユールの上には始終ばらばらと小物が降り注いでいた。

 視線を戻すと、通り抜けた時の風で木くずが舞い上がっているのが見えた。

 そのおかげですぐに追いかけ直すことができたのは不幸中の幸いか。


「た、ただでさえ……走りにくいの、に……っ! 困りますよ!」


 先ほど魔力を込めた覚えがある品も飛んで行ったのが視界の端に映る。あとで皆さんに謝らねば。

 ユールは一瞬、お詫び用のお菓子リストを思い浮かべた。

 あのお菓子、美味しいんだよな――いや、それはあとでゆっくり考えよう。


 無我夢中で駆け回っていると、気づけばその姿をしっかり確認できるまで近づいていた。体躯が違えど、走りにくいのはあちらも同じなのだろう。

 とはいえ、まだまだ手が届くほどの距離ではない。捕獲するためにはもっともっと近づかねばならない。

 しかし、進む先はそろそろ建物の隅のはずだ。


「ええ……?」


 よし、と意気込んだのもつかの間。追い詰めたと思いきや、ほんの少し空いていたドアの隙間をぬるりとすり抜け、トカゲは外に出てしまった。

 自分の体躯をよくわかっての行動なのか、たまたまなのか。

 人間の身体ではすり抜けることもできず、また距離ができる。ドアは開けたらしっかり閉めろ、とユールは心底思った。

 

 工房の勝手口から外に出ると、隣の建物との間の狭い路地だった。左右を見回してみるが、木材と石が転がっているだけで、姿は見えない。

 どちらの道が可能性が高いか。表通りに出てみるか。


 ユールは必死に頭の中で周辺の地図を思い出そうとしたが、このあたりの裏通りは迷路のようになっており、おぼろげな記憶では歯が立ちそうにない。


「困りましたね。……さてと」


 目がだめなら耳だ。ユールは耳を澄まし、何か手掛かりになる音がないかを辿る。

 すると、頭上から勢いを増した蒸気のプシュープシューという音がした。


 視線を上げると、小さな足音と共に蒸気パイプを伝って走り去っていくトカゲの尻尾が一瞬見える。

 全身が見えずとも、地図がわからずとも、蒸気パイプの伸びる先は一目瞭然だ。ユールはパイプに沿って工場の裏通りを走り出した。

 

 トカゲの鱗の光も時折見えるが、高さもあって目視では捉えづらい。

 そのうえ、工場の裏は排気口から蒸気や煙が立ち込めており、視界も悪くなってきた。

 舗装が行き届いていない裏通りは走りにくく、あちこちに置かれている資材を避けながらというのもユールの歩みを妨げていた。


 慣れない道でもつれそうになる足を動かしながら、ユールは耳をそばだてる。足音と蒸気パイプから漏れる上記の音が刻むリズムが唯一の導だった。

 狭いところを選んでいるのか、ただパイプの伸び行く先がそうだっただけかはわからないが、トカゲは通路のより入り組んだところに進んでいく。


 何度目かの角を曲がった時には、ユールはもう方向感覚はなくなっていた。

 音を頼りになんとかついていけてはいるが、だんだんと工場や店の音が混ざってきて音が埋もれてしまいそうになる。


 風が頬をなぞり、首を伝った汗がひどく冷たく感じられる。

 と、なぜか音もトカゲの動きも急にゆっくりになった。トカゲの姿もかなりはっきりと見えるほど近い。

 蒸気パイプがシューシューと音を鳴らし、呼吸と重なる。

 ――息を吸え。落ち着け。もう少しだ。


 ユールは勢いよく地を蹴りだした。


「うわっ……!?」


 が、その瞬間、すぐ横の排気口から蒸気が溢れ出し、ユールの視界を奪った。

「……い、……ッ!」


 そして踏み出した足に痛みが走る。

 何かに足を取られ、姿勢が崩れていく。

 勢いはそうすぐには消せず、視界はぐるんと回る。身体は冷たい床にたたきつけられた。

 

 ユールが身体を起こし前を向き直った時には、トカゲはもうそこにはいなかった。

お読みいただきありがとうございます。


毎日投稿は最初の1週間だけのつもりだったのですが

読んでくださる方がいらっしゃるのがあまりに嬉しいので

1章が終わるまでは引き続き毎日投稿の予定です。


次の更新→2/22 20時ごろ

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