11 熱と魔道具
「遺失物、だったか?」
小休憩がてら話を聞いてみると、一番最初に対応してくれた親方ともう一人が、水浸しの事件に詳しいようだった。
「探しているの自体はペットのトカゲなんですが――」
ユールはポケットからメモ帳とペンを取り出し、今までの情報をざっと振り返ると、トカゲの特徴、そして目撃情報と最近の熱暴走のトラブルと何らかの関係があると思われることを説明する。
「――というわけで、トカゲを見かけていないかと、熱暴走の件について詳しくお伺いできればと」
「ああ、見かけたな」
「えっ、見かけたんですか? トカゲを!」
思わず前のめりになるユール。目撃情報は望み薄だと思っていたが故に、大変にありがたい。
「あぁ。お前も見たよな?」
「見た見た。ほら、ちょうどそのあたりにいたよね」
指差した方角を見ると、先ほど確認した魔道具が積み上がっている。
「急にその辺りがピカっと光ってね。誤動作かと思って慌てて駆け寄ったら、そのトカゲが魔力を持ってたのか、魔道具が反応して熱くなってたんだよ」
「トカゲが魔力を……」
「まぁ、トカゲなら魔力持ってるやつもいるからな。それ自体はそんなに不思議じゃねぇよ」
「そうなんですね」
ユールはペンを滑らせながら、検証時の反応を思い返す。
多めに魔力を流した時も、そこまでにはならなかった。周囲が明るくなるほどの魔力は、かなりの量のはずだ。
「俺たちがきたらすぐにどっかにいっちまったけどな」
「その反応した魔道具はまだありますか?」
「熱くなりすぎて溶けちゃってるけどね。見る?」
「一応、確認させてください」
奥から取ってきてもらったそれを確認してみると、確かに表面が一部溶け、歪んでしまっている。
「これはさっき僕が魔力を流したのと同じものですか?」
「いや、改良前のものだ。冷却機能の動作が不十分で、魔力の供給量が多いとこうなっちまう」
「……同じバージョンのものって、あります?」
「あるにはあるが、どうするんだ?」
「どの程度の魔力入れたら同じ状況になるかやってみたくて」
これから対峙する相手の魔力量はおそらくかなり多い。参考情報の1つとして確認しておいて損はないはずだ。
「そいつは面白そうだな……というか、最新バージョンでもやってくれ」
親方が悪そうな顔つきで笑う。職人魂に火をつけたようである。
「もちろんです。トカゲを見かけたのはその時だけですか?」
「そうだね……正直、そのあとは忙しくてそれどころじゃなかったし」
「蒸気パイプと貯水タンクの破裂ですね?」
「そう。あ、そういえば、蒸気パイプが破裂したのはトカゲを見かけたすぐ後だったね」
「言われてみりゃそうだな。溶けてる試作品を見て、改良案を話し合ってる時に急にデカい音がしたんだ」
「その音が蒸気パイプの破裂だった、と」
二人は頷く。
その時のことを思い出したのか、二人に驚きと疲れが入り混じったような表情が垣間見えた。
「大量の蒸気が溢れ出たから、部屋が真っ白になって、雲の中かと思ったぐらいだ」
「そうそう。そしたら次は足元は海の波みたいに水が押し寄せて。ハッとして慌てて蒸気関係の設備を緊急停止させて、そこからはもうみんなびしょ濡れになりながら復旧作業」
「それは大変でしたね……。怪我人はいなかったんですか?」
「あぁ。幸い一番近くにいた俺たちはさっき言った通り試作品に集中していたしな。一応、こういう時のために凍結系統の魔道具は近くに置いてあるから対処も比較的すぐにできたし」
ユールも作業を始める前に、熱や蒸気による異常発生時の説明があった。
対処用の魔道具はいくつかの種類があるようで、ボウガンやスリングショット(ゴム銃)のような形のものがあり、着地点を瞬時に凍結させる機能があるという。
「それは何よりです。蒸気パイプの破裂の原因はわかっているんですか?」
「それが、まだわかっていないんだよ。発生現場見るか?」
「いいんですか?」
現場までは先ほどの場所からはやや離れてはいるものの、駆け寄ればすぐに辿り着く距離だった。
「パイプは勿論交換済みだ。貯水タンクもな」
緊急時に備えて、蒸気パイプは一定間隔にフランジにより区切られており、損傷した接続部ごとに取り替えることができるようになっている。
貯水タンクも複数台設置されているうちの1つだったようで、タンク単位で取り外しできるらしい。
「局所的に高熱が発生して亀裂が入ったことが要因とは思われるんだけど、あの辺にそんな熱源はないしねぇ」
「蒸気の熱暴走の可能性は?」
「それもないとは言えないが、その場合はもっと広範囲に影響が出るはずだ。蒸気は流れているからな」
「一応全体の点検もしたけど、亀裂が起きたパイプ以外は異常なし」
「それは……不思議ですね」
「そう。蒸気動力を扱っている以上、起こりうる事故ではあるんだけど……パターンが違いすぎて困ってるのよ」
「人為的な要因も考えてはいるが……わからんな。まぁ、目下調査中だ」
「なるほど。あとは――この辺りであまり見かけない人を見たり、荷物が多い人を見かけたりしませんでしたか?」
「この辺じゃどこも資材の搬入はよくあることだしなぁ」
「お客さんも来るし、むしろそういう人の方が多いかも」
「確かに……。」
「で?何かわかったのか?」
ユールはメモを何度かめくり、ペンをくるくると回しながら首を捻る。
「うーん、追いかけてるトカゲが何か関わっていそうだなとは思いますが、僕だとまだなんとも。先生だったらもう検討ついてるかも知れませんけどねぇ」
推理も勉強中ではあるが、あくまで頭脳担当はレティである。
「あんたの師匠……レティ・ヘイゼって紫煙の魔術師ヘイゼか?」
「そう呼ばれる方もいらっしゃいますね」
「魔力がほぼない変な魔術師だって噂を……いや俺が言ったんじゃないぞ?あくまで噂を聞いたことがある」
「いえ、少ない魔力を魔術式の工夫で最大限に活用するのが、先生の素晴らしいところの1つですので」
ユールは背筋を伸ばすと、誇らしげに頷く。
「私はいくつか論文と魔術式の参考例を拝見したことがありますよ」
「本当ですか?素敵ですよね」
「少ない魔力でいかに効率よく魔術を行使するか、の研究論文は大変参考になりましたね。ある程度魔力がある人は魔力の消費量はそこまで考慮して設計しないので。余分に消費する工程を徹底的に排除して綿密に組み上げていて、まるで芸術のようでした」
「そうでしょう」
ユールは誇らしげに微笑む。
「大変興味深い内容でした。魔道具にも応用できたらかなり画期的だとは思うのですが……量産は難しいでしょうね」
「そうでしょう……」
ユールは困ったように笑い、視線をそらした。
前に見せてもらった先生用の魔術師式は、多数の構造で複雑に式が組み合わされていた。解説を経ても、ユールには読み解くのにかなりの時間を要した。
その論文も読みはしたが、正直ちゃんと理解しているとは言い難い。
「へぇ、俺もあとで読んでみるかな」
「ぜひ! 先生の論文は全部アーカイブ持ってるのでどれでもお貸しできますよ」
「ははっ。助かるよ。……なるべくわかりやすいやつから頼む」
ユールは脳内の蔵書を辿る。自分でも比較的理解が追いついているものからお貸ししよう。
「正直その……あまりいい噂は聞いてなかったし。魔力が少ない魔術師なんて、と思っていた」
親方は申し訳なさそうにしながら言葉を絞り出していた。
本人の能力がいかに高かろうと、魔術の界隈では魔力が少ない者はどうあがいても下に見られる。
そのうえ、レティはその若さと尖った物言いとやたらと複雑な魔術式のせいで、余計に他の魔術師や魔道具師からは距離を置かれているらしい、というのをユールは思い出した。
「ええと……誠に残念ながら……誤解されやすい人なんです」
「君が言うならきっといい人なんだろう。さっきも別にそんなに悪い印象じゃない」
「もっと素直になればいいんですけどね」
ユールは出会った当初のことを思い出した。打ち解けてみれば、とても優しい人なのだが。
「まぁ、いいんです。人と関わる部分は僕の方が得意なので代わりになれる。でも、先生の代わりはいませんから。僕は先生がのびのびとやれるようにお力添えできたらなと思ってやってます」
「ユール君は本当に先生を慕ってるんだね」
「もちろん。僕の恩人で師匠で、憧れですから。さて、……僕はもうひと頑張り行ってきますね」
ユールは少し照れくさそうに頬をかきながら立ち上がると、次の作業先へと向かった。




