10 余剰魔力の使い道
7丁目はアルディアの中でも特に西側の影響が強く、多数の工場がひしめいている区域だ。
蒸気を通している鈍色のパイプが迷路のようにあちこちに向かっており、煙突からは日夜どこかしらもくもくと水蒸気の煙があがっている。
歯車のこすれる音とモーターの駆動音、金属が擦れる音、蒸気のはじける音。重なった響きは音を奏でるようだ。
「キャシーさんがおっしゃっていた魔道具工房は……おそらくこのあたり……だと思うんですが」
ユールは地形に強く、道もすぐに覚えるほうではあるのだが、このあたりの区域はほとんど来たことがない。
どこも似たようなレンガ造りの壁に、大きなガラス窓、剥き出しの配管・パイプ。手作りと思しき鉄と途端屋根などの、増築されツギハギだらけの上階。聳え立つ鉄塔。
地図と照らし合わせて進んではきたものの、本当にこの場所で合っているかは自信がないユールだった。
「すみませーん!」
「はいはい、ご注文ですか?」
呼びかけに答えて奥から出てきたのは、いかにも親方といった感じの雰囲気の体躯の大きな男だった。
明るい口ぶりで笑みを浮かべてはいるものの、顔色は悪く、眉間にしわが寄り、目には疲労が隠しきれていない。
声をかけたはいいものの、つい身じろぎしてしまったユールだったが、話をせずにはこの場を去ることもできない。
「お忙しいところすみません。僕たち、プラムヘイゼ捜索事務所という遺失物の捜索の仕事をしている者なのですが、少しお話をお伺いしてもよろしいでしょうか。」
「遺失物……? うちになんか関係あるのか? ちょっとあの、今バタバタしてるんだが」
男は肩をすくめて親指を立てて背後を指さす。二人がその方向を見やると、確かに道具を持った複数の人間が走り回っているようだった。
ひたすら筒を振りかざしている人、ひたすら箱に手をかざしている人、その横でひたすら紙に何かを書き留めている人……など、ざっと見まわすだけでも必死の形相をした人間が十数人はいる。
「お時間は取りませんので。もちろん後で改めてお伺いしても構いませんが……まず、ここは昨日貯水タンクと蒸気パイプの破裂があった魔道具工房で相違ないだろうか?」
「その通りさ。それの影響もあってバタバタしてんだ」
「復旧作業は終わったと聞いていたんですが……本当に忙しい時に来たようですみません」
「まぁ、水浸しになった状況からは復旧したといえばしたんだが。そのせいで作業が遅延してるうえに、バイトが無断欠勤しやが――いや、すまないこちらの事情で。悪いがしばらく構ってる暇はないな」
「そのバイトって動作検証のための魔力供給ですか?」
魔道具工房ではもちろん魔道具を作っているのだが、動作の確認には魔力を流して反応を見る作業を何度も行わなければならない。
そのため、魔力を流すアルバイトが魔道具工房には多いのだ。
「そうだが……なんだやったことあるのか?」
「西部の魔道具工場で働いてたことがあるので。よければ少しならお手伝いできますよ。いいですよね?先生」
「あぁ、構わない。こいつ……ユールの魔力量はこのあたりの魔術師でも群を抜いている。数時間魔力を使い続けても汗ひとつかきやしない。こき使ってもらって問題ない」
「先生のお墨付きとは、光栄ですね」
「魔力量が群を抜いて多い魔術師って……君はもしかして、銀輪の魔術師?」
「ああ、そう呼ばれることもあります。見習いですけどね。」
「助かった。」
先ほどまで疲れ切った顔をしていた男は、目を閉じ両手を握り締め天を仰ぐと、勢いよくユールの方を叩いた。
「僕にできることなら喜んで。あ、代わりと言っては何ですけど、提供中に従業員の方にお話を聞いても問題ないですかね?」
「いくらでも聞いてくれ。おーいお前ら! 救世主が来たぞ!」
今もあわただしくしている人々は、動きは止めないが何だ何だと振り返る。
「先生はどうします?」
「私には提供できるほどの魔力はないしな。少し気になることがあるから、ここは君に任せて私は別で調べを進めることにしよう。ある程度見切りが付いたら戻ってくるよ」
「了解です」
レティが通りの角を曲がり、その姿が見えなくなるまで見送ると、ユールは早速仕事へと向かった。
「おお、こっちだ」
呼ばれて向かった先にあったのは、板のような細長い箱と、その上に乗せられたティーポットだった。
「これはどういう魔道具ですか?」
「簡易湯沸かし器だ。この板の部分に魔術式を掘り込んである」
「ふむ。このあたりから魔力を流し込めばいいんですかね」
「そうだ。」
大抵の魔道具は、道具のどこかに魔術の式が彫り込むか書き込まれており、魔力を流すことでそれを作動させる仕組みになっている。
ユールは腕輪を1つ外して鞄にしまうと、魔術式をしげしげと覗き込んだ。
レティから普段習っている魔術式に比べると、かなり簡易的な構成だな、とユールは思った。
「魔力量の出力はどのぐらいにします?」
「調整できるのか?」
「ある程度は。魔力の使い方……主に使う量のコントロールを習っているので」
魔力を使うときは、ただ体内の魔力を感じて注ぐイメージをすればいい。と以前のユールは考えていた。
一般的な人間であればそれで問題はない。が、ユールの場合は違う。
普通の人間の魔力量がコップ1杯分だとすると、ユールの魔力量は樽のようなものだ。コップのつもりで注げば大惨事になるのは当たり前である。
レティの指導の下で練習を重ねたおかげで、樽に蛇口をつけるように、ある程度は量が調整できるようになった。
「そりゃ有難いな。何種類かやってもらえるか?」
「承知しました。量少なめから徐々に増やしていきますね」
ユールが魔力を流すと、魔術式がほのかに輝き、魔道具の起動を知らせる。
冷たかった板は徐々に熱を帯び、やがて少しずつ水がお湯へと変わっていく。
「起動時間は問題なさそうだな。次、量を増やしてみてくれ」
「はい」
指示に応じて流す量を変化させ、次々と検証数をこなしていく。
かなり熱くなる個体もあるが、ほとんどは一定の温度で保たれているようだ。
ユールは魔力を込めながら魔術式を目線でなぞった。
「……なるほど。あの、質問してもいいですか?」
「何だ?」
「かなり量を増やしても燃えたり溶けたりしないのが不思議なんですが、この術式だともしかして冷やすような仕組みもありますか?」
「その通り。魔力が一定の量を超えると冷却の魔術が動作するようにしてある。式がよく読めているな」
「師匠が素晴らしいですからね。……厳しい師匠とも言いますが」
訓練の日々がユールの脳裏をよぎる。
調整ができるようになってきた時の感動が蘇るとともに、爆発した様々なものの煙の匂いと、口の中の嫌な塩気を思い出してしまった。
「ははっ、どこも師匠が厳しいのは同じなんだな」
「ええ。容赦ないですね……まだまだ研鑽の日々です」
「おっとそうだ、捜索のための協力だったな」
「あっ」
魔力を注ぐのに熱中しすぎてつい聞き取りを忘れていたなんて、レティには口が裂けても言えない。
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