はじめまして
圧倒されたようにヤヨイは首を縮こませた。
まるで亀だ。
「……志水だもん」
小さな声で呟く。
「え、なんですって?」
一昔前の難聴系主人公みたいな返しをするシズカ。ちょっとした煽りだ。
シズカが恋愛絡みのストーリーが好きなことを知る者は少ないと思う。
普段が冷静、理性の振る舞いをしているからこそギャップに気がつかない。
・・・
初めてシズカと会話をしたのは入学してすぐ。
学食で一人、食事後に俺は本を読んでいた。
あまり知られていないミステリー。デビューしたての処女作だった。
たまたま書店で見かけ装丁に一目惚れして買った代物。
そこへ通りかかったシズカがその本に目を留めた。
「珍しいわね。その本読んでる人初めて見たわ」
すでにキャンパスでシズカは美で有名人であり、その彼女に話しかけられただけで俺は浮かれたと思う。
「だいたい主人公がヒロインを選ばないなんておかしいわよね?」
…いきなりネタバラシしたな。まだ途中だっての。
「あんな幼馴染よりヒロインの方がよっぽど可愛いじゃない」
…殺人犯が可愛い?
もしかしたらこの人は他人とは違う世界観を持ってるんじゃないか、と感じた時に俺はシズカに恋をした。
・・・
瞬間的に出会った時のことを思い出してふと口に出してしまう。
「シズカはキツネだ」
ぽかんと口を開けるシズカ。
あ…やべ。
「どういうこと?」
キツめの顔ってことだ。
「キツめだからキツネ?」
ダジャレにもならない。
我ながらセンスがない。
「それともわたしがタケルくんを化かしたとでも言うの?」
俺が言葉を発する前にシズカはヒートアップしていく。
「ヤヨイはタヌキ」
今度は確信を持って言う。
どっちかってばそれ系統の顔だし。
「キツネには勝てないってこと?」
ヤヨイがおかしなことを聞く。
「だいたい昔話ならタヌキはキツネに勝てないじゃん」
そんな常識あったか?
「泥棒猫かタヌキかどっちでもいいけど。あなた、ねえ」
語尾に怒りがこもっていた。
「どっちもよくない」
なんかヤヨイも怒り出した。
二人ともそんなに怒ると美人が台無しだぞ。
「別れてないのに浮気したの誰?」
「別れたから入籍したのに…」
あー完璧な修羅場じゃないか。
どちらか選ぶって選択肢は…。
「「ない」わ」
さてこうなったら…。
逃げる以外に道はなさそうだ。
そうやって腰を浮かせかけた時。
「あ、お母さん」
ヤヨイがそうやって手を振る。
よく似たタヌキ顔の女性に挨拶される。
あなたが夫の志水タケルさんね、と。
礼儀正しい俺はこう答えるしかない。
はじめまして。お義母さん。




