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連載版:10個の約束  作者: カラー
第1章:ひとつ目の約束

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2/11

ひとつ目の約束

「へえ…。それでそのヤヨイ?とか言う娘と約束させられたわけ?」


 素直に俺は頷く。


「壺かなんか買わされるんじゃない?気をつけてね。わたしには…もう関係ないけど」




 シズカは俺との別れ話に淡々と応じた。


 付き合って二年。口説きに口説いてやっと交際に応えてくれた美貌の才女も、最後はあっけなく終わるものだ。




 当初はマメにやり取りしていた連絡も、その数が季節ごとに減り、今は俺からの一方通行で、気が向いた時に不意に返事が返って来る…そんな状況になっていた。




 卒業まで一年と少し。就職だの俺みたいに院に進学だのと否応なしに自身の変化を、自らデザインせざるを得ない時期だ。シズカは東京の外資系から既に内々定を得て、資格取得等に取り組んでいた。




「タケルくん、あなたまだ夢を見てるの?」


 夢…か。子供ん時の思いを今も口にするのは、果たして夢と呼んでいいものなのか…俺は分からない。


「もう現実を俯瞰しなければならないのか?」


 反論を試みても、それはシズカに対する反抗心程度の、具体性もなにもない俺の幼稚っぽさなのだろう。


「あなたのその思慮深さは魅力のひとつだけどね」


 女は頼りなく見えてしまうものなのよ、と別れの理由をひとつ明かして、自分の分の小銭をテーブルに置き、彼女は喫茶店を去った。




 罵声を浴びせる活力が俺には残っていないほど、二年の恋は冷めきっていた。




 ・・・


 タイミングと言うのはどうも時を選ばないらしい。シズカの最後の言葉を部屋で反芻していると突然ヤヨイ…大倉弥生からメッセージが届いた。




 そこには「わたしと入籍してください」と、端的で、およそ意味の分からない一文が、絵文字もなく…ただあった。




 壺よりおかしなことを。ラブホで一晩をともに明かした…酔って寝ていただけで決定的なことをしていなかったはずだ…とは言え、これで一生を決めるほどの間違いではないだろうと思った。




 無視しようかとも思ったが、矢継ぎ早に


「ごちゃごちゃ考えるな。あたしを養え」


 とあまりに高圧的な文が届いた。そしてそこには住所を記載したURLが添付されていた。




 ますます混乱する。


 どういうことだ、これ?


「病気か?最後の花嫁になるくらい」


「ふざけるな。あたしはちょっと風邪で動けなくて心細いだけだ」


 なんか分からんがとにかく弱ってるらしい。今から…?


「1つ目の約束か?」


 メッセージは返らず、沈黙した。


 どうすんだよ、これ。


 金は?


 …ある、先日バイト代が入った。


 時間は?


 …ちくしょう、間に合う。スマホで最終列車の時間を確認したら、急げば十分間に合っちまう。


 後はふんぎりか?


 …目の前で文句のひとつも言ってやる。最悪、明日は東京観光だ。




 大倉宛てに


「婚姻届けが用意されてなかったら、おまえの実家に乗り込むぞ」


 と、果たして腹いせになるのかも分からない文と到着予定時間を記して、俺は部屋を飛び出した。




 ・・・


 2時間ほどの列車内。驚きと怒りと心配と、普段混じり合わない感情が頭の中で絡み合う。アルコールでも入れて、クールダウンしようかとも思ったが、万が一大倉が体調不良ならさすがに酔った体はまずかろう。


 何か読むものはないかとバッグを探れば、以前から探していた文庫本、そしてカップ麺がひとつ。


「なんでカップ麺が…」


 どうやら部屋で大倉の文面に頭に来てものを投げつける代わりに、カップ麺をバッグに入れたらしい。もし大倉の体調を心配したのだとしても、病人にカップ麺はないだろうと、少し可笑しくなった。我ながら…気が動転していた証拠だ。


 カップ麺のふざけたような印刷を見て、正気に返った気がした。


 まずは大倉…会ってからだ。




 ・・・


 都心からは離れた、郊外とも言える市に住所はあった。大倉の住むアパートは案外駅近くにあるらしい。


 さて…どうやら、ここらしい。


 ……。


 どの部屋だよ。あいつ書いてないぞ。


 仕方なく、大倉にメッセージを送る。


「着いた。お土産あるぞ」


 30秒ほど経過した頃二階の角部屋の灯りが点いた。あそこ、か?




「207呼び出して」


 あーたぶん当たり、だ。


 エントランスのインターホンで207を押す。


「志水だ」


「どこの志水よ」


「肉まんより餡まんが好きな志水タケルだ」


「知らないっ」


 ……嘘だろ?




 ここまで来てまさかの扱いに唖然とする。


 それでも出入りする扉が開錠された。


 真意は分からないものの入って来い、と言うことだろう。


 階段を上がり、部屋のナンバープレートを確認した上でドアの横のインターホンを押す。


 誰かが動く物音がして…ドアの鍵とチェーンが外された。


 中から顔をのぞかせる大倉。




 左目に大きな青タン。


「どうした、その目」


 挨拶より早くそう言葉を発した。


「静かに…」


「いやシズカなら今日別れたけども…」


「黙れって言ってんの」


 そうやって半ば強引に部屋に引きずり込まれた。




「その静かか」


「誰があんたの彼女なのよ」


「…それ。入籍とか」


「ごめん」




 部屋ではすっぴんでいるタイプなのだろう。大倉は眼鏡をかけていた。それでも左目の青タンが目立つ。


「殴られたショックと風邪で動転してた。ごめん」


 素直に謝られて気勢が削がれた。あんまり怒りが持続しないんだ。


 なんとなく想像はつくけど…とりあえず話してもらっていいか?




 ・・・


 なんでも風邪で体調が悪くなった今日に以前から浮気していた彼が、別れ話をしたらしい。


 当然憤慨した大倉が問い詰めると、暴力に及んだ…と、そういうことらしい。


「最低の男じゃねーか」


 なんでも彼女の友達に手を出したとかで、どうやら大倉の数少ない友人たちの知るところだと言う。




 あー…そのなんだ。修羅場ってか痴話喧嘩ってか、進んで火中の栗を拾おうなんて物好きは…いないだろうな。


「あなた、理解だけは早くて助かるわ」


 ほっとけ。




「病院には行ったのか?」


 なんでも昨日行ったばかりだと言う。それほど体調悪いのに、別れ話か。さすがに俺でも腹が立つな。


「なんて言う野郎だ?」


 そいつと話してやると息巻くと、


「関わり合いたくない」


 と返事された。


「じゃあ明日付き合ってやるから、病院で診断書もらおう」


 体調不良の女を殴るようなやつだ。こちらもちゃんとしないとな。




 ん?こちら?




「お土産って?」


 大倉が質問してきた。あー、腹いせとか何かのためのフェイクだったんだよな、土産。


「悪い。冗談のつもりだったんだ」


「どうして?」


「いきなり入籍しろとか無茶苦茶言うやつに土産を用意すると思うか?」


 きょとんとする大倉。素直に可愛いと思っちまった。高校時代にそんな表情したら、さぞもてただろうに。


「あなたがそれを言うの?散々もててたくせに」


 勘弁してくれ。


 たまたま柔道で名前が少し知れてただけだ。当時はそれ一筋だったから。




 薄く大倉弥生は笑った。


「あたしもそうだった」


 なんのことかな?


「あなたが好きだったの」


 そりゃ…言葉が見つからないな…ありがとう、でいいか?


「わざわざ知り合いも少ない、地元の飲み会に参加したのはね…あなたが来るって聞いたから」


 今日まで彼がいたくせにそんなこと言うのは、自分でもムシがいいってわかってるけど。


 自虐的に大倉は言う。


「でもね、あなたは来てくれた」




 そうだな、確かにこんな遠くまで。しかも夜遅くに。


 あ…今晩どうしよう。


「泊まって」


 え…?さすがにそれは。




「大丈夫だよ」


 と机に置かれた紙を持ってくる。


 なんだ、これ…って婚姻届?おまえ…。


「これもあるよ」


 こっちは離婚届じゃねーか。


 なんで二枚も…。




「見てみたかったのよ。両方」


 変わった趣味だな。


「せっかくあるなら使いたくならない?」


 ならない、ならない。


 おまえ、なんか犯罪でも企んでんのか?




「違うもん」


 なんでこんなに表情がくるくる変わるかね。まるで猫だ。


「もし、こっちに記入してくれたら、抱かれていいよ」


 一度やるためだけに入籍するって重すぎるだろ。あまりに価値が違いすぎる。


「子供できたっていいよ?」


 どんな決意表明だよ。だいたい俺にそんな価値…。


「それはあたしが決めるの」


 …。


 まあ、そうか。


「そういうところ、昔から素直だよね」


 そうかな。


「誰かに騙されて壺買わされるよ?」


 あれ?なんか聞いたことあるぞ、つい最近。


「あたしがいないとお金なくなるよ」


 おまえに会うためにもう使ってるけどな。


「会いたかった?」


 なんだかそうだった気もする。


「じゃ、ここに記入して」




 今日は体調悪いだろ?


「うん」


 明日以降でちゃんと試して相性が良ければ考えないことも…。


「ダメ」




 流されるように俺は大倉の部屋に泊まり…看病してただけだからな…翌日に婚姻届を提出して、病院に行き診断書を貰い、ヤヨイを抱いた。




「今日から嫁だからね」


 事後そう言って志水弥生ははにかんだ。


 あ、そうだ。土産。


「地元限定品じゃない」


 嫁は喜んだが、ただのカップ麺だぞ、それ。




 ・・・


 わずか二泊で帰郷した。東京から帰る前にシズカにだけ報告した。


「嫁ができた」と。


 別れてわずか2日後だったが、シズカは俺の乗る列車が到着する駅で…俺を待っていた。





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