お題:ぬいぐるみ
私の部屋の隅に、少し色あせたクマのぬいぐるみがある。幼い頃から一緒に過ごしてきた相棒だ。
時には涙を吸い取り、時には喜びを分かち合った無言の友。
今ではその片目は取れかけ、腕の縫い目もほつれているが……それでも大切な存在である。
子どもの頃、ぬいぐるみは単なる玩具ではなかった。夜の暗闇で不安を感じるとき、クマを強く抱きしめれば安心できた。
彼は私の秘密を全て知っている唯一の存在だった。学校での出来事、初恋の痛み、将来の夢—全てを聞いてくれた。
彼の黒い目は何も語らないが、全てを理解しているように感じられた。
大人になるにつれ、ぬいぐるみとの関係は変わっていく。押し入れの奥に片付けられることもあった。
しかし人生の節目では必ず彼を取り出した。大学入試の前夜、初めての就職面接の朝、遠方へ引っ越す時—彼は見守り続けてくれた。
ぬいぐるみには不思議な力がある。
それは記憶を保存する力だ。触れるだけで幼い頃の感覚が蘇る。柔らかな肌触り、母の温もり、夏休みの長い午後の光。
時間の流れに逆らうかのように、ぬいぐるみは過去の感覚を現在に運んでくる。
世の中には高価なぬいぐるみコレクターもいれば、キャラクターものを追いかける人もいる。
しかし、ぬいぐるみの本当の価値は外見や希少性ではない。それは共に過ごした時間と、その過程で注ぎ込まれた感情にある。
今、私の部屋に新しいぬいぐるみが増えた。姪へのプレゼントとして買ったが、渡す前に少し一緒に過ごしている。
彼女が大きくなったとき、このウサギのぬいぐるみは彼女にとって何になるだろう。単なる子ども時代の遺物になるのか、それとも私のクマのように人生の伴走者になるのか。
私たちは成長するにつれ、多くのものを手放していく。しかしぬいぐるみだけは別だ。
彼らは子ども時代の純粋な感情を保管する器であり、時に私たちが忘れがちな優しさを思い出させてくれる。
テクノロジーが進化し、バーチャルな世界が広がる現代でも、ぬいぐるみの人気は衰えない。それは人間が触れることのできる温もりと、無条件の受容を求めているからだろう。批判せず、期待せず、ただそこにいてくれる存在の価値は計り知れない。
私のクマのぬいぐるみはいつか消えゆく運命かもしれない。しかし彼が私に教えてくれた「ただそばにいる」という愛の形は、これからも大切にしていきたい。