表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/68

8.陸に咲くたねと、獣道の陰




蝶谷が、別の札の束をトン、と軽く弾いた。


「さて。次は“たね”の説明に入ろっか」


そう言って、数枚の札をスッと抜き取る。

その手つきがやけにスムーズで、ちょっと演劇の幕開けっぽかった。


そして――畳の上に、ずらっと並べられた札たち。数えてみたら、9枚。


「先に言っておくねー」

蝶谷は口元だけ笑いながら、読み上げる。


「梅に鶯、藤に不如帰、菖蒲に八橋、牡丹に蝶、

萩に猪、芒に雁、菊に盃、紅葉に鹿、柳に燕」


「多い多い多い! 今ので脳が詰まりかけたんだが!」


「うん」


「……これ全部、覚えなきゃいけないのか?」


「うん」


「……そうなのか……」


「――ごめん、嘘」


「嘘つくな」


「つい、ね。顔が真面目すぎて言いたくなっちゃった」


蝶谷がさらっと流す。

俺がにらむと、蝶谷は肩をすくめて続けた。


「全部覚える必要はないよ。

たねは“たね”ってざっくり把握しておけばOK。

その中で、役に関係するやつだけ、ちょっと覚えておけば問題なし」


「はあ、安心した……」


「でね、“たね”っていうのは、

動物とか道具とか、“生き物寄りの札”のことなんだ」


蝶谷は、盃の描かれた札を指でそっとなぞりながら、口を開く。


「空に太陽や月があるなら――地面には、鹿とか蝶とか。

光札が“空担当”なら、たね札は“地上の住人”って感じかな」


「なるほど。主役じゃないけど、いい位置にいるやつらってことか」


「そうそう。目立ちはしないけど、物語に欠かせない、名脇役たち」


蝶谷は言いながら、桜・松・桐の札をスッとつまみ上げて、こちらに向けた。


「で、ここからがちょっと面白いとこなんだけど――

たね札が描かれてる花には、基本的に光札がいないんだ」


「光がないところに、たねがいる……?」


「そう。“主役が不在の場所で、地上メンバーが奮闘してる”ってイメージで覚えると分かりやすいかも。

逆に、“光札がある花”には、たね札がいないって覚えちゃってもOK」


「……言われてみると、たしかにそうかも。

“桜に幕”も“松に鶴”も、“桐に鳳凰”も、動物とか道具って描かれてなかったな」


「そう、つまり――“たねがいない花”は、松・桜・桐の3つだけ。

この3つだけ覚えておけば、他は“なんかいる花”で通るよ」


「だいぶ学びやすくなったな、それ」


「でしょ? こう見えて優しさでできてるんだ、俺」


「いや、お前さっき嘘ついて俺に9枚丸暗記させようとしたよな?」




「"たね”界のスーパースターっていったら、やっぱりこの3枚だね」


畳の上に、迷いなく3枚の札が並べられる。


「萩に猪、紅葉に鹿、牡丹に蝶。――合わせて“猪・鹿・蝶”

これで、"いのしかちょう”って読む。ひとつの役として成立するんだ」


「へえ、読みが意外と可愛いな。

……これ、花札の中じゃ有名なやつ?」


「うん、伝統的なセットだからね。

“たね”札の中では、唯一、たね札だけで成立する役でもあるんだ」


「ってことは、他の“たね”じゃ、役にならないってこと?」


「基本的にはね。“猪鹿蝶”だけは特別枠ってこと。

たね界の“選ばれし3匹”って感じ」


「選ばれし3匹って、ポケモンみたいだな。

他のたねじゃ、役は作れないのか?」


「うん、基本的にはね。

“こいこい”だと、たね札で役になるのはこの“猪鹿蝶”だけ」


「ってことは、他の札は……サポート役か?」


「基本的にはね。猪鹿蝶だけが、“たねだけで一発成立”する役。

他のたね札たちは、基本“サポート役”扱いかな」


「格差社会だな……」


「とはいえ、たね札をいっぱい集めると“たね”っていう役にはなるよ。

5枚で1文、6枚で2文、7枚で3文……最高で9枚集めて4文まで上がる」


蝶谷は札を一枚ずつズラしながら、静かに笑った。


「ちなみに、たね札は全部で9枚しかないから、これ以上は伸びない。限界値ってやつだね。

……まぁ、実戦で9枚集めるのって、なかなかに奇跡だけど」


「なら、猪鹿蝶だけを覚えておけばいいのか」


「うん。

例外のジョーカー”みたいな札もいるけど――

そこは後で教えるね。お楽しみってことで」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ