7.光の王道。空を制した者が、場を制す
◇
「なら、次は……それぞれの札についてかな」
蝶谷は、ふっと楽しげに微笑む。
俺の視線なんて気にしないような顔で、ゆっくりと膝をついた。
「札は、光札、たね札、短冊札、かす札……っていう風に分かれてるんだよ」
ぱた。
ぱた。
◇
黒く艶のある札が、冷たい床に一枚ずつ――静かに“咲いて”いく。
たった五枚の札に、ちょっと圧を感じる。
「まずは、“光札”からだね」
蝶谷が、優雅に札を並べていく。
俺の初心者目線で、ざっくり言うと――
松の木の下に、首の長い鳥
たぶん鶴。めちゃくちゃ“おめでたい感”あるやつ。
例の“桜に幕”
やたら目立つやつ。前にも見た気がする。主役感すごい。
赤い空に、でかい白い月
ちょっと吸い込まれそうになるやつ。雰囲気、異常に強い。
平安風の人が、傘さして川沿い歩いてる札
着物が赤くて、足元で蛙がノリノリで踊ってる。なんなんだこの構図。
赤と紫の謎の鳥 vs 桔梗の花
守ってんのか狙ってんのか分からんけど、インパクトは満点。
以上、主役感強めの5枚。
「この5枚が、“光札”。
空に関係してる札って覚えると、ちょっとロマンあるでしょ?」
蝶谷はそう言って、髪をふわっとかき上げた。
「じゃあ、左から順番にいこうか」
まずは――俺が最初、“サボテン”と間違えた例の札。
「これは、“松に鶴”」
「……いや、分かっててもサボテン感は否めない」
「ふふ、君の世界観、なかなかエッジが利いてて好きだよ。
でも、サボテンに鶴は着地しないからね?」
さらっと正論が飛んできた。
でもこっちは本気で言ったわけじゃないのに、ちょっとじわじわくる。
「右上、見てみて。ぽん、と赤い丸、見えるでしょ?」
言われてよく見ると、そこには太陽みたいな赤いマーク。
「これは“日”。だから、“松に鶴”は“日の札”って呼ばれてる」
蝶谷の目がすこしだけ、細く笑った。
「で、名取くんはまず、“これはサボテンじゃない”って覚えるとこから始めようね」
「おい、初心者への敬意が雑になってきてないか?」
「気のせいだよー。気のせい気のせい」
そのとき、部屋の隅でくつろいでたあおが――
「にゃ」
と一声。控えめなのに、圧があった。
「……あお、お前も“サボテン認定却下”派か?」
「にゃ」
二回目はちょっと強めだった。
――この猫、普通に怖い。
「次の札は――“桜に幕”は一回飛ばして、これ」
そう言って、蝶谷が新しく札を差し出してくる。
描かれていたのは――
赤い空。黒い丘。そして、そのすき間に、ぽっかり浮かぶ白い月。
「……これは何だ? 終末に月?」
「わあ、風情あるねー。雅だなー」
「絶対いま、ちょっと煽っただろ」
「まさか、そんなことないよー」
蝶谷がわざとらしく目を細めてくる。絶対ある。
「……いや、花、ないよな? 月って、花なのか?」
「ちょっと触ってみなよ。近くで、ちゃんとよ〜く見て」
言われるままに、札を手にとってじっくり観察。
上下逆にしてみたり、光に透かしてみたり。
すると、横で蝶谷がくすくす笑いはじめる。
「笑うなら、ヒントをくれ」
「その黒い丘っぽいやつ、よーく見るとさ……
ハゲ頭のバーコードっぽくなってるでしょ?」
「……言い方が容赦なさすぎるだろ。
でも、確かに……波みたいな黒い線が並んでる」
「それ、“ススキ”なんだよ」
「え、これが……芒? 真っ黒だな?」
「昔の花札って、版画で作られてたからさ。
色の都合で、細かい部分が黒くつぶれたまま残った札もあるんだってー」
蝶谷は説明しながら、妙に楽しそうに口角を上げる。
「で、そのススキの部分が――ちょっと見た目“坊主”に似てるから、
この札、愛を込めて“坊主”って呼ばれてる」
「……なるほど。“ハゲ頭”発言も、そういう意味で?」
「そう。覚えやすいでしょ?」
「いやインパクトは強すぎるわ」
「じゃあ改めて。“芒に月”って言う札で、空で言えば“月"」
蝶谷はそう言いながら、今度はちゃんと真面目な顔で札を並べ直す。
こっちはまだ、
“坊主のハゲ頭=ススキ”って情報をどう処理すべきか悩んでるところなんだけどな。
◇
「じゃあ、次。芒に月の隣にある――これ」
蝶谷が、札を一枚さらりと差し出す。
描かれているのは、傘をさして川辺を歩く平安貴族っぽい人。
「……川に平安貴族?」
「花に注目しよっか。何の木だと思う?」
改めて札を眺める。
黄色い木に、ふわふわした細長い葉が、ゆらーっと垂れ下がってる。
「絶対違うけど、言っていいか?」
「うんうん、むしろ待ってた」
「……もう笑ってんじゃねーか
――ヤシの木に、美男子」
「……ふふっ、……あー、駄目……っ!
えっ、何それ、ハワイ?」
「なんだよその笑い……! いや、こっちは真面目に――」
「あーもう最高。
やっぱ名取くん、天才だよねー」
「やめろ、で……これ正解は?」
「柳」
「あー、柳か……納得。ヤシじゃないな」
「惜しいけど全然違うよー」
「柳に美男子、ってことでいいか?」
「違う違う。“柳に小野道風”」
「……どちら様だよ」
「平安の超有名書家。雨の日に蛙を見て感動して書の道に――って逸話のある人」
「いや分かるか。初心者には無理ゲーだろそれ」
「でも、天気なら分かるよねー?」
言われてもう一度札を確認する。
雨が書かれているわけじゃないけど、傘差してるし、蛙もいる。
「……雨か」
「正解通称“雨札”。
空に関わる要素は、"雨"だよー」
◇
「ラストは――これだね」
蝶谷が出してきたのは、あの札だった。
赤と紫の謎の怪鳥が、桔梗の花っぽいやつを守ってる(もしくは襲ってる)やつ。
「この花、桔梗じゃなかったよな?」
「うん、惜しいけど違う。これは“桐”だよ」
「怪物に桐……」
「……うん、それ、語感がすごく良い。
怪物に桐。悪くないねー」
なぜか蝶谷が、妙に納得した顔でうなずいている。
めっちゃ“わびさび”感じてる風だけど――
「ちょっと待て、それ違うんだよな!?
今の反応、混乱しかしないんだが!」
「違うよー、ちゃんと正解は“桐に鳳凰”」
蝶谷は、まるで当然のように微笑みながら札を指先でくるっと回した。
「でね――ちょっと強引なんだけど、これを“天体カテゴリ”に入れたくてさ」
「天体? これ怪鳥と花じゃないのか?」
「うん。でもさ、花の部分。よく見て?」
改めて札を見る。
「……ああ。桐の花、黄色にしたら星っぽく見えなくもないな」
「よかったー。
だから、俺はこれを“星”扱いにしてる。
光札はね、太陽・月・雨、でこの“星”。全部、空にあるもので覚えてた」
「無理やりだけど、覚えやすいな。
太陽・月・雨・星……“夜空コンプリート”って感じだな」
「芸術的記憶術ってことで」
蝶谷はしたり顔で微笑み、
その隣で、あおが「にゃあ」と小さく鳴いた。
「でもね、実は昔、“桜に幕”って、光札じゃなかったらしいよ」
「え、あれ光札じゃなかったのか?」
「うん、一説によると――なんだけどね」
蝶谷は、ちょっと芝居がかった声色で続ける。
「昔、“光札”って言えば、太陽・月・雨・星の4枚だったらしいんだ。
で、そこに“桜に幕”が追加されて、特別な役――“五王”っていう役ができたとか」
「五王? あれ、今って“五光”だろ?」
「そうそう。つまり“桜”が後から来た結果、
“四光”と“五王”が混在して、めちゃくちゃややこしい時代があったわけ」
「わかるような、わからんような……」
「で、最終的に“もう5枚まとめて光札でいいじゃん!”ってことになって、
“五光”が定着した――らしい、って話だよ」
「四天王のところに、急にチャンピオン参戦してきた感じか」
「うん、そのノリ」
蝶谷は嬉しそうに笑って、“桜に幕”の札を指でぱんっと弾いた。
乾いた音が、思った以上に印象に残った。
「まあこれはね、あくまで一説。
でも、桜って派手だし、象徴としても強いじゃん?
後から来たのに、空気読まずに主役になるタイプっていうか」
「……そう言われると、ちょっと納得するの悔しいな」
◇
「じゃ、今度は“得点”の話ね」
蝶谷は、いつも通りの落ち着いたトーンで札を指差した。
「ざっくり言うと――
光札を3枚揃えると“三光”。得点は5文。
4枚なら“四光”で8文。
5枚コンプリートすると“五光”で10文」
「おお。思ったよりシンプルで助かる」
「ね? でも、ちょっとだけイレギュラーがあるんだよ」
そう言って、蝶谷は静かに札をもう一枚、場に置く。
それは――傘をさした平安貴族、例の“柳に小野道風”。
「この札。“雨札”って呼ばれていてね、
光札なのにちょっと冷遇されてるんだよねー」
「冷遇?」
「だって、雨の日って、太陽も月も星も見えなくなるじゃない?」
「……あー、そういうことか」
「うん。そういう“風情”が、役の得点にも影響してるわけ」
蝶谷は最後の札を、指先でさらりと滑らせながら言った。
ぱたりと小さな音がして、それがなぜかよく響いた。
「で、“三光”って役は、光札3枚で作れるけど――
小野道風だけは仲間外れ」
「開始早々で除外されるの、ちょっと気の毒だな」
「だよね。でも“四光”になると仲間入りするよ。
ただし、彼が入った場合は“雨四光って呼ばれて、得点が8文から7文にダウン」
「おお……微妙に下がるのか。しっかり差がつくんだな」
「うん。でもね、7文以上の得点が出ると、“倍付”って言って点数が2倍になる仕組みがあるから、
“雨四光”も全然アリなんだよ」
「ってことは、“三光”作ったら、次に狙うのは小野道風ってことか」
「さすが名取くん、理解が早い。
三光ができたら、雨の男を探せって覚えとけばOK」
「だいぶ雑な覚え方になってないか?」
「感覚が大事だからねー。
……説明終わり!」
「え、五光の説明は?」
「いらないよ。
五光って、正直コスパ悪いから名取くんにはおすすめしないんだよねー」
◇