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6.立てば悪役、座れば牡丹、歩く姿は猫柳



「……じゃ、次は得点。つまり、“勝ち筋”ってやつね」


蝶谷の声は、相変わらず静かでキレイに通る。

なのに、なんか耳に残るんだよな。わざとっぽい。


そんなとき――


足元に、ふわっと白い毛玉が出現した。


「……誰?」


「にゃ」


ふわっふわの猫が、俺の足にすり寄ってくる。

めちゃくちゃ自然な態度だ。

初対面なんだけど? こっちは猫語なんて履修してない。


「お前、絶対、飼われてるやつだよな……」


「こいつ、“あお”って言うの。うちの――いや、“牡丹シマ”のNo.2ね」


ひょいっと蝶谷が猫を抱っこする。さっきまで冷静だった手が、妙に優しい。


「でも、邪魔。

今、ナトリに教えてるから、空気読んで」


あおは「にゃー」とだけ返した。どこかタヌキみたいな顔をして、青い目がきらきらしてる。


「……俺、今、“猫より下”扱いってこと?」

「そうなるねー。じゃあさ、祈願の気持ち込めて猫耳つけてみよっか。

“花札、勝てますように~”って」


「いやいやいや。俺に猫耳は事故だろ」


「でも今、君の見た目は男子高校生なんだし、案外いけるって。

俺もつけるからさ」


「いらん」


「じゃあさぁ、その鬼雷くんの私服みたいなやつ脱いで、ちゃんと制服着ようよ。

俺の、貸してあげる」


視線を落とす。

雷と和太鼓が描かれた、派手すぎるTシャツ。

文字はでっかく「ラッパ!」。

下はカーゴパンツで、全体的に“いい兄ちゃん系”の服。


「……これは……うん。確かに、目立つな」


俺は、静かに全力で頭を抱えた。


「クローゼットの部屋、そっちね」


蝶谷に指さされて、深いため息。


この部屋、どう見ても“暮らす前提”でできてるようだ。


大きな姿見と、立派なクローゼット。

中には、制服が入っている。

男子高校ではあるが、女性用に改造した制服もあった。


鏡の前に立つ。

映ったのは、明らかに――“少年”の姿だった。


高校の頃より、背も、肩幅も、ひとまわり以上小さい。

手足も細くなっていて、服の中で少し泳いでいる。


「……軽っ」


思わずつぶやいた声が、自分の口から出たことに、ちょっと驚いた。

筋肉も厚みも消えて、体がふわっと軽い。力が入らない感覚。


それでも、何より目を奪われたのは――顔。


鏡に映るそれは、

思わず「誰だこいつ」って言いたくなるくらい、整っていた。

二重のラインも、鼻筋も、肌の質感も、妙に綺麗すぎる。

……こんな顔、持ってた覚えはない。


でも、首元のホクロだけは、たしかに“俺”だった。


「……子どもっぽいな、俺」


ぽろっと漏れたその一言が、やけにリアルだった。


この顔で話して、歩いて、誰かに呼ばれているうちに――

だんだん、本当に“今の俺”が、自分になっていきそうで、こわい。


俺は別に、こんな見た目を欲しがったわけじゃない。

誰かの願いで、勝手にそうされた。

巻き込まれただけ――そのはずだったのに。


それでも、この体がじわじわ馴染んできてるのを、

どこかで自分でも気づいてしまっているのが、悔しかった。


「……俺、こうやって見ると、ちゃんと学生だな……」


ぽつりとつぶやき、制服の袖に腕を通す。

その瞬間、ほんの少しだけ、“受け入れた”ような気がして

俺は、そっと裾を引き寄せた。



部屋に戻ったら、そこにいたのは――

完全に“着こなしてる”女子高校生だった。


「せっかくだし、スカート着てみた〜。

ま、男子校でもさ、ノリで着たり着せたりするんだよね?」


蝶谷夜白が、ふわっと長い髪を揺らして振り返る。

中性的だけど、ちゃんと色気がある。

なのに、どこか浮世離れしてて、立ってるだけで空気が変わる感じ。


「……なんでそんなに似合ってんだよ」


「褒められたー。

名取くんも、なかなかいい感じだよ?」


ふらっと近づいてきて、俺の頭をくしゃっと軽く撫でた。



「花札って、やってみると案外シンプルなんだよね」


蝶谷が、いつも通りの飄々とした口調で言う。


「交互に札を出して、山から札をめくって――

あとは、それっぽいやつをくっつけるだけ」


「くっつけるって、つまり?」


「見た目が似てるやつ。例えば“梅と梅”とか“桜と桜”とか。

グループ分けされてて、慣れるとすぐ分かる感じ」


「じゃあ、それで札を集めていくんだな」


「うん。で、集まってくると、“役”になる」


「……役?」


「まあ、ポーカーの“ワンペア”とか“フルハウス”みたいなもん。

決まった札の組み合わせが揃えば得点って感じ」


「なるほど。……けど、ざっくりしてんな」


「でしょ?だってさ、一気に教えられると萎えるでしょ」

蝶谷がにこにこと笑う。


「俺は優しさで構成されてるからさ、じっくり落としにいく派なんだよね〜

で、その“役”が揃ったら、そこで選択が発生します」


「選択肢?」


「ここからが本番。

“上がる”か、“続ける”か――

続ける場合は“こいこい”って鳴くの。延長戦突入」


「こいこい……」


「“もうちょっと稼ぎたい!”ってときに使う魔法の言葉。

続ければ続けるほど点が伸びるんだよ〜。夢があるよね」


「でも、何か裏がある顔してるぞ」


「お見通し。もちろん、リスクも倍々ゲーム」


指をくいっと立てて、蝶谷が言う。


「“こいこい”してる間に相手に先に上がられたら――

自分の得点は全消し。0点。で、相手にはボーナス付き」


「……エグいな」


「ね?いい話には裏があるんだよ」


「つまり、“もうちょっと欲しい”って手を伸ばした瞬間に、

自分で地雷踏みにいってるってことか」


「そうそう、名取くん、感覚いいね〜」


「馬鹿にしてるだろ」


「してないしてない。……けどさ、これ、ほんと性格出るんだよね」


「なんか、大富豪で調子こいて都落ちするやつ思い出すな」

「まさにそれ。ゲームって、欲が出た瞬間から破滅が始まるのよ。

古今東西、欲張りは負ける。これはもはや法則」


「でも聞く限り、だいぶ運ゲーだな?」


「……ん?」


「いや、運だろ。めくる札も、相手の動きも、読めないし」


蝶谷は一瞬だけ黙って、ふっと笑った。


「うん、そう。運ゲーだよ」


でも、と続ける声色が、さっきよりほんの少しだけ静かになった。


「だけどね、“運”って、読むものだし――合わせるものでもある」


蝶谷の瞳が、まっすぐ俺を見る。


「――“運”、舐めたら負けるよ?」


その直後、あおが「にゃあ」と鳴いて、ちょこんとミルクを舐めた。


……なんだその完璧なタイミング。


「一寸先は闇、一寸先は極楽。

どっちが来るかは分からない。でも、確率はだいたい同じくらい」


蝶谷はくすっと笑って、言った。


「……だからさ。“こいこい”って、やめられないんだよね」



ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。


もしよければ、下にある「☆☆☆☆☆」から作品の評価をしていただけると嬉しいです。

面白かったら★5つ、合わなかったら★1つでも大丈夫です。正直な感想をお聞かせください。


それからブックマークしてもらえたら、ものすごく嬉しいです。

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