6.立てば悪役、座れば牡丹、歩く姿は猫柳
◇
「……じゃ、次は得点。つまり、“勝ち筋”ってやつね」
蝶谷の声は、相変わらず静かでキレイに通る。
なのに、なんか耳に残るんだよな。わざとっぽい。
そんなとき――
足元に、ふわっと白い毛玉が出現した。
「……誰?」
「にゃ」
ふわっふわの猫が、俺の足にすり寄ってくる。
めちゃくちゃ自然な態度だ。
初対面なんだけど? こっちは猫語なんて履修してない。
「お前、絶対、飼われてるやつだよな……」
「こいつ、“あお”って言うの。うちの――いや、“牡丹シマ”のNo.2ね」
ひょいっと蝶谷が猫を抱っこする。さっきまで冷静だった手が、妙に優しい。
「でも、邪魔。
今、ナトリに教えてるから、空気読んで」
あおは「にゃー」とだけ返した。どこかタヌキみたいな顔をして、青い目がきらきらしてる。
「……俺、今、“猫より下”扱いってこと?」
「そうなるねー。じゃあさ、祈願の気持ち込めて猫耳つけてみよっか。
“花札、勝てますように~”って」
「いやいやいや。俺に猫耳は事故だろ」
「でも今、君の見た目は男子高校生なんだし、案外いけるって。
俺もつけるからさ」
「いらん」
「じゃあさぁ、その鬼雷くんの私服みたいなやつ脱いで、ちゃんと制服着ようよ。
俺の、貸してあげる」
視線を落とす。
雷と和太鼓が描かれた、派手すぎるTシャツ。
文字はでっかく「ラッパ!」。
下はカーゴパンツで、全体的に“いい兄ちゃん系”の服。
「……これは……うん。確かに、目立つな」
俺は、静かに全力で頭を抱えた。
「クローゼットの部屋、そっちね」
蝶谷に指さされて、深いため息。
この部屋、どう見ても“暮らす前提”でできてるようだ。
大きな姿見と、立派なクローゼット。
中には、制服が入っている。
男子高校ではあるが、女性用に改造した制服もあった。
鏡の前に立つ。
映ったのは、明らかに――“少年”の姿だった。
高校の頃より、背も、肩幅も、ひとまわり以上小さい。
手足も細くなっていて、服の中で少し泳いでいる。
「……軽っ」
思わずつぶやいた声が、自分の口から出たことに、ちょっと驚いた。
筋肉も厚みも消えて、体がふわっと軽い。力が入らない感覚。
それでも、何より目を奪われたのは――顔。
鏡に映るそれは、
思わず「誰だこいつ」って言いたくなるくらい、整っていた。
二重のラインも、鼻筋も、肌の質感も、妙に綺麗すぎる。
……こんな顔、持ってた覚えはない。
でも、首元のホクロだけは、たしかに“俺”だった。
「……子どもっぽいな、俺」
ぽろっと漏れたその一言が、やけにリアルだった。
この顔で話して、歩いて、誰かに呼ばれているうちに――
だんだん、本当に“今の俺”が、自分になっていきそうで、こわい。
俺は別に、こんな見た目を欲しがったわけじゃない。
誰かの願いで、勝手にそうされた。
巻き込まれただけ――そのはずだったのに。
それでも、この体がじわじわ馴染んできてるのを、
どこかで自分でも気づいてしまっているのが、悔しかった。
「……俺、こうやって見ると、ちゃんと学生だな……」
ぽつりとつぶやき、制服の袖に腕を通す。
その瞬間、ほんの少しだけ、“受け入れた”ような気がして
俺は、そっと裾を引き寄せた。
◇
部屋に戻ったら、そこにいたのは――
完全に“着こなしてる”女子高校生だった。
「せっかくだし、スカート着てみた〜。
ま、男子校でもさ、ノリで着たり着せたりするんだよね?」
蝶谷夜白が、ふわっと長い髪を揺らして振り返る。
中性的だけど、ちゃんと色気がある。
なのに、どこか浮世離れしてて、立ってるだけで空気が変わる感じ。
「……なんでそんなに似合ってんだよ」
「褒められたー。
名取くんも、なかなかいい感じだよ?」
ふらっと近づいてきて、俺の頭をくしゃっと軽く撫でた。
◇
「花札って、やってみると案外シンプルなんだよね」
蝶谷が、いつも通りの飄々とした口調で言う。
「交互に札を出して、山から札をめくって――
あとは、それっぽいやつをくっつけるだけ」
「くっつけるって、つまり?」
「見た目が似てるやつ。例えば“梅と梅”とか“桜と桜”とか。
グループ分けされてて、慣れるとすぐ分かる感じ」
「じゃあ、それで札を集めていくんだな」
「うん。で、集まってくると、“役”になる」
「……役?」
「まあ、ポーカーの“ワンペア”とか“フルハウス”みたいなもん。
決まった札の組み合わせが揃えば得点って感じ」
「なるほど。……けど、ざっくりしてんな」
「でしょ?だってさ、一気に教えられると萎えるでしょ」
蝶谷がにこにこと笑う。
「俺は優しさで構成されてるからさ、じっくり落としにいく派なんだよね〜
で、その“役”が揃ったら、そこで選択が発生します」
「選択肢?」
「ここからが本番。
“上がる”か、“続ける”か――
続ける場合は“こいこい”って鳴くの。延長戦突入」
「こいこい……」
「“もうちょっと稼ぎたい!”ってときに使う魔法の言葉。
続ければ続けるほど点が伸びるんだよ〜。夢があるよね」
「でも、何か裏がある顔してるぞ」
「お見通し。もちろん、リスクも倍々ゲーム」
指をくいっと立てて、蝶谷が言う。
「“こいこい”してる間に相手に先に上がられたら――
自分の得点は全消し。0点。で、相手にはボーナス付き」
「……エグいな」
「ね?いい話には裏があるんだよ」
「つまり、“もうちょっと欲しい”って手を伸ばした瞬間に、
自分で地雷踏みにいってるってことか」
「そうそう、名取くん、感覚いいね〜」
「馬鹿にしてるだろ」
「してないしてない。……けどさ、これ、ほんと性格出るんだよね」
「なんか、大富豪で調子こいて都落ちするやつ思い出すな」
「まさにそれ。ゲームって、欲が出た瞬間から破滅が始まるのよ。
古今東西、欲張りは負ける。これはもはや法則」
「でも聞く限り、だいぶ運ゲーだな?」
「……ん?」
「いや、運だろ。めくる札も、相手の動きも、読めないし」
蝶谷は一瞬だけ黙って、ふっと笑った。
「うん、そう。運ゲーだよ」
でも、と続ける声色が、さっきよりほんの少しだけ静かになった。
「だけどね、“運”って、読むものだし――合わせるものでもある」
蝶谷の瞳が、まっすぐ俺を見る。
「――“運”、舐めたら負けるよ?」
その直後、あおが「にゃあ」と鳴いて、ちょこんとミルクを舐めた。
……なんだその完璧なタイミング。
「一寸先は闇、一寸先は極楽。
どっちが来るかは分からない。でも、確率はだいたい同じくらい」
蝶谷はくすっと笑って、言った。
「……だからさ。“こいこい”って、やめられないんだよね」
◇
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