表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

65/68

60. 「うんうん、負け惜しみだね〜」


勝敗が決した――その直後だった。


「はーいっ!お待たせしましたっ!」


唐突に、明るく場を割くような声。

ぱん、と乾いた音が響き、会場の空気が一変する。


「ただいまより~、名取選手への祝勝インタビューを行いまーす!」


やって来たのは、賀松 明翔。

眩しいほどの笑顔で、場を“祝祭”に塗り替える男だった。


「いやぁ、見事でしたね名取選手!どうですか、今の気持ちはっ!」


俺はまだ息も整っていない。喉が焼けたままなのに、マイクを突きつけられる。


「……いや、正直、勝てると思ってなかったから……」


「“奇跡”、ってやつだね!」


嬉々とした声で、賀松が答えを先取りする。

でも、すぐにその目が――獣のように鋭くなる。


「でも、“奇跡”って、勝手に起こるものだっけ?

違うよね?みんなもそう思うよね?」


観客が、かすかにざわつく。

名取への賛辞に見せかけて、視線の刃は――明らかに、メシアへ向けられていた。


「おれは思うんだ。

夢って、努力すれば必ず掴めるって!」


キラキラと笑いながら、信じきった声で続ける。


「だからさ、“最初から負けるつもりだった”お友達には――がっかりだよ」


一転して、声が冷えた。

名指しこそないが、誰に向けての言葉かは、誰の目にも明らかだった。


信者の何人かが息を呑み、会場がぴしりと軋む。

舞台袖のメシアは、何も言わず、俯いていた。


(……いや、あいつ……)


俺には、見えていた。

時折浮かぶ、苦しげな表情。

強く見せていても、どこか痛みを隠しきれていない目。

――まるで、自分で自分を壊しているみたいな顔だった。


「ちょ、ちょっと待て。それは……違う、だろ」


思わず、言葉が漏れた。

どんな意図があったにせよ、“全部ふざけてた”なんて言うのは、違うと思った。


けれど――


「違わないよ、名取くん!」


賀松は目を輝かせたまま、俺の肩を軽く叩く。


「君はすごいっ!だって、勝ったじゃないか!

努力も才能も心の強さも、ぜーんぶ揃った、僕らの希望の星!」


それは、純粋さじゃなかった。

夢に取り憑かれたような、眩しすぎる“正しさ”だった。


「そして、メシアを信じていたお友達~!」


賀松は、マイクをくるっと客席に向ける。


「これからの君たちの希望は――名取くんですっ!」


ざわっ、と客席が揺れた。

戸惑いながらも、拍手が起き始める。


(……違う。俺はそんなつもりで……)


でも、もう止められなかった。

誰かを信じたい目が、次々と、こちらに向けられていく。


そのときだった。


「……滑稽ですね」


低く、冷えた声が空気を裂いた。

舞台袖のメシアが、ゆっくりと顔を上げる。


「“夢が叶う”だの、“希望の星”だの。

どこまで都合よく言葉を並べれば、救われた気になれるんですか」


その言葉に、信者たちの肩がぴくりと動く。


「勝てば信じる、負けたら捨てる。

そんな薄っぺらい“信仰”しか持っていないのに……

よくもまあ、“救ってくれ”なんて言えたものですね」


静かに、冷酷に、ナイフのような言葉が突き刺さる。


「いいんですよ、もう。

バカには、バカなりの“神様ごっこ”をしていれば」


ざわ――

空気が、揺れる。


信者たちの顔が、ゆっくりと俯いていく。

けれど――その言葉を吐いたメシアの顔もまた、曇っていた。


それが本心ではないことくらい、見れば分かる。

……むしろ、言いたくなかったというような、苦しい顔だ。


(……あまりにも、露骨だ)


わざと、憎まれるように話している。

自分から、信者の手を振り払うように。


なんで、そんなことをするのかは、分からない。

でも、たしかに見えた。


その目に、一瞬だけ浮かんだ“痛み”。

ほんのわずかな、人間らしい後悔の色。


夢を讃える男と、信仰を断ち切る男。

その間で、俺は一言も言えず、ただ立ち尽くしていた。


……なんなんだ、この学苑は。

この世界は、どこか、おかしい。



そんな空気の中――


「うんうん、負け惜しみだね〜」


賀松が、わざとらしいほど明るく笑って言った。

空気の張り詰めた場に、鮮やかすぎる声が響く。


「ま、仮にも“教祖様”だったんだし。最後くらい、強がってくれなきゃ困るよね!」


あっけらかんと、笑いながら。

でも、その目だけは――まっすぐに、冷たく、メシアを射抜いていた。


「さて、名取くんっ」


突然、話題が切り替わる。マイクがこっちに戻ってくる。


「次の手順、ちゃんと覚えてるかな?仇討ちの“お片付け”だよ」


(……お片付け?)


思わず聞き返しそうになるが、賀松はそのまま進めていく。


「今から、君が山札を作って。

その山札から、彼――つまりメシアくんに、一枚めくらせてあげてください」


その場の空気が、静かに凍る。


「出た札が偶数月だったら――」


少しだけ、楽しそうに言葉を間を取った。


「彼の“仇”は、君の仇に取り込まれるよ。いわゆる、成長ってやつ。

仇の格が上がるんだー。名取くん、おめでとう!」


拍手のタイミングのように、賀松が手を叩こうとして――止めた。


「で、もし奇数月だったら……」


にこり、と笑ったその顔は、まるで舞台の上の王子様のようだった。


「この場にいる人たちで、“自主的制裁”ってことで。

あとは何もないよ~」


さらりと、空気のように、何気ないことのように言う。


俺は、しばらく言葉が出なかった。


(……なんだ、このシステム)


「さ、名取くん。やってやって!」


賀松の無邪気な声が響く。


その背後で、メシアはただ、じっと黙っていた。


笑いもせず、抗議もせず。

その瞳の奥に、言葉にならないものだけを宿して。


俺は、無言のまま山札を手に取った。


誰もが息を詰めていた。


さっきまで祝祭の音に包まれていた空間が、

今は、札一枚の重みに――沈んでいた。


(……どうして)


こんなに祝われて、認められて、讃えられて。

それなのに、こんなにも、息が詰まるのは――


この勝利に、何が残るんだ?


俺は、ゆっくりと札をくる。


あの男が、それをめくる。

奇数か、偶数か。

誰かの仇が消え、誰かが裁かれる。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ