表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

64/68

59.この"運命"は、"当然"だ(メシア戦終)




メシアの番。


場札

桐のかす、紅葉のかす、松のかす。


「……ここで、私が運命に愛されていたら。

きっと――持っていたんでしょうね」


静かな声だった。

柳の短冊が、卓の上に滑る。

その指には、爪が食い込むほど力が込められていた。


「ええ。赤短、持ってませんよ」


口元は笑っているのに、目は冷たい。

その顔が、どこか“人”ではないものに見えた。


「正直、私はかなり厳しい状態です。

でも――まだ、終わったわけじゃない」


淡々とした口調。けれど、空気が張り詰めていく。


「柳のかす、あるいは紅葉の青短。

そのどちらかが来れば……私は、まだ勝てます」


(……執念深い)


そんな言葉が自然と浮かんでいた。

こっちが勝つ未来を“許してない”ような、そんな圧だった。


(……都合のいい奴だな)


それでも、一瞬だけ心がざわつく。

言いようのない感覚が、喉元に刺さったまま抜けない。


(いや……こいつは、生徒たちを見捨ててきた)


俺は、自分の中の戸惑いを打ち消すように、指先に力を込めた。


「――引きます」


札をめくるメシアの手は、祈りでも希望でもなかった。

ただ“押し通す”意志だけがあった。


出たのは――菊のかす。


……空気が凍りつく。

メシアは俯いたまま、しばらく動かなかった。


やがて顔を上げたその目には、光がなかった。

仮面を塗り直したような微笑み。


「……ふふ。なんだ、結局、そういうことですか」


低く、抑えた声。

だけど、その声は、俺の胸を真っ直ぐに刺してきた。


「奇跡は“バカな奴”に微笑むんですね」


視線を逸らさず、まっすぐに言い放つ。


「努力した者は報われない。計算した者は裏切られる。

でも――何も分からず札を出した“君”が、勝つ」


その言葉に、俺は少しだけ口を引き結んだ。

でも、言い返す言葉が見つからない。


「“感動”しましたよ、本当に。

君は何もかも曖昧なままここに来て、運だけで札を手繰って……

それでも、ここに立っている。

……きっと、それが“この学苑の正解”なんでしょうね」


その声に、怒りも、嘲りも、熱も、何もない。

あるのは、空っぽの硝子みたいな響きだった。


「私は、間違っていたらしい。

誰よりも考え、正しくあろうとした。

なのに、結果はこれです。――滑稽ですよね」


バンッ。


札が卓を打つ音。

それは、怒りではなく“諦めの強調”だった。


「でも、覚えておいてください。名取くん」


その声だけが、鋭く変わる。

まるで毒を含んだ針のように。


「“奇跡”に甘えた者は――

いつか、“本物”に、必ず潰される」


言葉の抑揚は穏やかなのに、聞く側の呼吸を止めさせるような圧があった。


メシアは、うっすらと微笑んだ。

優しく、神さまみたいに穏やかで、どこか夢を見てるような表情で。


その口が、静かに開く。


「……その優しさ、誰かの棺に添えてあげてください」


祈るような声だった。


「火葬場で、それはきっと……綺麗に燃えます」


静かで優しい――けれど、言葉だけが最悪だった。


(……理解なんて、してないくせに)


その言葉が、喉元まで出かかった。


救う気なんてないのに、救いを語る。

壊れているのは誰なのか。

今、俺にはまだ分からなかった。


ただ――

この人を信じていた誰かが、これを聞いて、

どんな顔をしているかを考えると――


胸の奥が、ひどく冷たくなった。


メシアの合わせ札

梅に鶯、藤に不如帰、菊に盃、芒に雁

梅の赤短冊、桜の赤短冊、藤の短冊、牡丹の青短冊

桜のかす、藤のかす、藤のかす、芒のかす、菊のかす



俺の番。


場札

桐のかす、紅葉のかす、菖蒲に八橋、【松】のかす。


手札

【松】に鶴

静かに――最後の一枚、松に鶴を、場の松のかすに重ねた。


まるで、何の迷いもなかったように。

けれどその指先には、汗が滲んでいた。

それでも俺は、選んだ。


「……雨四光だ。点数は7文。倍付で――14文」


その声は、どこまでも静かで、どこまでも確かなものだった。


松に鶴。

桜に幕。

芒に月。

柳に小野道風。


全部、そろっていた。

俺が打った、俺の札で。


一瞬、メシアの目がわずかに見開かれる。

だけど、それもすぐに引っ込んだ。


「……やっぱり、“奇跡”のほうが強いんですね」


乾いた笑みだった。

けれど、その言い方が――妙に鼻についた。


「努力なんて、計算なんて、やっぱり意味なかった。

バカが札を並べてる方が、勝てるんだ」


その言葉に、会場がピリつく。

勝者を讃えるでもなく、潔く負けを認めるでもない。

まるで、“勝った側”を貶すために選んだ言葉だった。


「君、札を出した理由すら曖昧なんでしょう?

“なんとなく”で勝ったつもりですか?

だったら――本当に、愚かですね」


そこに込められていたのは、

自分の敗北を、勝者ごと汚しておくという意思だった。


(……なんだ、こいつ)


思わず、口の中に苦いものが広がる。

でも、俺は視線を逸らさなかった。


「違うな」


そう言ったとき、メシアの目が少しだけ揺れた。


「これは、“奇跡”なんかじゃない。

これは――“当然の結果”だよ」


「……は?」


「メシアが、生徒たちにしてきたことを。

どれだけ綺麗な言葉で包んだところで――

“見てた人間”は、ちゃんと知ってるんだよ」


空気が、わずかに変わった。

俺の声は静かだったけれど、

その言葉には、冷たくて硬い芯があった。


メシアは、薄く笑って言った。


「……説教ですか? 教師みたいに」


俺は、肩をすくめた。


「……俺、一応、その“経験者”なんで」


それだけだった。

でも、それ以上の説明なんていらなかった。


勝敗は、札が語っている。

そして今度こそ、本当に――終わったのだ。


一月 名取:0文 メシア:1文

二月 名取:2文  メシア:0文

三月 名取:14文 メシア:0文


合計

蝶谷 名取:16文 燕 メシア:1文


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ