53.俺自身の、札を見ろ
メシアの番。
場札は
桐のかす、桐のかす、萩の短冊、桜のかす、菖蒲のかす、牡丹に青短、藤のかす、芒のかす。
何も言わず、迷いもなく――
メシアは、芒に雁を場に出した。
そして、俺がさっき引いたばかりの芒のかすを、ためらいもなく取っていく。
その瞬間、心臓が跳ねた。
(……嘘だろ)
思考が、ひやりと冷える。
さっき引いた札。俺の中では、次の“芒に月”に繋げるつもりだった。
それを――何の躊躇もなく、先に潰された。
まるで「お前の狙いなんて、お見通しだよ」とでも言うかのように。
しかも、“あえて”言葉にしないことで、その嫌味がじわじわと沁みる。
(読まれてる……?)
いや、そんなはずない。
けど、そう思わせるだけの“手筋”を、あいつは見せてきた。
次の瞬間、メシアはほんのわずかに口角を上げた。
――笑った。
でも、それは勝ち誇った笑顔じゃない。
“こうなるようにできていた”という、確信に満ちた笑み。
まるで脚本通りに進む劇を、静かに眺めてる演出家みたいに。
一言も、喋らない。
挑発もしない。優越感も見せない。
けれど、黙っているだけで――圧がある。
重くて、不快で、どうしようもなく――怖い。
メシアは次の札を、音も立てずにめくった。
出たのは、藤の短冊。
すぐに、場の藤のかすと合わせる。
それもまた、無駄のない一手。
本当に機械みたいに、迷いなく、美しく、冷たい。
(……こいつ、なんなんだよ)
言葉も煽りもいらない。
ただ、静かに“最適解”を叩き出し続ける。
相手の計算を潰して、勝ち筋を奪って、感情すら削ってくる。
こっちは一つずつ積み上げてるのに。
その“努力”ごと、平然と踏み潰していくような打ち方だった。
静かに、確実に、“揃え”を積み上げていくその手は、迷いがなかった。
けれど、本当に怖いのは――
その手を離した後だった。
メシアは、じっと俺を見ていた。
動かない。喋らない。ただ、視線だけを向けてくる。
それは、感情じゃなかった。
怒りでも、警戒でも、好奇心ですらない。
まるで――“狩る気満々の蛇”だ。
一度こちらを捉えたら、次に動くのは“噛みつく瞬間”だけ。
それまでは、じっと、息を殺して、獲物の反応を待っている。
(……気持ち悪い)
そう思った。
でも、目は逸らせなかった。
メシアの合わせ札
芒に雁
藤の短冊
藤のかす、芒のかす
◇
俺の番。
場札は
桐のかす、桐のかす、【萩】の短冊、桜のかす、菖蒲のかす、牡丹に青短。
手札は、
紅葉に鹿、【萩】に猪、松に鶴、梅のかす、梅に鶯、芒に月、柳に燕。
札に手を伸ばす。
……けれど、その瞬間も、メシアはまだ俺を見ていた。
まっすぐに。静かに。
ただ、こちらを――見続けている。
その目は、真っ黒でもなければ、怒ってもいない。
熱も、冷たさもない。
ただ、ひたすらに澄んでいた。
――まるで、水面みたいに。
底が見えないほどに透明で、
触れたらすべてを映してしまいそうな、そんな目だった。
(……プレッシャーになる)
動かず、喋らず、ただ“見るだけ”で、相手を削ってくる。
これが――“仇討ち”の最終戦。
それを、今、肌で叩き込まれている。
喉が渇く。
深く、息を吸った。
そしてようやく、視線を札に戻す。
手元を見極める。
合わせられるのは――
萩に猪と、場にある萩の短冊。
他に、雑に捨てられる札なんて、ひとつもない。
迷いはなかった。
「……これだ」
静かに札を置く。
萩に猪。
短冊と重なった札が、たね札として手元に加わる。
――一歩。
確かな一歩を踏み出せた気がした。
次。めくり札。
一手の運が、すべてを左右する。
今、来てほしいのは――
桐に鳳凰か、牡丹に蝶。
祈るような気持ちで、札に指をかける。
力を入れすぎないように。呼吸を止めないように。
そっと、めくる。
出たのは――菖蒲の短冊。
(……違う。でも)
場を確認する。
そこには、菖蒲のかす。
合わせられる。
すぐに、重ねた。
パチン、と小さな音。
指先に伝わる札の感触と一緒に、ふっと気持ちが軽くなる。
思わず、ほんの少しだけ口元が緩んだ。
(……拾えた)
前の試合で、メシアが“普通の札”と呼んで持っていったもの。
何の派手さもない。けれど、確かに“必要な札”。
それを自分の手で拾えたことが、少しだけ――
心を支えてくれた。
小さな安堵。
でも、こんなひとつが、今はとても大きい。
俺の合わせ札
桜に幕
萩に猪
萩に短冊、菖蒲に短冊
桜のかす、菖蒲のかす
◇




