表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

57/68

52.聖者による"悪者"の仕立て方



3月――最終戦。


(……いける。……けど、まだ分からない)


手札は悪くない。けど、たった1点のリード。

油断なんてできるわけがない。


しかも、今ここで負けたら――

まだ知ってもいない仇を失う。

それだけじゃない。

“全部”が、なくなる気がしてた。


そんなときだった。

向かいのメシアが、ふっと目を細めた。


「紫藤くんのことも分かっていますが――

うちの鬼雷くんのことも、心配してるんですね?」


……は?


一瞬、何を言われたのか分からなかった。


けど、その声には明らかに“余裕”が滲んでいて――

何より、その目が、最悪だった。


上から、地上の生き物を見下ろしてるみたいな。

祝福も、罰も、ただ“機械的に”ばらまくだけの、冷たい光。


「……心配してるに決まってるだろ」


俺は静かに言い返す。


「わざわざ俺が怒るような話題を、

試すみたいに振ってくるな」


言ってから気付いた。

――やられた。


思考を乱すためだ。

考えを引っ掻き回して、花札に集中できなくさせる。

あいつは、わざと“鬼雷”の名前を出してきたんだ。

この場で、俺の感情を、崩すために。


「私としては、ただ――部下の不始末を片付けただけですよ」


メシアは涼しい顔で言う。


「柳シマとして、必要な処置を取っただけです。

そうでしょう?」


――ぞくり。


背筋が、冷たくなった。

鳥肌がぶわっと、腕を駆け上がる。


「……変なシマだな」


「いいえ。不自然なのは、貴方のほうです」


メシアは、わずかに笑った。

けど、それは“喜び”じゃない。

“こうすることになっている”って顔だった。

冷たくて、予定調和みたいな――笑い。


「死んでいた貴方を、生きていると定義している。

今の状況そのものが、不自然だと思いませんか?」


冗談じゃねぇ。

こいつ、どこまで言う気だ。


「……だからこそ、私が“任された”んです。小野先輩から」


その瞬間、言葉の温度が変わった。

妙に感情が混じってる。

抑え込んだ熱――その“怒り”を、俺は聞き逃さなかった。


「全てを、“あるべき姿”に戻しましょうか」


そう言い放ったとたんだった。


――ズンッ、と。

信者たちの視線が、一斉に、俺に突き刺さった。


無言のまま、ただ睨んでくる。

「この人を侮辱したら殺すよ?」って顔。

しかも数が多い。何十人、もしかしたらそれ以上。


(……なんだよ、これ)


信者たちの中にざわめきが走る。

「仇討ち、終わらせて」「今度こそ名取を潰せ」

「壊して」「消して」「戻して」「“救世主”の名誉を」


言葉には出してない。

けど、顔に書いてある。空気が、そう言ってる。


――俺が“悪者”ってことにされてる。


きっと蝶谷とのやりとりが効いてるんだ。

空気が、少しだけ俺のほうに傾きかけてた。

それが、気に入らなかったんだろう。


だから、話題を振った。

鬼雷の話も、紫藤の話も、全部――

こいつの“演出”だ。


俺を“壊す”ための、言葉だったんだ。


(……絶対に、負けられない)


口の中がカラカラになった。

でも、目は逸らさなかった。


負けたら、全部持ってかれる。

仇も、想いも、俺の“言葉”すらも――


こいつの、“物語”に。




俺の番。


場に出てる札は――

桐のかす、桐のかす、【萩】の短冊、【桜】のかす、【桜】に幕、菖蒲のかす、牡丹に青短、藤のかす。


手札は、

紅葉に鹿、【桜】のかす、【萩】に猪、松に鶴、梅のかす、梅に鶯、芒に月、柳に燕。

どこから攻めるか。

一手で、試合の流れを掴める――そんな札が、いま、ここにある。


「……桜のかすで、桜に幕を取る」


パチン。

静かに札が重なり合う音が、やけに大きく響いた。


桜に幕。光札、一枚目。

先攻の主導権を、確かに握った感覚がある。


(ここは、絶対に取るべき一手だった)


この手札なら、それが“勝ち筋”の起点になる。

――そう確信していた。


山札へと指を伸ばす。

呼吸を整える。目を伏せる。


(……来い)


指先に感じる、薄紙のような手触り。

めくった一枚は――


芒のかす。


(……悪くない。いや、かなり良い)


静かに、息を吐く。

手札の中にある“芒に月”が目に映る。


一歩、踏み込める。

あと一手で、光札がもう一枚手に入る。


(この流れ――乗れてる)


花札は、連なりのゲームだ。

意味のない札なんて、ない。

少しずつ、少しずつ、札が語りかけてくる。


今、その声が、俺にだけ届いている気がした。


ふと、視線を感じた。


向かいのメシアが、黙ってこちらを見ていた。


言葉はない。表情もない。

ただ、じっと――観察しているような、計っているような目。


(……見られてる)


冷たい視線。

けれど、そこに感情はない。

人じゃない何かが、俺の中を透かして覗き込んでくるような目。


(気にするな。――集中しろ、名取)


視線を切って、札に意識を戻す。

手札に指を添え、もう一度だけ深く息を吸う。


まだ始まったばかりだ。

でも――もう、俺は止まるつもりなんてない。


勝つ。

この札たちと一緒に、絶対に。


俺の合わせ札

桜に幕、桜のかす



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ