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48.勝つ手前に、立ちふさがる



次は、俺の番。


場札は

紅葉に鹿、【松】のかす、牡丹に蝶、【芒】のかす、菖蒲に八橋


俺の手札は

桐のかす、梅に鶯、桜のかす、

萩のかす、【芒】に雁、【松】のかす、藤に不如帰。


まだ冷静でいられる。いなきゃいけない。


場に意識を向け直す。

狙うのは〈たね〉。だけど、〈月見で一杯〉も頭に入れておく必要がある。


俺は、芒に雁を出して、芒のかすを取る。


次に、一枚、めくる。


出てきたのは――梅の赤短。


訓練のときは、こんな感覚なかったのに。


紫藤と戦ったときも、今も。

札をめくるたびに、どこか偏ってる気がする。


もしかして俺、ほんとに“猪鹿蝶”を呼びやすい体質なのか?

赤短も、やたら引いてる気がするし。

……今回も、取れそうな気がする。


花札をやってると、たまに思う。


――“奇跡”とか“運命”って、案外あるんじゃないかって。



俺の合わせ札:

牡丹に蝶、萩に猪、芒に雁

牡丹の青短冊、萩の短冊



次は、メシアの番だった。


場札は

紅葉に鹿、松のかす、牡丹に蝶、菖蒲に八橋、梅の赤短冊


少しの間、考えている“ふり”だけをして――

メシアは、桐のかすを静かに場に置いた。

指先に、まるで余韻が残らない。


続けて、ゆっくりと山札に手を伸ばす。


めくれた札は――芒に月。


その瞬間、場の空気がわずかに揺れた。

誰も声は出していないのに、肌が緊張で粟立つ。


“強い札”――ただそれだけで、空気がざわつく。



けれど。


メシアの表情には、何一つ浮かばなかった。


喜びも、驚きも、欲もない。

ただ、「引いた」という事実だけがそこにあった。


――逆に、それが、ぞっとするほど不自然だった。


「……どうぞ」


落ちた声は、透き通るように静かだった。

澄んでいて、耳に優しい。


けれど、そのどこにも“体温”がない。

一瞬――本当に、そこに“人間”がいるのか、わからなくなった。



メシアの合わせ札:

桜に幕

菖蒲の短冊、菊の青短冊

桜のかす、菖蒲のかす、菊のかす



俺の番。


場札は

紅葉に鹿、【松】のかす、牡丹に蝶、菖蒲に八橋、【梅】の赤短冊、【桐】のかす、芒に月


手札を確認する。

【桐】のかす、【梅】に鶯、桜のかす、萩のかす、【松】のかす、藤に不如帰。

……焦れた方がいいのかどうか、それすら分からなかった。


メシアの無表情――

それは、何かを隠しているのではなく、何も持っていないような、空っぽの顔だった。

けれど、その“空白”が逆に揺さぶってくる。

仕掛けられている気がして、胸の奥がざわつく。


でも、そこで止まったら――置いていかれる。


どう動く?

メシアの桐を潰す?

……いや、今はスピードがすべてだ。


俺が伸ばしているのは、「たね」。


牡丹に蝶、萩に猪、芒に雁――

揃えれば、十分に勝ち筋が見える。


今、動けるのは――

手札の《梅に鶯》と、場にある《梅に赤短》。



これで「たね」は4枚。

あと1枚で、「たね」役が確定する。


――なら、行くしかない。


静かに、山札に手を伸ばす。


願うのは、《紅葉に鹿》。

それが出れば――猪鹿蝶、成立。


あとは、信じるだけだ。


考えるな。

迷えば、崩れる。

――あのときみたいに。


(でも、今回は違う)


願うように、指先で札の端をそっとなぞった。


めくれた札は――《柳に燕》。


……外れた。

けど――悪くは、ない。


場に、じわじわと「たね」――動物札が集まり始めている。


止まっていた流れが、少しずつ動き出す。


重たかった空気が、スッと前に転がり始めた。

まるでその流れの中心に、自分が立っている気がした。


俺の合わせ札:

牡丹に蝶、萩に猪、芒に雁

牡丹の青短冊、萩の短冊



メシアの番だった。


場札は

紅葉に鹿、松のかす、牡丹に蝶、菖蒲に八橋、桐のかす、芒に月、柳に燕

彼は、何も言わず――けれど、まるで“待ってた”ように動いた。


出したのは、自分の前に伏せていた桐のかす。

そこに、桐の鳳凰を重ねる。


一手で、役が完成する音。


(……っ、そこだったのか)


思わず、声が漏れた。

予感はあった。でも、違う方向を見ていた。


――芒に月。

あの札にばかり気を取られていた。

あの無表情に、騙された。


でも、こっちが勝手に“読みすぎた”だけかもしれない。

悔しさと、納得が、同時に押し寄せる。


メシアはいつものように、感情のない声で言う。


「大丈夫ですよ。私の“痛いところ”ではありませんので。

……いえ、もう“痛み”そのものがないような手札ですから」


淡々としてるのに――

その奥に、ほんのわずか、滲んでいた。


……喜びだ。

言葉の端に、勝ちを確信した者の温度があった。


「そうそう、言っておきますね。

――先ほどの時点で、王手は掛かっていますので」


さらりと告げられる“詰み”。

押しつけるような威圧じゃない。

でもその静けさが逆に、こっちの負けを鮮明にする。


「……真っ直ぐな打ち方だな」


つい、口に出た。


メシアは、即答しない。

無表情のまま、一拍の間。

その一瞬に、何かが揺れた気がした。


……図星かもしれない。


だとしたら、ちょっとだけ面白い。


メシアはそのまま、何事もなかったように札をめくる。

出たのは――梅のかす。


“桜に幕”のような派手さはない。

ただ、場は静かに、でも確実に動いていく。


けれど――

その静けさの奥で、何かがじわじわ積み上がっている。

そんな気がしてならなかった。


メシアの合わせ札:

桜に幕、桐に鳳凰

菖蒲の短冊、菊の青短冊

桜のかす、菖蒲のかす、菊のかす、桐のかす



俺の番が回ってきた。


……もし、あいつが芒に月を持ってたら。

もう、時間はないかもしれない。


でも、そんなこと考えてる余裕はない。


間に合わせるしかない。

ここで決めなきゃ――終わる。


場札は

紅葉に鹿、菖蒲に八橋、【松】のかす、芒に月、柳に燕、梅のかす


手札は

桐のかす、桜のかす、萩のかす、【松】のかす、藤に不如帰。

――もう、余裕なんて、どこにもない。


メシアが狙ってるのは、たぶん三光。

なら、潰すべきは――芒に月、松に鶴。


……でも、芒に月はもう場に出てる。

止める手がない。


できるのは、松の花を押さえて、鶴が合わさるのを防ぐこと。

それだけ。

守ってばっかの自分が、じりじりと苦しい。


場の松にかす札を重ねる。

音は、妙に静かだった。


……そして、めくる。


この一手で決まる。

引けなきゃ終わりだ。

本当に、終わる。


メシアの“王手”は、ハッタリじゃない。

あいつがそう言うなら――次で、詰む。


俺の合わせ札には、たねが四枚。

もう、ほとんど揃ってる。


場に出てるたねは三つ。

紅葉に鹿。菖蒲に八橋。柳に燕。


残りは、柳・紅葉・菖蒲。

どれかが来れば、上がれる……!


紅葉なら――猪鹿蝶だ!


(来い……!)


息を止める。

指先に、知らず知らず力が入る。

祈るように、ゆっくり――めくる。


……出たのは。

梅のかす。


「……ッ……!」


舌打ちが漏れた。抑えきれなかった。


いけると思った。

今度こそ、引けるって――信じてた。


……でも。


未来が、指の間からすり抜けていく。

掴んだつもりの勝ち筋が、音もなく崩れていく。

何かが、根本からズレてる。


この世界じゃない、どこか別の“向こう側”に――

全部、引っ張られてるみたいだ。


視線の先。

メシアが、いた。


もう、隠しもしない。

静かに。満足そうに。

まるで、勝者の顔で――笑っていた。


……腹立つ。

心の底から、ぞっとするくらい――悔しい。


でも。


まだ、終わっちゃいない。

終わらせてたまるか。


俺の合わせ札:

牡丹に蝶、萩に猪、芒に雁

牡丹の青短冊、萩の短冊

松のかす、松のかす



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