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46.判官贔屓は、同族弱者だけ


メシアの番に移る。


場札は

紅葉のかす、菊に盃

彼は、静かに――芒に雁を場へと置いた。


(……芒。場にもう一枚? 様子見か? それとも最初から芒を三枚、持っていた?)


思考が巡る間に、メシアがめくり札に手を伸ばす。


迷いのない指先。

山から引いた札を、そのまま手札から場へ滑らせた。


出たのは――紅葉の青短。


(……っ)


胸の奥を、ひやりと風が撫でる。

わずか数秒前まで見えていた“役”の完成が、

目の前でゆっくりと扉を閉ざされていく。


――届かない。


まだ地獄じゃない。

けれど、さっきまで確かに見えていた“勝ち筋”は、

手を伸ばしても、もう届かない場所にある。


……いや、違う。まだ――まだ、可能性はあるか?


メシアは札を整えながら、ふっと唇を緩めた。

メシアの札に、短冊が4枚。

紅葉のかす札を合わせて取ったそれが、静かに彼の側へ並べられていく。


メシアは札を整えながら、ふっと唇を緩めた。


「これが――神の意志というものです」


その声に、嘲りも勝ち誇りもない。

ただ、淡々と“結果”を語るだけの、柔らかく冷たい声音。


そして、


「燕 メシア、短冊。

――一文にて、勝負と致しましょう」


軽く肩をすくめて、静かに宣言する。


芝居じみた所作。だが、完璧に冷たい。

まるでこの場そのものが、彼の“信仰劇”の一幕だったかのように。


信者たちは、歓声をあげる。


「これが神の導きだ!」

「さすがメシア様……すべてが見えていらっしゃる……」

「救いが形になった……!」


まるで自分が勝ったかのように、彼らは喜びに沸いていた。

それもそのはずだ。

メシアを信じることは――自分の人生を肯定することでもあるのだから。


「自分の人生なら、自分で生きればいいのにな」


思わず、そんな言葉が口をついて出た。


するとメシアは、俺の方をちらりと見て、静かに言った。


「……それが、できる人がどれだけ少ないか。

それだけは、理解しておいてください」


そして、続ける。


「少なくとも――私は“大衆の偶像”に過ぎません。

自分の意志で生きているものではない。

でも、あなたは違う。名取くん、あなたは――選ばれた人なんです」


ふっと距離を詰めると、メシアは耳元で囁いた。


「君は“本物”だ。そして――目障りだ」


その瞬間、背筋が冷えた。


そして今――

俺の希望は、その舞台の上で、静かに、確かに、崩されていく。


メシアの合わせ札

梅に鶯

梅に赤短冊、桜に赤短冊、藤の短冊、紅葉の青短冊、柳の短冊

梅のかす、梅のかす、桜のかす、藤のかす、桐のかす、桐のかす、紅葉のかす、柳のかす



「いやー! 一月が終わりましたねーっ!」


司会の賀松 明翔が、眩しすぎるテンションでマイクを振り上げた。


なんなんだろうな、この人。

さっきまでの対局の余韻が、まるでテレビのエンディング曲でかき消されたみたいで――

胸の奥が、少しだけざわついた。


俺は――負けた。


たった一枚。

あと一歩。

それだけで、すべてがひっくり返った。


「いやぁ~、名取くん惜しかったですね!

あれ、もしかして……“萩に猪”引けてたら、勝ってました?」


「……そうだな。引けてたら」


たったそれだけしか言えなかった。


ほんとに、惜しかったんだ。

勝てたはずだった。

運だけじゃない。ちゃんと考えて、重ねて、選んだ一手だった。

それでも――負けたんだ。


「ねえねえ、メシアっ!」


賀松の声が、会場に跳ねる。


「実際、“萩に猪”持ってたの~?」


「ああ、ええ。ありましたよ」


メシアは淡々と、手札から一枚取り出した。


「――っ」


喉が鳴る。

観客の息も、一瞬止まって――


「これが、奇跡だぁああああ!!」

「やっぱりメシア様は導かれている……!」

「神の采配だ! 神の選択だ!!」


信者たちが一斉に沸き上がる。

まるで自分が勝ったかのように、叫んでいた。


(うるせぇよ……)


「うわ~! 戦略で出したなかったんだ!

まさに“あかよろし!”ってやつだね!」


賀松の無邪気な一言に、メシアが一瞬だけ固まった。


「……そうですねー」


棒読みだった。

さっきまでの芝居がかった神の仮面が、ちょっとだけズレた気がして――

それがなんか、ちょっとだけ面白かった。


でも。

俺は笑えなかった。


わかってるよ。

運のせいにはできないってことくらい。

あと一歩届かなかったのは、結局、俺の実力が足りなかったから。


それでも――悔しいんだよ。

腹が立つんだ。

あれだけ積み重ねて、掴みに行ったのに、最後は札一枚で負けるなんてさ。


「名取くん? だっけ?」


そのとき、賀松が俺をじっと見ていた。

さっきまであんなに軽かった目が、不思議と深く見えた。


「落ち込んでる暇なんて、ないよ」


不意に、声のトーンが変わった。


「夢がキラキラしてるのはね、燃えてるからなんだよ」


……何言ってんだ、って思った。けど。


「だから、前を向いて勝とうと本気で思わないとさ。

メシアに、じゃなくて――この学苑に、失礼でしょ?」


「……っ」


「ぼくらは、“ここ”の生徒だからね。

だから、君の本気が、また見たいな。……二月で、さ」


明るく笑って、舞台から降りて行く彼の背中を見ながら――

俺は、たしかに悔しさと一緒に、ほんの少しだけ、前を見た気がした。


メシアは、マイクの届かないところでふっと苦笑した。


「……負けた側って、こういう空気、嫌ですよね」


その声は静かで優しくて――

けれど、芯にある冷たさだけが、耳に残った。


「この学苑、勝者以外には本当に興味がないんです。

誰が何を背負っていようが、何を思っていようが――勝たなきゃ、ただのノイズです」


当たり前のように言うその言葉が、静かに胸を刺す。


「だから、勝たせてくださいね。名取くん」


“お願い”みたいに聞こえるその声に、まるで慈悲がなかった。


……なんなんだよ、こいつ。


優しい言葉を使いながら、全部否定してくる。

まるで「君は負けたんだから黙ってて」とでも言うみたいに。


でも、その通りなんだ。

負けたら、何も残らない。

悔しいくらい、正しい。


そして――


2月戦が、静かに始まった。


勝者はすでに“神”として讃えられている。

その舞台の隣で、俺は、もう一度――立ち直らなきゃいけない。


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