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45.俺は、奇跡を信じれない



俺の手番。


場札は

紅葉のかす、菊に盃、菖蒲のかす


俺の手札は

萩のかす、芒に月、萩の短冊、萩のかす。


(……堅実に行くなら、萩のかすだ。けど――)


視線が、一瞬だけ、芒に月へと向かう。


(逆転を狙うなら、あっち。

“月見で一杯”の目も、まだ残ってる。……でも)


浮かんでくるのは、前の対局。

あのとき、欲を出して――引けなかった札。

――“奇跡”は、簡単には来ない。


(……だったら、今は、目の前の札を信じる)


手がわずかに震えた。けど、もう迷いはなかった。

静かに、萩のかすを場に出す。


盤面に札が触れる音が、淡く水面に響いた。

札に指を添えて、山札から1枚――めくる。


出たのは――菖蒲のかす。

一瞬、心が跳ねた。


(……ある)


ちょうど場にあった菖蒲のかすと合わさった。

揃った札を、そっと場の隅へ。


(……悪くはない。けど――まだ“決定打”じゃない)


派手でもない。強気にもなれない。


でも、確かに一歩、前に進んだ感触があった。


相手のように美しい札さばきはできない。

派手な引きも、ない。


けれど今の自分にできる一手を、

俺は――ちゃんと、選んだ。



メシアの番。


場札は

紅葉のかす、菊に盃


迷いひとつない手つきで――芒のかすを、場に出した。

その所作に、無駄はなかった。ただ、静かすぎて逆に不気味だ。


(……今、それを出すのかよ)

思わず、心の中でつぶやいた。


芒のかす。

普通は温存する。

下手に出せば、月見で一杯(芒に月+菊に盃)の布石になりかねないから。

それを、あえて今やるか?


(なにか狙ってる……? それとも、"見せてる”だけか?)


頭の奥に、薄い霧がかかるような違和感。

――でも、芒の月を持ってる俺にとっては、都合がいい……はずだ。

(……本当に?)

その一手が利になるのか罠なのか――わからない。


メシアがめくる。

めくった札は――梅に鶯。


場に出ていた梅のかすと、音もなく合わさる。

札が揃う音さえ、まるで計算された演出のようだった。


目立たない札。

派手さはない。点差も開いていない。

けど――それが、余計に怖い。


(締め上げられてるみたいだ)


気づけば、メシアの札だけが、静かに整っていく。

何かを“狙ってる”気配も、"誘導してる”気配も、どちらもある。


でも、それすらも――すべて演技に見えてくる。


仮面の奥が、読めない。


揺さぶられてるのは、俺のほうだ。

静かに揃う札。

淡々と続く手順。


それだけで、まるで心臓を握られてるみたいだった。


メシアの合わせ札

梅に鶯

梅に赤短冊、桜に赤短冊、藤の短冊、柳の短冊

梅のかす、梅のかす、桜のかす、藤のかす、桐のかす、桐のかす、柳のかす



俺の手番。


場札は

紅葉のかす、菊に盃、萩のかす、【芒】に雁


俺の手札は

萩のかす、【芒】に月、萩の短冊、萩のかす。


静かに――芒に月を場へ出す。

そこに置かれていた芒のかすと、ぴたりと噛み合った。


(……よし)


指先に自然と力がこもる。

これで、月見で一杯の札が揃った。

狙うは――猪鹿蝶。


息を詰めて、めくり札に手を伸ばす。

ゆっくりと指を滑らせ、札を一枚――めくる。


もし、ここで“萩に猪”を引ければ――勝てる。


そう願って伸ばした指先。

めくった瞬間、息が止まった。


そこにあったのは――柳に燕。


……それは、目の前の男と同じ“名”を持つ札だった。


視線を上げると、メシアの赤い瞳が細くなる。

その唇が、静かにほころぶ。


「欲しかったのは――萩に猪、でしたか?」


挑発とも慰めともつかない声。

俺は堪えきれずに聞き返す。


「……持ってるのか、それ」


メシアは、ほんの少し首を傾けた。


「さあ。どうでしょうね」


柔らかく響いたその声が、皮膚の内側にまで刺さってきた。



ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。


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