45.俺は、奇跡を信じれない
◇
俺の手番。
場札は
紅葉のかす、菊に盃、菖蒲のかす
俺の手札は
萩のかす、芒に月、萩の短冊、萩のかす。
(……堅実に行くなら、萩のかすだ。けど――)
視線が、一瞬だけ、芒に月へと向かう。
(逆転を狙うなら、あっち。
“月見で一杯”の目も、まだ残ってる。……でも)
浮かんでくるのは、前の対局。
あのとき、欲を出して――引けなかった札。
――“奇跡”は、簡単には来ない。
(……だったら、今は、目の前の札を信じる)
手がわずかに震えた。けど、もう迷いはなかった。
静かに、萩のかすを場に出す。
盤面に札が触れる音が、淡く水面に響いた。
札に指を添えて、山札から1枚――めくる。
出たのは――菖蒲のかす。
一瞬、心が跳ねた。
(……ある)
ちょうど場にあった菖蒲のかすと合わさった。
揃った札を、そっと場の隅へ。
(……悪くはない。けど――まだ“決定打”じゃない)
派手でもない。強気にもなれない。
でも、確かに一歩、前に進んだ感触があった。
相手のように美しい札さばきはできない。
派手な引きも、ない。
けれど今の自分にできる一手を、
俺は――ちゃんと、選んだ。
◇
メシアの番。
場札は
紅葉のかす、菊に盃
迷いひとつない手つきで――芒のかすを、場に出した。
その所作に、無駄はなかった。ただ、静かすぎて逆に不気味だ。
(……今、それを出すのかよ)
思わず、心の中でつぶやいた。
芒のかす。
普通は温存する。
下手に出せば、月見で一杯(芒に月+菊に盃)の布石になりかねないから。
それを、あえて今やるか?
(なにか狙ってる……? それとも、"見せてる”だけか?)
頭の奥に、薄い霧がかかるような違和感。
――でも、芒の月を持ってる俺にとっては、都合がいい……はずだ。
(……本当に?)
その一手が利になるのか罠なのか――わからない。
メシアがめくる。
めくった札は――梅に鶯。
場に出ていた梅のかすと、音もなく合わさる。
札が揃う音さえ、まるで計算された演出のようだった。
目立たない札。
派手さはない。点差も開いていない。
けど――それが、余計に怖い。
(締め上げられてるみたいだ)
気づけば、メシアの札だけが、静かに整っていく。
何かを“狙ってる”気配も、"誘導してる”気配も、どちらもある。
でも、それすらも――すべて演技に見えてくる。
仮面の奥が、読めない。
揺さぶられてるのは、俺のほうだ。
静かに揃う札。
淡々と続く手順。
それだけで、まるで心臓を握られてるみたいだった。
メシアの合わせ札
梅に鶯
梅に赤短冊、桜に赤短冊、藤の短冊、柳の短冊
梅のかす、梅のかす、桜のかす、藤のかす、桐のかす、桐のかす、柳のかす
◇
俺の手番。
場札は
紅葉のかす、菊に盃、萩のかす、【芒】に雁
俺の手札は
萩のかす、【芒】に月、萩の短冊、萩のかす。
静かに――芒に月を場へ出す。
そこに置かれていた芒のかすと、ぴたりと噛み合った。
(……よし)
指先に自然と力がこもる。
これで、月見で一杯の札が揃った。
狙うは――猪鹿蝶。
息を詰めて、めくり札に手を伸ばす。
ゆっくりと指を滑らせ、札を一枚――めくる。
もし、ここで“萩に猪”を引ければ――勝てる。
そう願って伸ばした指先。
めくった瞬間、息が止まった。
そこにあったのは――柳に燕。
……それは、目の前の男と同じ“名”を持つ札だった。
視線を上げると、メシアの赤い瞳が細くなる。
その唇が、静かにほころぶ。
「欲しかったのは――萩に猪、でしたか?」
挑発とも慰めともつかない声。
俺は堪えきれずに聞き返す。
「……持ってるのか、それ」
メシアは、ほんの少し首を傾けた。
「さあ。どうでしょうね」
柔らかく響いたその声が、皮膚の内側にまで刺さってきた。
◇
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