表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/68

4.願いが散った仇花の末路



蝶谷は、床にぺたんと寝袋を広げた。


「……さて、ちょっとだけ喋ろうか」


そう言って腰を下ろすと、じとーっと俺を見上げてくる。

目線に、遠慮とか、加減ってものが一切ない。


「君さ、何も覚えてないんでしょ。

“青秋学苑”のことも、“仇討ち”のことも」


俺は、うなずく。


「うん、だよね。そんな顔してると思ったし」


蝶谷は寝転がって、腕を枕にして天井を見上げた。

声は気だるいのに、どこか楽しそうだった。


「ここには、“主牌”って呼ばれる花札のトップがいてさ。1月から12月まで12人。

それぞれの月札を背負ってる。松に鶴、梅に鶯――そういうの」


天井に何か映ってるみたいに、指先で空をなぞる。


「で、みんな仇討ちで勝ちまくってる連中なんだよね。

強いってだけじゃなくて、もっとこう……“おもしろい子”たち」


「……主牌って、そんなにすごいのか?」


「うん。まあ、たしかに“すごい”とは言えるかな。

強くて、札が読めて、人を引っ張れて……あと演出が上手い。魅せ方ってやつ。

そういうのが自然に出来る子。だから勝つし、だから集まる。群れが」


「制度……ってことか?」


「いや、制度なんかじゃない。ただの、流れ。

誰かが勝って、みんなが従って、負けた子は……そのうち消える。

あっけないもんだよ。勝った子の印象だけが、最後に残るからさ」


声のトーンは変わらない。

まるで実験報告でもしてるみたいに、淡々と。


そのときだった。


――バンッ。


遠くの方で扉が勢いよく開いた音がした。

空気が一瞬、固まる。


蝶谷はすっと起き上がり、俺に向かって指先だけで手招きする。

まるで、「面白い標本があるよ」って顔で。


「……ちょっと、見せてあげるよ。徒花になった子」


その声には、同情も怒りもない。

ただ――少しの好奇心と、決定的な無関心。


だからこそ、怖かった。




階段を下りた先、小さな部屋に、ひとりの生徒がいた。


制服はくしゃくしゃで、目だけが開いてるのに、何も見てなかった。

顔は上を向いたまま、ピクリとも動かない。


「……あの子、“仇”が“徒花”になったやつ。さっき、俺に勝負を挑んできたんだよね」


蝶谷が、軽く肩をすくめて言った。まるで「失敗した実験体を見せる」みたいに。


「直前まで、普通に笑ってたよ。あと1点で勝ちだった。

でも、欲張って“こいこい”って言っちゃった」


「……で、負けたのか」


「うん。で、願いも消えた。“仇”が、跡形もなく」


そう言いながら、蝶谷は虚ろな生徒をじっと見ていた。

その目に、同情は一切ない。ただ――何か面白い現象を記録してる学者みたいな目だった。


生徒の口元が、かすかに笑っていたようにも見えた。

でもその顔には、もう何もなかった。悔しさも、怒りも、希望も。

まるで「感情」だけが先に死んだみたいだった。


「“仇花”ってさ、本当は咲くはずだった願いが、未完成のまま消えること。

二度と戻ってこない。終わりは、意外と静か」


蝶谷はポケットから札を1枚、取り出した。


《牡丹に蝶》。

柔らかい光を帯びているような、美しい札だった。


「これ、俺の“仇”を見せるための札。……でも、まだ“仇花”じゃない。

俺が、まだ負けてないからね」


そう言って、くるりと裏返す。

指の動きは穏やかで、それが逆に怖い。


「でも負けたら、これもただの紙。意味のない花。誰にも見られず、忘れられる。

そういうの、すごく……面白いと思わない?」


ぞくっとした。


「花札で勝てば、現実がちょっとだけねじれる。願いが、手に入る。

でも、負けたら――全部、なくなる。“生きる理由”ごと」


蝶谷は笑った。声はやさしくて、温度もあるのに、やけに寒かった。


「だからみんな、死にものぐるいで戦う。願いがあるから。

守りたい何かがあるから。

……それって、いいモルモットになるよね」


しんとした空気の中、蝶谷がふっと呟く。


「青秋学苑での“こいこい”ってさ。命と同じくらい重いものを賭ける遊びなんだよ」


一拍置いて、蝶谷は笑みを深める。


「つまり――“花札できない子”ってのは、この学苑じゃ、“人間扱いされない”ってこと」


言葉が、じわじわと胸に刺さってくる。

視線を感じて、もう一度“仇花”になった子を見る。


人間の形をしたまま、心だけがごっそり抜け落ちたような、そんな姿だった。

その光景に、背中の内側から、冷たいものが這い上がってくる。


「……負けたくないなら、戦えるようにならないと。

俺は助けないからね?」


蝶谷の声は優しかった。

でも、その優しさは“壊れる過程を楽しむ者”の口調だった。



「“花を合わせる”――

たった一手で、人生が変わるんだよ」



ここ、青秋学苑では――

花札を知らなければ、人として扱われない。


大げさじゃなくて、本当に。

勝ち負けは、順位や成績だけじゃない。

“願い”だって、“名前”だって、札一枚の裏表で決まる。

だから、みんな必死で覚える。


負けたら終わる。

覚えてないやつは、そもそもスタートラインにすら立てない。


……そんな中で、俺は今、ゼロからそれを教わることになる。



ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。


もしよければ、下にある「☆☆☆☆☆」から作品の評価をしていただけると嬉しいです。

面白かったら★5つ、合わなかったら★1つでも大丈夫です。正直な感想をお聞かせください。


それからブックマークしてもらえたら、ものすごく嬉しいです。

「続きが気になる」と思ってもらえたことが、何よりの励みになります。


どうぞ、よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ