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40.風見草たちは、教祖に垂れる



メシアを探して歩き回ったものの――

俺は、そもそもどこを探せばいいのかも分かっていなかった。


屋上、講堂、食堂、倉庫の裏。

思いつく限りの“それっぽい場所”は、全部回った。


……でも、どこにもいない。


いや、正確には。

“あいつがいそうな場所”なんて、最初から思いつかなかったんだ。


顔と名前と、やたら目立つ赤いイヤリング。

その程度しか、俺はあいつのことを知らない。


そんなことを思っていた――そのときだった。

――その声は、いきなりだった。


「もう、限界なんだよ……!」


金属音と、何かが崩れる音。

振り返ると、廊下の奥。

怒鳴るような声を上げながら、一人の男子生徒が走ってくる。


制服は乱れて、髪はぼさぼさ。

その目は真っ赤で、何日も眠れていないような顔だ。


「……君……?」


メシアが、穏やかな声でその生徒の名を呼ぼうとする。


まさにその瞬間、


「もう無理だって言ってるだろ!!」


怒鳴り声と共に、生徒の拳が振り上げられる。


「居場所なんて、どこにもなかった!

君を信じたのに! でもクラスじゃ、ずっと浮いてて!

話しかけてもらえるどころか、誰も目を合わせない!

スマホも使えない、電話もできない!

この学苑から、もう出ることすらできない!」


顔は泣き顔とも怒り顔ともつかない。

ぐしゃぐしゃに混ざった感情の中で、彼はただ、メシアに向かって突っ込んでいく。


……まずい。

俺は思わず体を動かしていた。

――けど、その一歩が届く前に。


「メシアさまに触れるな」


鋭い声と同時に、制服姿の生徒たちが跳びかかる。


バンッ――ドシャッ!


一人が肩を押さえ、もう一人が足を刈り、

そのまま――生徒の体は、床に叩きつけられた。


ズン、と鈍い音。

空気ごと、沈み込むように。


「やめろっ!」


俺が叫ぶより早く――ドゴッ、ゴスッ!

拳が、容赦なく振り下ろされる。何発も、連続で。


「落ち着け!やめろ、そいつは――!」


「……部外者は、引いててください」


静かに、けれど背筋を凍らせるような声が、すぐそばから落ちた。


殴られている生徒は、なおも声を上げていた。


「なんでだよ……!

なんで、メシアさまは助けてくれないんだよ……!

ずっと、信じてたのに……!」


そして。


「君の言う“居場所”って、これなのかよ……!」


――その言葉に、空気が変わった。

生徒たちの動きがぴたりと止まる。


そして――メシアが、歩み寄る。

顔には微笑を浮かべたまま、ゆっくりと。


「苦しいのは、あなたがそれを越えられる人だから」


その声は、まるで子守唄のように柔らかい。


「その痛みも、苦しみも、孤独も――

それを“あなたなら耐えられる”と、神が信じて選んだのです」


殴られた生徒が、地面に崩れ落ちたまま、苦しげに息をしている。


「大丈夫。ちゃんと、意味になる日が来ますよ」


メシアの手が、その生徒の肩にそっと触れた。


「だから――その痛みを、他の人に向けないでください。

その瞬間、神から与えられた“意味”が、無意味になりますよ」


……綺麗な言葉だった。


けれど――俺は、気づいてしまった。


その“手の添え方”。

その“まぶたの動き”。

その言葉の隙間に、ほんの少し滲んだ――違和感。

……あの“微笑”の奥で、メシアの指がわずかに震えていたからだ。


ボロボロになったその生徒は、メシアの手に触れられたまま、小さく肩を震わせていた。


「……っ……あの……ほんとに、俺、大丈夫、なんだよな……?」


潰れかけた声。

その目には、まだ涙のあとが残っている。


「俺……家でも、居場所なくてさ……。

要らないやつって言われたこともある……。

だから頑張らなきゃって……思ってたのに……」


それでも、吐き出すように言葉をつなぐ。


「ちゃんと……ちゃんとやれてる……かな……?

ここで……この学苑で……」


その横で、さっきの“信者”たちは何も言わず、黙って殴り続けている。

慈愛の声と、殴る音が混在する異常な空間。


拳じゃない。暴力ではない。

背中を押し、髪を掴み、ただ静かに――

“お前は間違っている”と、体に教え込むように。


「……大丈夫ですよ」


メシアは言った。

優しく、なでるように。


「あなたは、よく耐えました。

ここで過ごす資格は、ちゃんとあります」


その声は――たしかに、優しかった。


声も、表情も、手のひらの温度も。

すべてが“本当にその子のことを心配している”ように見えた。


けど。


……目だけが、違う。


さっきまで言っていたあの綺麗な言葉。

「苦しみには意味がある」「選ばれたから耐えられる」――そんな教義に対して。


その目に、一瞬だけ浮かんだ“憎しみ”――

まるで、自分が口にした教義こそが、いちばん憎らしいとでも言いたげな。


やがて、生徒はすう……と息を落として、そのまま意識を手放した。


メシアがそっと上着をかけ、ゆっくりと立ち上がる。


――その瞬間だった。


「にしても、こいつより前に来たあの貴族っぽい奴、マジで面白かったよな」


別の信者が、くつろいだ調子で口を開く。


「……あー、いたいた。なんだっけ。藤の……」


「紫藤。シドウとか言ってた」


「あーそれそれ。“仇討ちをお願いします”とか言って、頭下げて突っ込んできたんだよ。

で、開口一番で――ドン。終わり」



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