39.それしか、ないだろ
◇
「……俺は誰かが傷ついてまで俺を助けるやり方をさせたくない。
苦しいし、俺が後悔する」
ようやく、言葉にして出せた。
ふたりが、同時に俺を見た。
その目にあったのは、疑いでも否定でもなかった。ただ、まっすぐな“期待”だった。
重たい空気。でも、不思議と落ち着いていた。
なのに、言葉は止まらなかった。
「……分かんないけどさ。お前らのこと、すごく大事に思ってるんだ。
俺なんかがこんなこと言っても、説得力ないかもしれないけど……」
喉の奥が詰まる。
でも、どうしても言わなきゃいけない気がした。
「満身創痍で、ボロボロで……そんなの見てるだけでも痛いのに。
それでも、俺のことばっかり心配してさ……」
言いながら、自分でも混乱していた。
なんでだよ。なんで、そんなに俺のことばかり……
分かんないけど、放っておけないんだよ。ずっと。
「これからも、俺がいるせいで――お前らがまた、こんな目に遭うかもしれないのに。
それでも、俺と一緒にいたいって思うなら……」
俺は、ふたりの顔を見た。
「……だったら、俺がメシアを倒すか、メシアに倒されるか。
それしか、ないだろ」
言って、自分で少し驚いた。
でも、それはもうとっくに俺の中で決まっていたことだったのかもしれない。
雨柳が、少しだけ目を伏せた。
「……本気なんだな」
「ああ」
「そっか」
間があって、それから――雨柳は急に笑った。
「だったら、止めねぇよ。名取がそう言うなら、オレは応援する。
でもな、もし名取が負けたら、オレは名取をこの学苑から何が何でも連れ出す」
「……は?」
「火つけてでもな! 学苑ごと燃やして、名取だけかっさらって逃げてやるよ!」
それを満面の笑みで言ってのけるんだから、ほんと怖い。
「それはやめろー……? 笑えねぇんだが……」
「冗談だと思うなよ?」
「思いたいよ……」
俺は苦笑しながら、紫藤の方を向いた。
真剣な顔で、まっすぐこちらを見ていた。
「ボクは……名取くんが、絶対に勝てるって信じてます」
あまりにも真っ直ぐで――ちょっとだけ、怖かった。
「……ヒーローは絶対勝つ、みたいな目を向けられると、俺……苦手なんだよ」
ぽつりと、本音がこぼれた。
「負けたら、“間違ってた”ってことになるみたいでさ。
選んだ道が“失敗”って言われる気がして……なんか、ずっと責められてるみたいなんだ」
俺は、小さく息を吐いた。
「特に花札って、運命の女神に見放されたときのメンタル、地味にキツいし……」
紫藤は、一瞬だけ驚いた顔をした。
けれどすぐ、ふっと柔らかく笑った。
「……そういうところが、名取くんらしいなって思います」
「俺、そんな繊細キャラだったか?」
「繊細というより……根が真面目なんですよ、たぶん。
だから、“信じたくなる”んです。名取くんなら、大丈夫って」
信じてる、という言い方じゃない。
信じたくなる、って言われると、なぜか余計に効いた。
「……プレッシャー重いってば」
思わずぼやくと、紫藤はにっこり笑ってみせた。
俺は小さく息をついて、立ち上がる。
足元が少しふらついたけど、どちらも慌てず、俺を見ていた。
「……とにかく、今日は寝てくれないか。
体調不良のくせに、なんでふたりで盛り上がってんだよ……俺の話で」
雨柳が鼻で笑った。
「名取のことになると、勝手にテンション上がんだよ」
「うん。ボクも……少しだけ、元気出ました」
俺はふたりを交互に見て、深く息を吸って、はぁっとため息を吐いた。
「……寝ろ。マジで」
◇
結局、俺たちは三人でベッドに押し込まれることになった。
というか、ベッドがひとつしかない。
「ぎゅうぎゅうなんだが……」
「ボク、右がいいです。壁に挟まれて眠りたい」
「オレは左。すぐ逃げられるし」
「ちょっと、足! 蹴んな!」
「うるせぇ、先に寝たやつが勝ちなんだよ……」
「小学生か……」
布団の中、息があちこちからぶつかってくる。
傷だらけ同士だから、当たると普通に痛い。
でも、なんか……笑ってた。
紫藤が先に寝落ちして、雨柳もすぐに寝息を立てた。
顔はまだ少し強ばってたけど、それでも、ちゃんと眠ってる。
俺はふたりの寝顔を見下ろして、ひとり分だけ余った空気を吸った。
「寝るの、早すぎんだろ……」
思わず漏れた声に、自分で少しだけ笑った。
布団をそっと抜けて、足音を忍ばせる。
――朝起きたら、全部片付いてるといいな。
枕元に“平和”が置いてあって、「なんか知らんけど解決してた」って笑ってほしい。
サンタクロースじゃないけどさ。
そういう届け方が、いちばんいい気がする。
だから俺が行く。
誰にも言わずに、こっそりと。
ちょっと夜の用事を済ませてくるだけ。
静かにドアを開けて、俺はメシアのもとへ――向かった。
◇




