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3.横暴な百花の王


まだ胸がちょっと痛い。

でも、意識ははっきりしてる。目も、ちゃんと覚めてる。

青年が、ふぅっと深いため息をついた。


「……苦しいのは分かったけど、

鬼雷くんが介抱係だからさ、質問は続けるねー」


声は優しいのに、どこか冷たい。

綿で包んだ刃物を渡されたような、そんな感じのトーンだった。


隣で、雨柳(うりゅう) 鬼雷(きらい)が顔をしかめる。


「さすがに、それナトリにひどくないか!?」


声がちょっと荒くなる。でも、それはきっと俺のためだ。

青年は口元だけで、ふっと笑う。

その笑みは優しげなのに、なぜかチクっとくる。


「キミはさ、名取くんを“殺しそこねて”、そのあと死んだ彼をどうしていいか分からなくなった。

……で、俺に頼ったんだよね」


頭の奥が、ズキっと痛む。


――“殺しそこねた”?


一瞬、時間が止まったみたいだった。

その言葉の意味が、うまく飲み込めない。

でも青年は、さらっと続けた。

まるでおとぎ話を読むみたいに、でもその言葉は雨柳の心にぐさぐさ刺さっていく。


「鬼雷くんはさ、ずっと無力。

道臣(みちおみ)に飼われてなかったら、何にもできないんだよ」


その一言で、雨柳の顔がわずかに歪んだ。

悔しさ、怒り、恥ずかしさ……いろんな感情が混ざって、顔が赤くなる。

それでも彼は、ぐっと唇を噛んで、しっかり胸を張って言った。


「オレの悪口で、ナトリを守れるなら――なんでも言えよ!」

……頑固なやつだ。

まっすぐすぎて、損するタイプなんだろう。


「……もう大丈夫だよ、俺は」

喉がまだヒリつくけど、言葉は出せる。


「で、質問って何? 俺、自分で“聞く”って言ったんだからさ、ちゃんと最後まで聞くよ」


「けどよ……」


雨柳が何か言いかけたから、俺は冗談っぽく返す。


「大丈夫だって!

雨柳って、意外と友達思いなんだなー」


自分でも、ちゃんと笑えてないのが分かってる。

でも、少しでも空気を軽くしたくて言ったんだ。

……けど、雨柳は顔をしかめて、舌打ちする。

……ごめん。そんなつもりじゃなかった。


「聞き分けが良くてえらいね、深見名取」


青年が、ぽつんとそう言った。

にやっと笑いながらも、その目にはどこか“試すような色”があった。


「俺はさ、名取くんのこと、守ってあげてもいいよ」


「……守ってもらう気はないよ。

誰かにも、そう言ったことがある……気がする」


「へぇ、それ重要。誰に言ったか、思い出せそう?」


「……難しい」


「つまらない男だ」

青年が少しだけ身を寄せてきた。

ふわっと揺れた長い髪が、俺の手の甲に触れる。ひんやりしてて、やわらかい。


「じゃあ、質問。

……最後に見た景色って、なんだった?」


唐突な問いに、記憶の奥を掘り返す。

喉の奥に、微かな温かさが残っていた。


「……紅茶。飲んでた」


その一言で、青年の表情が変わった。

ジト目の奥に、かすかな影が落ちる。


「へぇ……理事長が紅茶を出すって、あんまりないんだよね。歓迎のときはコーヒー、処分のときは水……妙だなぁ」


俺はふと、ポケットに違和感を覚えた。

指先が触れたのは、分厚いレンズの――瓶底眼鏡。


「……なんだこれ」


取り出して見せると、蝶谷が眉をひそめた。


「あれ、それ……まさか。あの、シカト無口の眼鏡じゃない?」


「シカト無口……?」


「うん。ほとんど誰とも喋らない。近寄っても、完全にシカトされる。

でも、妙に目立つ。瓶底眼鏡に、無表情。ちょっと不気味なとこもある」


「……でも、俺に会いたがってたって言ってた。

ただ、自分でも“忘れてる”って……」


「忘れてる? なにそれ。馬鹿じゃん」


「そう言ってやるなよ。……悪いやつじゃないと思う」


蝶谷の目がわずかに鋭くなる。


「名取くん、念のため言っておくけど――

シカトには、近づかない方がいいよ?」


「……なんでだ」


「俺もけっこうヤバいって言われるけどさ、

あいつは“無差別仇討ち”をやってた《野荒らし》の一人だよ。

春学期のあいだずっと、見境なかった。

“静寂の貴公子”って名前で祭り上げられてたけど、ただの無口でドライな悪魔だよ」


「……そう、なのか」


「まぁ進級ラインの回数で止まったから、今は表面上おとなしい。

でも関わるのは、おすすめしない」


俺は一拍置いてから、しっかり言葉にした。


「それでも、会わなきゃいけない気がする。……根拠はないけど」


「ふぅん……ま、君がそう言うなら。

でもさ、下手に近づいたら、即精神崩壊コースとか普通にありえるよ?

君のこと、観察対象にしたいのに……壊れちゃったら困るなぁ」


蝶谷が苦笑いする。

その横で、雨柳がぼそっと呟いた。


「……鹿島紅葉、か。

確かに、話が通じなそうだよな。あれは」


蝶谷も頷く。


「うん。

ちょっと状況が見えないうちは――幽閉、しといた方が良いねぇ」


「……おい、幽閉って……それはやりすぎだろ」


雨柳の声は小さく、けれど真剣だった。


「流れに付いていけないんだが……」


「今日から君は、“蝶谷(ちょうや) 名取(なとり)”。

蝶谷 夜白、俺の弟ってことで」

言ってる意味が、脳に届くのにちょっと時間がかかった。


「……もっと説明してくれるかー?」


「俺さ、外出ないキャラってことで通ってるからさ。

ちょうどいいでしょ。引きこもり、ふたり分。安心安全♪」


安心どころか、謎と不安しかない。


「……ナトリは、オレと一緒に暮らすんじゃ……」


雨柳がぽつんとつぶやいた。


その声は不安そうで、どこか折れかけていて――

聞いてて、胸がぎゅっとなった。


蝶谷は、その隙を逃さない。

にこっと笑って、まるで答え合わせみたいに言った。


「でもさ、キミって“狩人”の役目でしょ?

白雪姫の話で言えば、裏切り者になっちゃうじゃん。……自分の心配、しときなよ」


雨柳は黙ったまま、ゆっくり目を伏せた。


「……"弟くん"は、どうしたい?」


そう言って、彼が手を差し出してきた。


まっすぐで、震えてなくて――

ただ、ちゃんと“そこにある”手だった。


この手を取ったら、きっと雨柳は笑ってくれる。

ただ、この場面で誰が力を持っているか、ぐらい俺だって分かる。


だから、もし今のせいで、後で雨柳が傷つくなら――


蝶谷(ちょうや)。……お世話になります」


気づいたら、俺は無意識に、蝶谷の手を取っていた。


「ほら、見てこの反応。

やっぱ天才だよね、名取くん」


蝶谷は指を絡めてくる。恋人みたいに。

離そうとすれば、さらに絡めてくる。

まるで実験動物を押さえ込むみたいな、妙な親密さだった。


「……手、放してくれ」


「やだ。今、貴重な“絆形成タイム”だから」


「……なんだそれ」


「じゃれてるだけだし。俺たち、兄弟でしょ?」

何を言っているのか処理しきれなくなって来た。


「“幽閉”って言っても、ただ閉じ込めるわけじゃないよ?

こっちで鍛えてあげるから。安心して壊れて」


「壊れる気はないが……

鍛えるって、どういうことだ?」


「花札。教えてあげる。

君の命が、何に変わるか試してみたいんだよね」


その言葉に、雨柳が立ち上がった。

ちょっと荒っぽい動きで、ドアのほうへ向かう。


「……帰る。様子は、見に来るから。

それくらいの権利は、あるよな」


背中が、ちょっとだけ寂しそうだった。


「また、来てくれるか?」


そう声をかけたら――ほんの一瞬だけ、彼の背中が、すこし緩んだ。


ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。


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