35.冤罪を仇にする鬼
◇
俺たちは――飛び降りた。
一瞬だけ、ふわっと体が浮いた気がした。
でも次の瞬間には――
「っ……!」
ドスンと音を立てて地面に着地。隣で雨柳が小さくうめいた。
「うわ、大丈夫かよ……」
見れば、腕も足も傷だらけ。めちゃくちゃ痛そうなのに、雨柳は何事もなかったみたいに立ち上がる。
「へーき。……行くぞ」
ふらつきながらも、まっすぐ校門の方へ歩いていく雨柳。
俺も急いであとを追った。
門の前まで来て、手を伸ばす。
「……あれ?」
触れない。門に、手がすり抜ける。
「マジか……」
俺が呟くと、雨柳が振り返った。
「そこまでなら、他のヤツも来てたの見たことある」
「じゃあ……この先はどうするんだよ?」
雨柳は少し間をおいてから、ぽつりと。
「……絶対、誰にも言うなよ?」
そう言って、校門に手をかける。
――がらっ。
門が、普通に開いた。
「……開くのかよ!?」
「オレの“願い”、つまり“仇”はな――『全部に無関係でいたい』ってやつなんだよ」
「無関係って……?」
「そう。何が起きても“オレは知らねーし”って思ってきた。だから、学苑の中の効果も、花札のルールも、オレには通じねえ。……巻き込まれない体質ってわけ」
「ちょっと優遇体質なんだな」
「そう見えるかもな。でも、それだけでいろいろ損もしてんだよ。
戦う資格すらないって、逆に言われたこともあるし」
そう言いながら、雨柳は俺の背中をポン、と押す。
「ほら、名取。行ってみろよ。これなら行けるだろ?」
「……行けたら、いいけど……」
恐る恐る、一歩踏み出す。
――が、その瞬間。
バッ。
俺は、また門の中に立っていた。
「っ、なんでだ……!?今、外に――」
「……戻ってる、だと?」
雨柳が困惑した表情で俺を見る。
「これでさ、前に人を逃がしたことあるんだよ。ちゃんと。なのに、名取だけ……なんでだ……?」
「……あー、たぶんそれ、俺のせい」
「は?」
「俺、誰かの“仇”そのものらしいんだよ。……“俺に会いたい”って願ったヤツがいるらしくてさ。そいつの願いがまだ消えてないってことじゃね?」
「……ってことは、お前はそいつに会うまで、ここから出られないってわけか」
「まあ、たぶん」
「ふーん……。で、そのせいで名取がこんな目に遭ってんのにな?」
「言ってやるなよ」
「言うに決まってんだろ。名取の人生だぞ?なんで他人の願いで、名取がこんなに苦しんでんだよ」
「……でもさ。そこまでして“会いたい”って思ってくれるなら、俺はそれでいいかなって」
俺が笑うと、雨柳はぴたりと足を止めた。
それから、こっちを見て――真顔で言った。
「名取」
「ん?」
「“俺のことはいい”って、もう言うな」
「……え?」
「オレは名取が大事なんだよ。
だから、オレの大事なものを“どうでもいい”みたいに言われんの、めっちゃムカつく」
「……」
「お前は、大事にされるべき人間なんだよ。
だから、自分のこと、ちゃんと大事にしろ」
「……何だ、いきなり?」
「はぁ……。やっぱ分かってねぇな。まあいっか」
雨柳はため息をついて、頭をかいた。
そして、ぼそっと呟いた。
「別の方法で、名取を連れ出さねぇとな……」
◇
それから、いろいろ試したけど――駄目だった。
門を強行突破してみたり、雨柳に背負ってもらってみたり、花札の札をすり替えるマネまでやったけど、結局俺は門を越えられなかった。
空はいつの間にか暗くなっていて、星が少しだけ滲んで見える。
ふたり並んでベンチに座りながら、俺たちは黙っていた。
虫の声が響く中で、雨柳がぽつりと口を開く。
「……どうする?そろそろ、あの場所に戻っておいた方がいいか?」
“あの場所”ってのは、あの監禁部屋のことだ。
今ごろ、蝶谷が気づいてるかもしれない。
戻らなきゃ――って気持ちと、戻りたくないって気持ちが、胸の中でぐるぐるしてた。
ちょっと考えてから、俺は言った。
「……一晩だけ。お前んとこで世話になってもいいか?」
雨柳は、ぱちっと瞬きをした。
――それから。
嬉しそうな顔をして、こくりと頷いた。
「……っ、ああ。うん。もちろん!」
噛みしめるように言って、ちょっとだけ声が弾んでる。
「サダクローの時の服、いっぱいあるし!ソファベッドも、ちゃんと用意してある!
……あ、歯ブラシも買ってある! いや、使ってないやつな!?新品!!」
「……お前さ」
思わず、呆れて笑ってしまう。
「本当に、寝てた時の俺で同棲ごっこしてたんだな……。ちょっと引く」
「いや、違うって!“いつか起きたら使うかも”って思っただけで!」
「言い訳が余計に引くんだが……」
とは言いつつ、なんか――少しだけ、気が楽になった。
逃げられなかった今日が、ほんの少しだけ報われた気がした。
◇




