表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/68

35.冤罪を仇にする鬼


俺たちは――飛び降りた。


一瞬だけ、ふわっと体が浮いた気がした。

でも次の瞬間には――


「っ……!」


ドスンと音を立てて地面に着地。隣で雨柳が小さくうめいた。


「うわ、大丈夫かよ……」


見れば、腕も足も傷だらけ。めちゃくちゃ痛そうなのに、雨柳は何事もなかったみたいに立ち上がる。


「へーき。……行くぞ」


ふらつきながらも、まっすぐ校門の方へ歩いていく雨柳。

俺も急いであとを追った。


門の前まで来て、手を伸ばす。


「……あれ?」


触れない。門に、手がすり抜ける。


「マジか……」


俺が呟くと、雨柳が振り返った。


「そこまでなら、他のヤツも来てたの見たことある」


「じゃあ……この先はどうするんだよ?」


雨柳は少し間をおいてから、ぽつりと。


「……絶対、誰にも言うなよ?」


そう言って、校門に手をかける。


――がらっ。


門が、普通に開いた。


「……開くのかよ!?」


「オレの“願い”、つまり“仇”はな――『全部に無関係でいたい』ってやつなんだよ」


「無関係って……?」


「そう。何が起きても“オレは知らねーし”って思ってきた。だから、学苑の中の効果も、花札のルールも、オレには通じねえ。……巻き込まれない体質ってわけ」


「ちょっと優遇体質なんだな」


「そう見えるかもな。でも、それだけでいろいろ損もしてんだよ。

戦う資格すらないって、逆に言われたこともあるし」


そう言いながら、雨柳は俺の背中をポン、と押す。


「ほら、名取。行ってみろよ。これなら行けるだろ?」


「……行けたら、いいけど……」


恐る恐る、一歩踏み出す。


――が、その瞬間。


バッ。


俺は、また門の中に立っていた。


「っ、なんでだ……!?今、外に――」


「……戻ってる、だと?」


雨柳が困惑した表情で俺を見る。


「これでさ、前に人を逃がしたことあるんだよ。ちゃんと。なのに、名取だけ……なんでだ……?」


「……あー、たぶんそれ、俺のせい」


「は?」


「俺、誰かの“仇”そのものらしいんだよ。……“俺に会いたい”って願ったヤツがいるらしくてさ。そいつの願いがまだ消えてないってことじゃね?」


「……ってことは、お前はそいつに会うまで、ここから出られないってわけか」


「まあ、たぶん」


「ふーん……。で、そのせいで名取がこんな目に遭ってんのにな?」


「言ってやるなよ」


「言うに決まってんだろ。名取の人生だぞ?なんで他人の願いで、名取がこんなに苦しんでんだよ」


「……でもさ。そこまでして“会いたい”って思ってくれるなら、俺はそれでいいかなって」


俺が笑うと、雨柳はぴたりと足を止めた。


それから、こっちを見て――真顔で言った。


「名取」


「ん?」


「“俺のことはいい”って、もう言うな」


「……え?」


「オレは名取が大事なんだよ。

だから、オレの大事なものを“どうでもいい”みたいに言われんの、めっちゃムカつく」


「……」


「お前は、大事にされるべき人間なんだよ。

だから、自分のこと、ちゃんと大事にしろ」


「……何だ、いきなり?」


「はぁ……。やっぱ分かってねぇな。まあいっか」


雨柳はため息をついて、頭をかいた。


そして、ぼそっと呟いた。


「別の方法で、名取を連れ出さねぇとな……」



それから、いろいろ試したけど――駄目だった。


門を強行突破してみたり、雨柳に背負ってもらってみたり、花札の札をすり替えるマネまでやったけど、結局俺は門を越えられなかった。


空はいつの間にか暗くなっていて、星が少しだけ滲んで見える。


ふたり並んでベンチに座りながら、俺たちは黙っていた。


虫の声が響く中で、雨柳がぽつりと口を開く。


「……どうする?そろそろ、あの場所に戻っておいた方がいいか?」


“あの場所”ってのは、あの監禁部屋のことだ。

今ごろ、蝶谷が気づいてるかもしれない。

戻らなきゃ――って気持ちと、戻りたくないって気持ちが、胸の中でぐるぐるしてた。


ちょっと考えてから、俺は言った。


「……一晩だけ。お前んとこで世話になってもいいか?」


雨柳は、ぱちっと瞬きをした。


――それから。


嬉しそうな顔をして、こくりと頷いた。


「……っ、ああ。うん。もちろん!」


噛みしめるように言って、ちょっとだけ声が弾んでる。


「サダクローの時の服、いっぱいあるし!ソファベッドも、ちゃんと用意してある!

……あ、歯ブラシも買ってある! いや、使ってないやつな!?新品!!」


「……お前さ」


思わず、呆れて笑ってしまう。


「本当に、寝てた時の俺で同棲ごっこしてたんだな……。ちょっと引く」


「いや、違うって!“いつか起きたら使うかも”って思っただけで!」


「言い訳が余計に引くんだが……」


とは言いつつ、なんか――少しだけ、気が楽になった。

逃げられなかった今日が、ほんの少しだけ報われた気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ