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34.後悔仕掛けの強制脱出


それから、数日が経った。


あの少年は、助けるみたいなことを言っていたけど。

……とりあえず、何も起こらなかった。


蝶谷も、なぜか姿を見せない。

静かすぎるくらい静かで、俺一人だけがこの塔に置き去りにされてる感じがして。


誰も来ない。何も変わらない。

さすがに、ちょっと……挫けそうだ。


逃げられないこの部屋が、今の俺の“全部”だった。

せまくて、冷たくて、時間だけが擦れていく。


――カチャ。


小さな金属音に、反射的に顔を上げた。


……また、あの少年か? 

けど、足音がいつもより重い。妙に、引きずってるみたいな――

ギィィ……と、鉄の扉が重たく軋んで開いた。


「……この鍵、マジで開くんだな……」


扉の隙間から入ってきたのは――雨柳だった。


目が合った瞬間、息が詰まった。

気まずい。……なんとなく、視線を逸らしてしまう。


でも、それ以上に気になったのは――

彼の顔。頬の傷。手の甲のすり傷。ひっかいたような痕、殴られたみたいな腫れ。


痛みを与える場所を、ちゃんと選ばれてる。

目立たないところばかり、わざと狙ってやられてる。そういう“やり方”だ。


「……どうした、その傷」


思わず、声が出た。

怒りでも同情でもなくて――ただ、聞かずにはいられなかった。


「ん? あー……」

雨柳が頭を掻きながら、へらっと笑う。


「メシアの取り巻きに、“教育的指導”受けたって感じ?」


軽く言ってるけど――近くで見たら、全然“軽く”なんかない。

ボロボロだった。顔の横、手の甲、肩口。

殴られたんじゃなくて、“調整された暴力”の痕。わざと、だ。


「……この学苑って、花札で勝負つけるんじゃなかったのかよ」


俺が呆れ気味に言うと、雨柳は肩をすくめた。


「上はそうだな!

でも下は……“花札覚える前に拳覚えろ”ってノリのやつ、結構多いんだわ」


笑ってるけど、その目はちょっと――濁ってた。

言い慣れてるんだろうな、こういうの。


「……暴れたら、勝てたんだろ。なんで黙ってた」


「暴れたら、ナトリに迷惑かかるからな」


ぽつりと、静かに返ってくる。

そして、少しだけ言い直す。


「……って、ああ、なんか今の、ナトリのせいみたいな言い方だったな」


そうじゃないのは分かってる。でも――

“俺のせいで”って言われるより、正直キツかった。


「……ごめん」


「謝んなって。オレが勝手にやったことだろ?

……けど、まあ。この状態、ずっとはダメだなって思ってさ」


そう言って、雨柳はポケットを探って、何かを取り出す。


「ほら、これ」


小さな金属の束――塔の鍵だった。


「……なんで雨柳がそんなもん持ってんだよ」


「通りすがりのタヌキに渡された。“名取くんのこと、よろしくね”って言ってな」


「タヌキ……?」


「うん。なんか最後に頭ぽんぽんされて、“じゃ、任せた”って」


「誰だよそれ……聞き覚えあるような、ないような……」


「え? タヌキはタヌキだろ?

撫でてきたし、たぶん悪いヤツじゃない!」


「……お前、それで信用すんの? チョロすぎるって……」


「でもな?」

雨柳が少し声をひそめて言う。


「今ここにオレが来れてるのも、タヌキが“逆らったら仇討ち相手にするよ”って一言言っただけで、全員黙ったからだぞ」


「……」


「マジで、全員。サァーッて散った。あいつ、ヤバいくらい強ぇ……」


俺はしばらく黙って、それからもう一度言った。


「……だから、誰だよタヌキって」



雨柳は、笑いもせずに言った。


ちょっとだけ黙って、それから――ぽつんと、続ける。


「一応な。

ナトリに嘘吹き込むやつとか、怖がらせるやつとかいたらウザいから……先に言っとくわ。

時間ある?」


「……蝶谷が帰ってくるまでは、大丈夫」


「んじゃ、よかった」


雨柳は、ポケットに手を突っ込んだまま、ぼそっと言った。


「ナトリの遺体を見せられてさ、"処分しとけ"って言われたんだよな」


「……処分? いやいや、ちょっと待って。何の話だ?」


俺が眉をひそめると、鬼雷は続ける。


「だからまあ、名取を殺し損ねたってのはホント。

死んだ名取を、蝶谷に頼んで復活させてもらったんだ」


「……復活? え、復活って……ほんとに“生き返った”ってことか?」


うまく飲み込めなくて、思わず確認する。


「そうそう。だってさ、死んだナトリ、何週間かサダクローと一緒に暮らしてたんだよ」


「は? いやいやいや、ますます意味がわからないんだけど……」


混乱しきってる俺を気にも留めず、鬼雷はふっと目を細めた。


「いや、オレにとってはさ、"どこにも行かない友達"ってだけで、もう満点だったんだよ。

死体って、わりと都合良かった」


「お前……サラッと言ってるけど、なかなかヤバいこと言ってるぞ……」


「ははっ、だろー? でもさ、ナトリの空気、落ち着くんだよ。不思議と」


ふざけた調子のままなのに、ちょっとだけ寂しそうで。


「……それで腐らなかった?」


「そうそう! まっっったく腐らねぇの。これ、なんかあるなって思って。

でさ、蝶谷っているだろ? 変人で、科学者で、ちょっと芸術家でさ」


「……ああ、あいつなら確かに、“動くかもしれない死体”とか、面白がりそうだな」


「そうなんだよ! だから持ってった。

そしたら蝶谷、めっちゃノってきてさ。」


「あー、だから、あのとき、二人いたのか」


俺がぽつりと呟くと、鬼雷は小さく笑った。


「でもさ、復活させたいと言ったはずなのに、名取を蝶谷に持ってかれた。

だから、“おかえり”って言ったのも、あれ、そういう意味だったんだよ」


「……そっか」


「でもさ、ナトリがさ、普通に“ただいま”って返してくれたじゃん?

あれだけで、なんかもう、報われたっていうかさ」


「……それ、重くないか?」


「うっせぇ! オレには初めての友達だったんだよ! 許せよ!」


そう叫んだ鬼雷の顔は、どこか必死で――なんか、俺はそれ以上何も言えなかった。


「……それでさ、ナトリ。今の生活って、楽しいか?」


不意に聞かれて、返答に詰まる。


「……楽しいかは、わからないけど。

処世術は、教わってる。生き残るためのやつを」


「そっか。……無理すんなよ、マジで」


その声が、やけに優しくて――

俺は、ちょっとだけ目を伏せた。


「よし、外出るか!」


「……外出るって、どういう意味だよ」


「抜け出すに決まってるだろ? 鍵、持ってるからな」


「お前、それやったら本当に終わるぞ。バレたら……」


「オレが終わっても、お前は終わらないだろ?」


「――ふざけんなよ」


思わず、声を荒げた。


「俺は……俺は、お前も、卯月も、守りたいんだ」


雨柳が足を止める。そして、あきれたように笑った。


「は? 名取、お前さ……この学苑の“名簿”にすら載ってねえんだろ? どうやって守るんだよ」


「っ……」


「人権もねぇ、存在すら認められてねぇ奴が、何言ってんだよ」


その言い方が――どうしようもなく、腹が立った。


「じゃあ、お前は守れんのかよ!」


俺は叫んだ。


「お前だって……花札、できねぇだろ」


「……!」


「花札知らねぇ奴が、人なんか守れるかよ。 ここはそういう場所だ」


わかってる。

子どもみたいな言い方だった。

でも、悔しかった。言わなきゃ、どうしようもなかった。


「それでも……オレは!」


怒鳴り返そうとした雨柳に、俺は一歩詰め寄る。


「花札どころか、存在すら認められてねぇ! メシアのペットみてぇに扱われて!」


「うるせぇな……!

分かってんだよ、そんなの!」


「だったら――」


「分かってんだよ!!!」


声が裏返った。


「臣ちゃんにすら花札やめろって止められてるよ、オレは。

役立たずの無能だよ……!」


言った瞬間、喉の奥が焼けるように痛んだ。


「……」


沈黙が落ちる。

怒鳴り合ったあとに残るのは、後悔と、呼吸の音だけだった。


しばらくして、雨柳がぽつりとこぼした。


「……じゃあ、せめて一回くらい、外の空気吸わせろよ」


「……は?」


「首輪の鍵、開けるから」


そう言って、鍵を取り出すと俺の首元に手を伸ばしてきた。


「ちょ、待て……! 本気か!?」


「うるせぇ、黙ってろ」


カチリ。

首輪が外れた。ずっと首に馴染んでいた重さが、ふっと消えた。


「おい、ちょっと……おい! ここ、美術塔の最上階だぞ!? 馬鹿かよ!」


「知ってる。馬鹿は高いところ好きなんだよ。

めっちゃ高ぇな。良い眺めだろ?」


「いや死ぬだろ!? やめろよ!」


「オレ、丈夫だから。骨折るくらいで済むって」


言いながら、雨柳は俺の身体をぐっと抱え上げる。


「やめろってば! ふざけんなよ! おい、マジで……!」


暴れようとしたその瞬間、雨柳が叫んだ。

「……また、オレの手、取ってくれねぇのかよ!!」


動きが、止まった。


その言葉が――胸の奥に、深く突き刺さった。


あのとき。

差し出された手を、俺は……見なかったふりをした。

自分を守るために。

後悔してる。今でも、ずっと。

忘れられないでいる。


「……っ」


苦しくて、力が抜けた。

もう、暴れることもできなかった。


俺が静かになったのを感じて、雨柳は、小さく――ふっと笑った。


安堵。

それと一緒ににじんだ、罪悪感と、どうしようもない寂しさの混ざった、

……痛いほど優しい笑みだった。


「……オレだってさ、名取と卯月、守りてぇって思ってんだよ」


「……」


「でもさ、自分がどんだけ弱ぇか……ちゃんと分かってんだ。

ほんと、悔しいくらいにな」


そっと、俺を抱き直す。

その腕が、少しだけ震えていた。


「でも、オレには力だけはある。

暴力っていう、最低で、嫌われて……それしかないけどさ」


「……」


「それでも――」


言葉に詰まりそうになりながら、それでも、まっすぐに言ってくる。


「お前ら二人だけが、オレのそばにいてくれるんだ。

だから……オレの世界を、守らせろよ」


そのまま俺を抱えて、

雨柳は――


迷いも、ためらいもなく、

美術塔の高みから、風に向かって跳んだ。



ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。


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