32.約束は果たすまで、果てない事を分からせる
◇
……気がついた時、まず視界に入ったのは、天井だった。
どこまでも静かで、やけに――無機質。
「……っ」
身体を起こそうとした瞬間、重たい鎖のような鈍さが背中を引いた。
鈍い頭痛。ぼんやりとした感覚。
……そして、思い出した。
紫藤が――連れて行かれたこと。
雨柳が、動けなかったこと。
俺が――何もできなかったこと。
「やっと、起きたね」
声がした。
ゆったりと、まるで午後の紅茶の時間みたいに。
そのテンポが、逆に怖いくらいだった。
「……蝶谷」
喉がひりついていたが、名前ははっきり出た。
ベッドの傍らにいたのは、長い髪の男――蝶谷 夜白。
その瞳は笑っていたけれど、底は見えなかった。
「……どうして……」
「うん?」
「どうして……こんなこと、するんだよ」
自分の声が、かすれていた。
でも、怒りははっきりとあった。
訳が分からない。
記憶だってない。
何も望んで、ここに来たわけじゃないのに――。
「俺は……!巻き込まれただけだろ……!
記憶も、ないんだよ!?
俺がこの学苑で、誰かと一緒に暮らしてた?鬼雷と?
そんなの、知らない!
なのに、なんで……!」
声が止まらなかった。
言いたくなかった。
けれど、怒りが堰を切ったようにあふれ出す。
「やっと、山田に会えたんだ……!雨柳とも普通に話せた。
“生徒”として、ここで生きられるかもしれないって、思ったのに……っ!
なんで、お前が俺を――連れてくるんだよ!!何様だよ、蝶谷!」
蝶谷はただ、穏やかに瞬きを一つしただけだった。
そして、まるで子どもに話しかけるような声で言った。
「学校ってさ、社会の縮図って、言うよね」
「……は?」
「集められて、ルール作って、順位が決まって……
勝ったやつが、自由になる。
――それが、この場所だよ」
「なに言って――」
「つまり、ここは“実験場”なんだ。
自由に見せかけて、誰が残るか、誰が使い捨てられるか。
全部、試されてる」
ふわりと笑う蝶谷。
わからない。
けれど、彼の口から出る“当たり前”は、否応なしに突き刺さった。
「俺、教えたよね。札の打ち方、勝ち方。
……あれがなければ、名取くんは“ただの犠牲者”で終わってた」
「だからって――!」
「でも君は、自分から勝ちには行かなかった。
守ろうとして、縋って、結局……何もできなかった」
その声は、眠たげなまま。
けれど、言葉の奥にあるものは、残酷だった。
「“自由”はね、勝者にだけ許される。
負けた人に、選ぶ権利なんてないの」
「……っ!」
「だから、ここからは――」
蝶谷はゆっくりと笑った。
「“俺のやり方”に付き合ってもらうよ。
君を“壊す”としても、ちゃんと“使える形”で、生かすためにね」
――その優しさが、何よりも怖かった。
カチッ。
金属の音が、耳を刺した。
「……え、なにこれ……」
「首輪」
「は?」
「そういう関係、ってことで」
――首筋に冷たい感触が貼りつく。
革と金属。
そして、天井から――鎖が伸びていた。
「……嘘だろ……」
「出られないよ。この部屋から」
蝶谷はさらりと頷いた。
「鎖の長さは“塔の中”だけって決めてある。
外には出られない。仇討ちも行けない。
会える相手も、俺が決める」
「……おい、ふざけんなよ……!」
「食事と着替えは届けるよ。
お風呂は週に二回、見張り付きで許可するね。
誰かに会いたくても、申請しない限り却下。
……たとえ申請しても、俺が“ダメ”って言ったら、終わり」
口が開いたが、声にならなかった。
「やめろ……やめろよ……っ!!」
叫ぶ。震える。
怒りじゃない。恐怖だった。
「君を、守るためだよ」
蝶谷の声は、いつもと変わらない。眠たげで、やさしい。
「君は誰かのために壊れるタイプだよ。
だったら、せめて……壊す側くらい、俺に選ばせてよ」
「そんなの――勝手だ!」
「うん。勝手だよ?」
心の底から楽しそうに、蝶谷は笑った。
「でもね、君がどこかで壊れるくらいなら――
俺の目の前で、壊れてほしい」
「一番いい席で、最初から最後まで、全部見ていたいんだ。
……“管理下で”、ね」
その一言で、名取の体温が、すうっと下がった。
未来を、壊される予定が――もう、組まれていた。
「嫌なら、俺と仇討ちして勝って。
……って言いたいとこだけど。
君と戦いたいって人がいてね。
俺は、後回しでいいや」
くすくすと笑う蝶谷。
その瞳だけが、どこまでも本気だった。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。
もしよければ、下にある「☆☆☆☆☆」から作品の評価をしていただけると嬉しいです。
面白かったら★5つ、合わなかったら★1つでも大丈夫です。正直な感想をお聞かせください。
それからブックマークしてもらえたら、ものすごく嬉しいです。
「続きが気になる」と思ってもらえたことが、何よりの励みになります。
どうぞ、よろしくお願いします!




