29.なんでバレてないと思ったんだ × 俺達 + 誰か
◇
「……にしてもさ」
雨柳がふと思い出したように顔を上げた。
「名取って、卯月のこと“山田”って呼んでるよな。あれ、なんで?」
唐突な質問に、飲みかけのジュースが喉に引っかかりそうになった。
「……ああ、それは……本人がそう名乗ったから、だな」
「へえ~……」
雨柳は妙に納得した顔でうなずいて――にやっと笑う。
「ライラック山田って、なんか……カッコよくないか!?」
「はっ!?」「えっ……!」
俺と山田、なぜか同時にむせかえる。
……ていうか、なんで俺のほうが動揺してんだ。
山田もそれに気づいてさらに動揺してる。もうぐちゃぐちゃだ。
「……なんで二人して固まってんだよ」
フォーク持ったまま、雨柳が不思議そうに首をかしげる。
「名取はまだしも、卯月は自分で名乗ってたんだろ?素直に喜べばよくね?」
「だって……だって、何を隠そう!」
山田が急に立ちかけて、胸に手を当てて宣言した。
「ボクが……藤シマの主牌だからです!」
ドヤァッ。
――空気が、一瞬止まった。
「……え?」
「……今の、必要だった?」
「……いや、でも、山田の花札……藤の家紋ついてたよな」
俺が記憶を辿って言うと、雨柳は一瞬ぽかんとして――吹いた。
「無理……!あははっ、笑うだろ、こんなの…!!
“何を隠そう”って……隠す気、最初からなかっただろ、ライラック!」
「隠そうとしてたんですぅぅうう!!」
山田はやけくそ気味に叫んで、勢いよく椅子に沈み込む。
「札はね!?藤のしか使わないって決めてるんです!
家紋入りの特注品なんです!分かってたなら言ってくださいよぉぉ!」
「いや~、だって名取に“山田”って呼ばれてたから、てっきりただの貴族風ニックネームかと」
「"風”じゃないんです!!本物なんですっ!!」
「山田、早めに言っておけば良かったな」
「もういいです!!」
山田は顔を真っ赤にして、メニューを盾のようにして自分の顔を隠す。
でもその姿があまりに“らしくて”、俺は思わず肩の力が抜けた。
「……っていうか改めて確認だけど。山田、お前ほんとに主牌だったのか」
「その“改めて”が失礼なんですよぉ!!」
「まあ、主牌っていうより……いいやつ枠だしな」
「不服なんですけど!?甘いもの食べて現実を忘れます!!」
山田が突然ピシッと背筋を伸ばし、すっとメニューを持ち上げる。声がやけに凛々しい。
「では、“濃厚エスプレッソをまとった金木犀のジュレと月見団子のミルフィーユ仕立て~藤の花弁を添えて~”をお願いします!」
「……なげぇよ」
俺が二度見して言うと、
「花弁しか覚えてねぇ」
と、雨柳。
「これが……風情です」
山田がどこか勝ち誇ったように微笑んで、ゆっくりとメニューを閉じた。
その仕草が妙に貴族っぽくて――また俺たちは、つい笑ってしまうのだった。
◇
「そういえば、名取くんの師匠って……蝶谷 夜白のことですよね?」
唐突に、卯月が目をきらきらさせながら乗り出してきた。
……なんだそのテンション。
食いつき方がもはやファンのそれだ。
「性格悪いっていうか……やたら観察してきて、嫌なとこ見抜いてくるタイプだろ?
ナトリが傷付いてるのにズケズケとさあ?」
静かに口を開いたのは雨柳だった。
その声は意外にも、ストレートで真面目だった。
「……でも、まあ。あの時が最低だったと思うぞ?
話すとわりとゆるい。距離の詰め方はおかしい。
あー……何だろうな、変な奴。
悪い。変な奴だった」
「そうだろ?変な奴なんだよな」
「変……?変ってレベルじゃないですよ!?」
山田が一気にヒートアップする。
目の輝きが倍になった。こわい。
「あの人、塔の上から一歩も出てこないくせに、副牌に仇討ちさせて、中~上位シマキープしてるんですよ!?
戦わずして勝つって……もはや“塔の妖怪”ですよあれ!」
「妖怪て」
「いや、妖怪で合ってます!仇討ち指示だけ飛ばして、あとはずーっと塔の中で静かにしてて、気づいたら順位上がってるんですから!
何ですか、あの存在感と策略力と不健康そうな美貌のトリプルセット!」
「褒めてんのか、怖がってんのかどっちだよ……」
副牌に仇討ちさせて――
その一言が、妙にひっかかった。
……あおがいない。
俺を監視しているはずの“副牌”が、ここにいないということは――
ほんの少し、胸の奥がざわついた。
その瞬間だった。
――“空気”が変わった。
気温とかじゃない。
温度計じゃ測れないやつ。
まるで、世界の背景そのものが、急に切り替わったみたいな。そんな感じ。
ほんの一瞬、呼吸の仕方を――忘れた。
「――やあ。俺の、かわいい弟くん」
耳元に落ちてきたのは、聞き覚えのある、軽やかな声。
ゾクッと、背中を氷でなぞられたみたいに冷たくなる。
思わず、反射で振り返る。
そこにいたのは――
「ちょうど俺の話で盛り上がってたってことは……もしかして俺、有名人?」
ふわっと笑って、指を立てる。
「ねえ、サインいる?
今なら特別価格、10万円だよ」
艶やかな黒髪を揺らす青年。
制服の裾が、無風のはずの空間でふわっと揺れている。
その目の奥には、まるで蝶がひらひら舞ってるみたいな光があった。
静かで、綺麗で、意味がわからなくて、でも――危ない。
あの目を見た瞬間、理解した。
蝶谷 夜白。俺の“師匠”。
静かで綺麗な見た目。
でも、その顔を見るたびに、呼吸が浅くなる。
その問いかけに、背筋がぴしりと凍りつく。
――そして。
「……鬼雷くん。
今、君の目の前で起きていることを――君自身の“言葉”で説明してもらえますか?」
静かで優しい声なのに、逃げ場がない。
背後から、空気の“密度”が変わるような気配が近づいてくる。
まるで、呼吸の隙間さえ許されないみたいに。
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