29.臣ちゃんと鬼ちゃんとタヌキ
◇
そんな冗談を言い合っていた時――
近くのテーブルから、ぼそぼそと聞こえてくる声が耳に入った。
「……小野様って、裏だと性格キツいって話、マジ多いよね」
「うん。見た目からして怖いもん」
「仇討ちに勝った時も、なんか“恩に着せる感”すごかったし」
「この前ちょっと話しかけられたけど、目が……あれは完全にボスの目……」
聞こえた瞬間、雨柳が小さくため息を吐いて、俺たちにだけ聞こえるようにぼそっと言った。
「あー……悪い。あれ、柳シマの連中。
最近、メシアが目立ってるせいで、臣ちゃんの株がガン下がりなんだよなー」
「身内の人間関係、大変そうだな……」
「シマって、信頼と忠義の集まりじゃなかったのかよ」
「だからこそ、陰口ひとつでグラつくんですって」
「貴族制あるあるだな……」
少しだけ苦笑しながら、俺たちはそっと視線を下げる。
だが、その動きで、見つかった。
「鬼雷くんも、大変じゃない?
小野様に絡まれていること多いしさー」
いきなり話を振られた雨柳はわずかに眉を動かしつつ、めんどくさそうに答える。
「まあ……慣れてっからな」
それだけ言って、水をひと口。
端の席の生徒たちは「あっそ」って感じの薄い反応だけ返して、またコソコソ話に戻っていった。
「……最近、ああいうの本当に増えたな」
天井を見ながら、雨柳がぼそっとつぶやく。
「メシアが煽ってんのか、なんなのか……。
文句言いたくなる気持ちは分かるけどよ。
臣ちゃんが見た目に反して“制裁ガチ勢”なのなんて、最初からだろ」
「柳シマの事情は分かりませんが……そう、なんですね」
「事実だしな。オレ、柳シマのパシリ担当だぞ。
今さら“怖かった”とか言われても、"え、今?”ってなる」
「ていうか、"小野 道臣”を“臣ちゃん”呼びしてるの、わりと衝撃なんですが……」
「いいだろ? 臣ちゃんと鬼ちゃん」
「いや、並べるとゆるキャラ感すごいけどな」
「ナトリ、今かなり畏れ多いこと言ってるからな?」
「雨柳が、臣ちゃんと鬼ちゃんって言ったことが始まりだからな?
で。その小野 道臣って、どんな人なんだ?」
俺の問いに、雨柳は少し考えてから、妙にざっくりした言い方をした。
「んー……"筆を持った書道家風の主牌”?
けど、バッティングセンターで不満言いがちだな!」
「……この学苑、バッティングセンターあるのかよ」
「うん。数年前の萩シマの主牌がの"仇"が『野球してから帰らせろ』、でしたからね。
それが真実になって、いまや立派な球場つきです」
「……学苑って願いの精霊か何か?」
「わりとそんな感じです。"仇"を真実にすれば、施設が増えます。
2つ以上の仇を真実にするだけで叶うので、お手軽だったはずですよ!」
「……じゃあ、あの塔も“仇”でできたってことか?」
「ん? 蝶谷のいる美術塔? 多分そうだろ!
"塔が欲しい”って言うのは分かる」
「……蝶谷? 名取くん、牡丹シマだったんですか?」
山田が驚いた顔で俺を見る。
「気づいたら、そうなってた。気づいたら、な」
「えっ……じゃあ、猫が副牌してるって、ほんとですか?」
「……あー……ああ! それ、本当だからな!?
俺が一番混乱してるんだよ! 副牌、ガチの猫だぞ!」
言ってる本人が一番混乱してる。
でも、事実だ。たぶん。
山田と雨柳は、目を見合わせて――揃って首をかしげた。
「……つまり、着ぐるみとかじゃなくて?」
「ああ、タヌキか!」
「おい、雨柳。なに勝手に別の動物にしてんだ。
猫だっつってんだよ、猫! 生!の!猫!」
「……はい、嘘ですね。情報ソース、出してください。
どうせ猫耳メイドとかだったりして」
「……それは俺が蝶谷に着せられたやつだ。
ついでに蝶谷も着てた」
「……」
「……」
「うわあ……牡丹シマ、怖っ」
「引くのやめろ。今の空白の"間"が一番刺さるから」
「ナトリ、猫耳メイド着たのか?」
「お前はワクワクするなよ」
「いや、似合いそうじゃん。ナトリ、何でも似合うタイプだろ?」
「……初めから思ってたけど、雨柳、お前の俺への信頼ってどこから来てんの?」
「顔」
「即答かよ」
キョロキョロと辺りを見回す。……あおがいない。
「名取くん……ちょっと、疲れてません?」
「違う! 俺の理性は、ちゃんと!起きてるから!!」
なのに。
山田の目は完全に、やばい人を見る目になっていた。優しさ込みでタチが悪い。
と、そのとき――雨柳が思い出したように口を開いた。
「……いや、でもオレ、あいつのこと“タヌキ”って呼んでたし」
「なんでだよ!?」
「顔がちょっと、ぽやんとしてるから……?」
「いや、だから猫なんだってば!!」
「うーん……熱ありますか?」
「収集が付かないな!!」
助けてくれ。
本当に、真実を語ってるのは俺だけなのに。
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