28.小さな等身大の王様ゲーム団体戦
◇
「願いが“消える”わけじゃないんです。
――自分の力でなんとかすればいいだけ、ってことですから」
山田は、いつもの調子で笑っている。
強がってるのか、本当に余裕なのか。
「……そんな簡単に割り切れるもんなのかよ」
俺がぼそっと返すと、卯月はケロッとした顔で言ってくる。
「割り切れないから、笑うんですよ?
ね? 大人っぽい名言っぽくないですか?」
「っぽくはあるな。中身があるかはともかく」
「ひどくないですか!? わりと渾身だったんですけど!」
そう言いながらも、卯月は優雅にナイフでステーキを切っていた。
なんかこういう時だけ、貴族オーラ出してくるの、地味にムカつく。
「……仇花になったら、それで終了ってわけなんか?」
「いえいえ、ちゃんと“敗者復活戦”ありますよ。
しかも、理事長面談付き」
「再入学試験みたいだな」
「はい。仇花になった人は、理事長と“個人面談”できるんです。
条件が合えば、新しい仇をもらえることも」
「つまり、やり直しできる……?」
「理論上は、ですね。
でも実際には――仇花になった人の半分くらいは、自主退学を選ぶそうです」
「半分も?」
「仇花って、"願いが一気に遠ざかる”感じがして、結構キツいんですよ。
それまで“支えてもらってた”のが、突然ゼロになるわけですし」
「……まあ、人って希望が消えかけると脆いよな」
「で、しかもですよ」
山田は、何気ないふうにスプーンを指でくるくる回しながら続ける。
「この学苑、退学すると――在学中の記憶が全部消えます」
「は?」
「仇討ちのことも、友達のことも、願いすらも。まっさら。
朝起きたら“夢だったのかな?”みたいな感じで日常に戻ってます」
「え、じゃあ……普通の高校生活に戻るってこと?」
「そう。でも――それでもまた戻ってくる人、いるんですよ。
何も覚えてないのに、なぜか“ここに戻らなきゃ”って思っちゃう人」
「……怖。都市伝説かよ」
「本能で来るんですよ。魂に引っ張られる感じですかね?」
「いや軽く言ってるけど、それ相当怖い話だぞ」
「まあまあ。願いって、そういうもんですから」
“そういうもん”に込められてるものが、かなり重いんだろうな。
「で、卯月の仇花、いくつあるんだよ」
雨柳が思い出したように口を挟んでくる。
「覚えてるのは……1つ? でも、理事長に言われました。忘れてるのが2つあるって」
「合計3!? 達磨ギリギリじゃねぇか!」
雨柳がフォークを落としそうになる。俺もつられて固まる。
「本当に大丈夫なのか?」
「少し落ち込んでた時期もありましたけど! 今はもう、開き直ってます!」
山田は肩をすくめて笑った。
「でも不思議なもんで、笑ってると勝てるんですよね。
昔はもっとこう、貴族らしく“願いのために”みたいな感じだったんですけど――力みすぎて空回りしてて」
「確かに前まではおしとやかな感じだったよな、卯月って。
こんなにうるさい奴とは思ってなかった!」
「煩いとはなんですか!全くもってその通りですよ!」
「否定しないんだな」
「はい。
ちなみに"仇花"は3つですが、"仇"の方は5つあります」
「……5? 勝っているんだな」
「はい。なので、朗報です。
進級できれば、余った仇で"仇花"のペナルティは消してもらえるそうです」
「なら、達磨は回避できそうなのか?」
「そうです! ただし、"勝ち続ければ”ですけどね」
卯月はフォークをくるっと回して、少し首をかしげてみせた。
「なので今は、“仇討ちしてくれそうで、ちょっと弱そうな人”を探してます」
「それ、めちゃくちゃ失礼な戦略だぞ……」
「えっ? でも現実って、割とそういうもんじゃないですか?」
あっけらかんとした顔で言うな。
「ホントは、強い人と真っ向勝負してみたいんですよ。熱い感じのやつ。
でもそういう人に挑んで、"はい、達磨”ってなったら笑えないですし――」
「まあ、確かに。負けたら人生終了は、主人公でもきついな」
「しかもですよ? 強い人って、たまに“理不尽に強い”んですよね。
“あ、ボクは、物語の中心じゃないんだ”って気づかされる瞬間が、一番メンタル削れるっていうか……」
「分かる気すんなー!
結局、"偉い奴が勝つ”みたいなとこあるしな!
あとオレ、喧嘩で殴ってる時に、体格差とか想像すると『うわこれ絶対痛いだろ……』って思って、地味に心やられる」
「雨柳に殴られたら、物理的にも精神的にもダメージでかそうだな……」
「そうそう! だから戦うなら、できれば同じくらいか――ちょっとだけ弱い人が理想です。
あと、アドバイスとかもしません。ライバルに手加減とか、ないですから」
さらっと言い切る山田。
すぐに続けて、少し声をやわらげた。
「……とはいえ、名取くんみたいな人は放っておけませんでしたけど!」
「俺? ……なんかしたか?」
思わず首をかしげると、山田はぱちっとウインクしてくる。
「はい、今、誤魔化しましたね?
でもまあ……今の顔が良いので、良しとします!」
「なんだその雑な基準……」
照れくさくなって、
手元の“アヤメとショウブとカキツバタのエルダーフラワー・ジュレ仕立て微発泡ソーダ”――という、もはや一文で息切れしそうなドリンクを一口すする。
……意外とすっきりしてて、美味かった。
◇
「「……でも、正直な話、最初から覚悟決めて入ってくる人なんて、ほとんどいませんよ」
「へえ。意外」
「だいたい“なんとなく”ですよ。“なんとなく入って、なんとなく願って、なんとなく負けて、仇花になる”――それが、この学苑のスタンダードです」
「なんかこう……地味にリアルだな、その“なんとなく”地獄」
「生徒の半分くらい、“あれ、俺何しに来たんだっけ?”って思ってますよ。
でも、仇を抱えた瞬間に、学苑って急に現実味を帯びてくるんです」
「じゃあ、“シマ”に入るのも、その“なんとなく”で決まるのか?」
俺がそう尋ねると、卯月はナイフを置いて、フォークの柄をくるくる指で回しながらうなずいた。
「ええ。“誰の下で戦いたいか”って、それだけです。
言い換えれば――“どの王様についていくか”って話です」
「王様?」
「自分の願いを否定しない相手。
一緒にいたら、"意味がある”って思える人。
理屈より、"この人となら信じられる気がする”って感覚。……シマって、そういう場所なんです」
「ふーん……意外とロマンチックなんだな、シマ」
「ちょっとだけ中二病っぽさもありますけどね。『この人こそ、我が王!』みたいなやつ」
「やめろ、それ一気に胡散臭くなるだろ」
◇
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