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27.“黒毛和牛と鶴の巣籠もりステーキ~赤短ソース添え~”と仇の話




「すっげぇな……何この“炙り桜肉のポルチーニ香る青秋仕立て”って……」


雨柳がメニューを睨みつけるように見ながら、眉をしかめた。

俺も、つられるように身を乗り出す。


「名前の時点で腹いっぱいになるな……。

ていうか、値段も普通にラーメン五杯分だし」


「え? お腹いっぱいになるんですか? 名前で?」


「そういう意味じゃねえよ」


「”桜肉”ってことは……馬? てことは、炙り馬ポルチーニ……?

ポルチーニってなんだ? チーズっぽいな!」


「それもう、うまいかどうかもよくわかんねえな……」


「ポルチーニは、キノコですよ?

迷っているうちに注文しちゃいますね!」


メニュー名だけで迷子になってる俺たちの横で、山田――いや、卯月はさも当然のように指を立てる。


「ボクは“黒毛和牛と鶴の巣籠もりステーキ〜赤短ソース添え〜”でお願いします」


ぴしっと姿勢よく、ナプキンを膝に敷いてる。

もう、なんか慣れすぎてて違和感がない。


「……なあ、山田。払うの、お前だよな?」


「もちろんですとも!」

胸を張る卯月。誇らしげ。


「"ですとも”って……貴族かよ」


「まあ、卯月は貴族だよな!」


「まあ、家が家なので。実は執事的な人が先に入学してまして。

いま学苑内にふたりいますよ」


「お抱え執事が先に入学してんの!? 何その順番おかしくね!?」


「えー、でも彼らのほうが早く青秋に馴染んだんですよー。

僕の生活環境を整えるのが仕事ですからね」


「え、えっと……掃除とか洗濯とか?」


「いえいえ、そもそも青秋の“空気感”って独特ですから。

仇討ち制度に慣れないと、生活も大変なんですよ。

主のために先に仇を把握しておくのは当然ですし」


「うわー、もう言ってることが上流階級なんだよ……」


「むしろボク、仇討ちがないと成績で競えませんからねー。

勉学よりも政治戦略パワーゲームの世界だなんて、入ってから知りましたよ……」


「あー。パワーゲーム?」


「ていうか、"鶴の巣籠もりステーキ”って、どの部位だよ……?」


「演出です。たぶん巣に見立てたポテト系の何かの上に、鶴型にカットされた黒毛和牛が乗ってると思われます」


「鶴型の黒毛和牛?」


「黒毛和牛に失礼だよな?」


「俺も思った」


「でも、赤短ソースですよ?」


「花札の……?」


「そうです! 梅とザクロのソースですけどね!

この学苑、メニューにも札の意匠が込められてるんです。おしゃれ!」


「そういう小技はいらねぇんだよ!」


「逆にナトリは何頼むの?」


「……炙り桜肉とキノコのやつ、半分こでもいい?」


「オレもそれでいいや。てか、せめて庶民は割り勘でよ……」


「駄目です!」


ぴしゃりと、山田が即答。


「今日はボクが“お友だち獲得記念日”ってことで、ごちそうするんです!

というわけで、食べたいものを注文してください!」


「いや、そんな記念日、聞いたことねえし……」


「ボクは祝います! 人生は祝えば祝うほど、幸せになるって言ってました!」


「どこかの偉人かよ」


「どうせこの学苑、ギスギスすることばっかだし。

飯くらい、誰かと笑って食ってもいいよな」


「はいっ! 名取くん、良いこと言いました!

あとで赤短ソースちょっと分けてあげます!」


「……ありがとう。

さて、メニューを見るか」


メニューを見た。最近の小説よりも長いな。

俺は、そっとメニューを閉じた。


「なぁ、ナトリ。肉って頼んだら、肉来ねぇかな?」


「雨柳、恥ずかしいことを言うんじゃありません!空気を読めない庶民になるでしょうが」


「お二人は嫌いな食べ物ありますか?」


「ないな! 何でも食べる!」


「俺ピーマン」


「へぇ、ナトリって人間じゃなくてピーマンなんだな!」


「高級レストランに似合わない程、男子高校生してますよねー?

……ま、ボクが二人をカバーして余りある貴族ですけど!

すみませーん!」


貴族らしからぬ注文の声が厨房に通っていく。

どこか高級感のあるベルの音が、控えめに響いた。


「彼には、香る初夏の牡丹と鶏むねコンフィの“蝶舞う庭園風”薄紅仕立て 〜静寂に咲くカスたちのフィロソフィと共に〜を。

彼には、雷神の御膳“鬼雷轟鳴”柳に揺れる黒毛和牛の雷光炙り 〜太鼓の律動と雨のしじまに潜む八品の調和〜を」


「なんて?」


「俺も分からん」



料理が来るまでの間、ふと、前から気になっていたことを口にする。


「なあ、山田。"仇”ってさ……結局なんなんだ?」


「俺も思ってた。仇花とか真実とか……言葉だけ一人歩きしてる感じで、よく分かんねぇ」


雨柳も同調するようにうなずく。

すると山田は「えっ?」という顔をして、二人を交互に見た。


「……おふたりとも、シマ所属ですよね?」


「一応な」


雨柳が肩をすくめる。


「俺も、なんか流れで入って……詳しい説明は、特になかった」


「うわ……それ、わりとヤバいやつですよ……」


山田は一回頭を抱えてから、椅子に座り直して語り始めた。


「じゃあ、ちゃんと説明しますねっ!」


その声はまるで先生みたいだったけど、聞きやすかった。


「"あだ”っていうのは、この学苑の中だけで叶えられる――“願い”のことなんです」


「学苑限定、ってこと?」


「うん。"有名になりたい"とか、"記憶を取り戻したい"とか、"誰かを救いたい"とか……普通じゃムリなことでも、この学苑なら“叶うかも”っていうのが“仇”」


「……で、それを叶える手段が“仇討ち”ってやつか?」


「そう。仇討ち……花札で勝負して、勝てば“願いに近づく”」


「近づくってのは、どういう意味だ?」


「ボクも“真実”を持ったことはないので想像ですけど……たとえば、"あの人に許されたい”って仇だったら、偶然その人と再会できるような流れが来る。

要するに、"奇跡が起きやすくなる”ってこと、だと思っています」


「運命の風向きが変わる、みたいなもんか」


「うん、そんな感じですね!

でも、負けてさらに“偶数月の札”を引くと――その仇は“仇花”になる」


「仇花?」


雨柳の表情が少し曇る。


「あー……それ、あいつらのことか。

オレ、メシアに言われて、よく理事長室に運んでたんだよな」


「運ぶ?」


「持っている仇が仇花になった奴は、大体ぶっ壊れる。精神的に。

だから、まともに歩けない奴もいるし、パニックになって暴れる奴もいる。

そいつらを理事長室まで運ぶ役目、なんか知らんけど、オレがよくやってた」


「……精神が、壊れる」

俺も見ているが、あれが日常茶飯事なように雨柳が言っている。


「ってことはよ。

仇花になった奴の願いって、消えちゃってんのか?」


「完全には消えません。でも、"学苑からの支援”がゼロになります。

奇跡も起こらないし、仇討ちに挑むチャンスも、ほぼ来なくなる」


「つまり、自分の力だけでなんとかしろって話か……」


「その通りです。で、仇花が5つになると――“達磨(だるま)”になります」


空気が、少しだけ張り詰めた。


「達磨?」


「手も足も出ない、という花札用語ですが――この学苑でもそれがあります。

仇花を5つ抱えたら、生活のすべてを人に決められるようになる。

授業も、自由時間も、自分で選べない。……"手も足も出ない”状態」


雨柳が、小さく息をのんだ。


「……人間扱いされねぇってことか」


「そう。

でも――逆もあるんです」


「はい。でも、逆もありますよ」

山田の口調がほんの少しだけ明るくなる。


「"仇”を3つ以上“喰って”、進級できれば――“真実しんじつ”になります」


「真実……?」


「学苑の外でも、影響する願いです。

“死んだ人に会いたい”って仇だったら、本当に会えるかもしれない。

“過去をやり直したい”って仇なら、運命そのものが書き換わることもある」


「それ、もはや現実じゃないな……」


「うん。でも、それが“青秋学苑”って場所です。

だから、みんな仇に必死になる。……それしか、残されてない人もいますから」


その最後の言葉だけ、少しだけ小さくなった。

「……でも、ボクは、仇花になったって別にいいですけどね」


「……え?」


思わず聞き返した。

あまりにもさらっと言うから、逆に耳に引っかかった。


山田は笑っていた。

いつもの、あの人懐っこい笑顔で。

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