表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/68

26.青春はメシと奢りで出来ていたい


「あ、雨柳くんじゃないですか」


「へえ、紫藤とナトリ、仲良いんだなー……ふーん……」


雨柳は口をとがらせ、やけに長く語尾を伸ばした。どう見ても、拗ねてる。


「三人で行くか? 飯」


俺がそう言うと、すかさず隣で山田が一歩前に出た。どこか決意を込めた顔で、まっすぐ雨柳に向き直る。


「奢るので……友だちになりませんか?」


笑顔は一応作ってるけど、目の端に緊張がにじんでる。その声も、ちょっとだけ震えていた。


――その瞬間。


雨柳の眉がぴくりと跳ねた。


「山田、それ卒業するって言ってなかったか?」


俺が思わず突っ込むと、山田は肩をすくめて少し寂しそうに笑った。


「だって、ボクの取り柄って……お金くらいしかない気がして……」


「……紫藤とは、友だちになりたいと思ってた。金で釣られたわけじゃねーし」


雨柳は、そっぽを向きながらそう言った。ぶっきらぼうだけど、どこか照れ隠しが混じった声だった。


「次からは、何の見返りなしに仲良くしろよ。そうじゃなきゃ、ただの取引だろ」


その言葉に、山田はきょとんと目を丸くして――ぽつりと、俺の方を振り返った。


「……さっき、名取くんも似たようなこと言ってました」


「あと、俺のことは鬼雷でいい」


「えー、“キライ”って言うの、キライみたいでなんか嫌なんですよね……鬼くんとかどうですか?」


「"鬼くん”? あ、それもあり!」


雨柳の顔がぱっと明るくなった。本人も自覚ないのかもしれないけど、声のトーンまでちょっと上がってる。


「じゃあ、決定ですね。鬼くん、これからよろしくお願いします!」


「おう……」


少し間が空いて、ポリポリと後頭部をかきながら答える姿に、思わず俺も笑ってしまった。


「雨柳」


「名取って、人のこと苗字で呼びがちだよな」


「名前で呼ぶと、贔屓してるみたいに見えるからな」


――まあ、こっちは元教師だ。変に距離感バグるのは避けたい。


「ていうか、二人って、もともと知り合いだったのか?」


俺がそう訊ねると、鬼雷はちょっとだけ俺を見て、肩をすくめた。


「顔は知ってた。クラス違うし、話したことは……そんなないけどな」


「……でも、たまに鬼くんが忘れ物したとき、誰も貸してくれなかったので……ボク、貸してました」


「……ああ、そんなこともあったな」


「その時、怖い人だなーって思っていたけど……」


山田は、ちょっとだけ視線を逸らして、言いにくそうに続けた。


「……そんなことなさそうだって、あとから聞いて。それで、なんとなく……気になってたんですよね」


「……怖くないなんて言う奴いるのか?」


「名取くん」


その言葉に、雨柳が一瞬だけ目を丸くしたかと思えば、


「ああ! 成程な!」


と、急に腑に落ちたように大きく頷いた。まるで子どもみたいに表情が一気に明るくなる。


「見た目は怖いけど、中身は子犬っぽいって、今納得しました」


「ちょ、やめろや!」


山田がくすくす笑いながら言うと、雨柳は顔をしかめて、肩を揺らしながら笑い返した。


「子犬はねーだろ! オレ、そんなフワフワしてねぇって!」


「じゃあ、子犬じゃなくて……柴犬?」


「どっちにしろ犬じゃねーか!」


「でも、よく見ると耳もなんかちょっと……垂れてるように見えてきました」


「垂れてねーよ! ナトリ、何とか言ってくれ!」


「……悪い。ちょっと似てると思った」


「うわー、裏切られた!」


雨柳は肩をがくっと落として大げさに俯いたが、その仕草がまたちょっと子犬っぽくて、ますます否定しづらかった。


山田は安心したように、ほんの少しだけ胸に手を当てて、こっちを見た。

俺はそのふたりを見ながら、どこかくすぐったい気持ちになっていた。


――そんな、他愛もないやりとり。


だけど、確かに感じていた。

今まで閉じていた世界に、小さな風が吹き込んでいる。


少しずつ。

でも、ちゃんと。

俺の世界が、広がっていくのを。


「なあ、ナトリ。どうして、紫藤と一緒にいたんだ?」


「ちょ、ずるいですよ! ボクに“鬼くん”って呼ばせといて、それはなしですよ!

君も、ボクを“卯月”って呼んでくださいよー!」


「呼んでいいのか? なんか、友だちって感じするな……!

でも仲良くしてたら――後で、メシアに何か言われるかも」


「メシア?」


「ん。燕メシア。柳シマの実質的なボスみたいなやつ。

本当は“臣ちゃん”――小野 道臣って主牌がいるんだけどさ。

……まあ、実質支配してんのはあいつだよ。教祖かよってレベルで」


「そんなことはどうでもいいです!」

山田――いや、卯月は両手を広げて強く主張してきた。

「とにかく、ほら、“卯月”って呼んでください!」


「卯月」


「ありがとうございます! ふふっ、鬼くん、大好きですよー!」


卯月が笑顔で手を伸ばすと、雨柳は反射的にビクッと肩を引いた。

けど、すぐに「あ……」って顔になって、その手を取って自分の頭にポン、と乗せた。


「悪い。……慣れてねーんだ、こういうの」


「ボクもよく“距離感バグってる”って言われるんです。

すみません、嫌じゃなかったですか?」


「嫌じゃねぇ。……なんか、変な感じするだけ。

ナトリも、撫でてみるか?」


「……っ、恥ずかしいからパス」


「名取くんは、喜んでと言ってます」


「は? 言ってねえだろ」


「でも、"勝手にする分には怒らねー”って顔してました」


「……ああもう、勝手にしろよ。勝手にする分には怒らねえよ」


「やったー! じゃあ、撫でます。

鬼くんは左側、ボクは右側から」


「なんで担当決めたんだ?」


「……卯月、ナトリも、かなりハードな学苑生活送ってんだよ。

労おうぜ、ちゃんと」


「そうですねー。えらいですよー、名取くん。

歪んだ学苑で、頑張って生きてえらいですねー」


「よく頑張ってるなー、ナトリ。

……生きている時に撫でんの、緊張するわ」


「~~っ、お前ら……恥ずかしいんだよ、まとめて……」


だけど――あたたかくて、本当に困る。

嬉しい。

無遠慮に踏み込まれるのは、好きな方だ。


ただ、俺は“生徒”じゃない。

だから、いつか別れることになるだろうし――この学苑にいる限り、敵になる可能性だってある。


「……頭、バグりそうだな」


「バグったら、ボクが守ってあげます」


「卯月、弱そうじゃん。

オレも守るから、ナトリは安心しろって!」


「お前が言うなっての。……でもまあ、俺が守るから安心しろよ」


「せい!」


ぺしん、と軽いチョップが飛んできた。

山田が、ドヤ顔で手を引っ込める。


「痛っ」


「頼るっていうのはスキルなんですよ。

つまり、名取くんは“頼るレベル0”のクソザコってことです~~~!」


「誰がクソザコだ!」


「でも、ちゃんと認めたら、レベル上がりますよ?」

そう言って、山田はにこにこしながら俺の頭を撫でてくる。


「ボク、誰にも負けないんですよ。この学苑で――負けた数だけは」


一瞬、空気が止まる。

俺と鬼雷が、そっと目を合わせた。


「……それ、誇らしげに言うなよ」


「大丈夫か? 暴力、いるか?」


「いりませんし、違いますよ!?

……でも、メンブレしてないの、ちょっとすごくないですか!?」


「メンブレってなんだ?」


「メンタルブレイク。精神崩壊のことだな!」


「やけに嬉しそうに言うな……」


「ナトリの知らねー言葉をオレが知っているの、嬉しいんだよなー」


「使いどころが難しい単語ですからねー。

でも、ボクの心はしぶといんです。豆腐メンタルの天ぷら衣付きぐらいには」


「なんだその例え……逆に脆そうだぞ?」


「……カリッとしてるけど、すぐ崩れそうだな」


「全く、ふたりとも失礼です!

ほらほら、食堂行きますよ!」


卯月は頬を膨らませながらも、どこか嬉しそうに笑っていた。

その横で、雨柳もわずかに目元を緩める。


――ふたりの笑顔を見ながら、

俺は、この時間が、ちょっとだけ名残惜しく感じていた。


この“今”が、いつまで続くかわからない。

けど、確かに――俺は、ここで少しずつ、生きている。


ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。


もしよければ、下にある「☆☆☆☆☆」から作品の評価をしていただけると嬉しいです。

面白かったら★5つ、合わなかったら★1つでも大丈夫です。正直な感想をお聞かせください。


それからブックマークしてもらえたら、ものすごく嬉しいです。

「続きが気になる」と思ってもらえたことが、何よりの励みになります。


どうぞ、よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ