26.青春はメシと奢りで出来ていたい
◇
「あ、雨柳くんじゃないですか」
「へえ、紫藤とナトリ、仲良いんだなー……ふーん……」
雨柳は口をとがらせ、やけに長く語尾を伸ばした。どう見ても、拗ねてる。
「三人で行くか? 飯」
俺がそう言うと、すかさず隣で山田が一歩前に出た。どこか決意を込めた顔で、まっすぐ雨柳に向き直る。
「奢るので……友だちになりませんか?」
笑顔は一応作ってるけど、目の端に緊張がにじんでる。その声も、ちょっとだけ震えていた。
――その瞬間。
雨柳の眉がぴくりと跳ねた。
「山田、それ卒業するって言ってなかったか?」
俺が思わず突っ込むと、山田は肩をすくめて少し寂しそうに笑った。
「だって、ボクの取り柄って……お金くらいしかない気がして……」
「……紫藤とは、友だちになりたいと思ってた。金で釣られたわけじゃねーし」
雨柳は、そっぽを向きながらそう言った。ぶっきらぼうだけど、どこか照れ隠しが混じった声だった。
「次からは、何の見返りなしに仲良くしろよ。そうじゃなきゃ、ただの取引だろ」
その言葉に、山田はきょとんと目を丸くして――ぽつりと、俺の方を振り返った。
「……さっき、名取くんも似たようなこと言ってました」
「あと、俺のことは鬼雷でいい」
「えー、“キライ”って言うの、キライみたいでなんか嫌なんですよね……鬼くんとかどうですか?」
「"鬼くん”? あ、それもあり!」
雨柳の顔がぱっと明るくなった。本人も自覚ないのかもしれないけど、声のトーンまでちょっと上がってる。
「じゃあ、決定ですね。鬼くん、これからよろしくお願いします!」
「おう……」
少し間が空いて、ポリポリと後頭部をかきながら答える姿に、思わず俺も笑ってしまった。
「雨柳」
「名取って、人のこと苗字で呼びがちだよな」
「名前で呼ぶと、贔屓してるみたいに見えるからな」
――まあ、こっちは元教師だ。変に距離感バグるのは避けたい。
「ていうか、二人って、もともと知り合いだったのか?」
俺がそう訊ねると、鬼雷はちょっとだけ俺を見て、肩をすくめた。
「顔は知ってた。クラス違うし、話したことは……そんなないけどな」
「……でも、たまに鬼くんが忘れ物したとき、誰も貸してくれなかったので……ボク、貸してました」
「……ああ、そんなこともあったな」
「その時、怖い人だなーって思っていたけど……」
山田は、ちょっとだけ視線を逸らして、言いにくそうに続けた。
「……そんなことなさそうだって、あとから聞いて。それで、なんとなく……気になってたんですよね」
「……怖くないなんて言う奴いるのか?」
「名取くん」
その言葉に、雨柳が一瞬だけ目を丸くしたかと思えば、
「ああ! 成程な!」
と、急に腑に落ちたように大きく頷いた。まるで子どもみたいに表情が一気に明るくなる。
「見た目は怖いけど、中身は子犬っぽいって、今納得しました」
「ちょ、やめろや!」
山田がくすくす笑いながら言うと、雨柳は顔をしかめて、肩を揺らしながら笑い返した。
「子犬はねーだろ! オレ、そんなフワフワしてねぇって!」
「じゃあ、子犬じゃなくて……柴犬?」
「どっちにしろ犬じゃねーか!」
「でも、よく見ると耳もなんかちょっと……垂れてるように見えてきました」
「垂れてねーよ! ナトリ、何とか言ってくれ!」
「……悪い。ちょっと似てると思った」
「うわー、裏切られた!」
雨柳は肩をがくっと落として大げさに俯いたが、その仕草がまたちょっと子犬っぽくて、ますます否定しづらかった。
山田は安心したように、ほんの少しだけ胸に手を当てて、こっちを見た。
俺はそのふたりを見ながら、どこかくすぐったい気持ちになっていた。
――そんな、他愛もないやりとり。
だけど、確かに感じていた。
今まで閉じていた世界に、小さな風が吹き込んでいる。
少しずつ。
でも、ちゃんと。
俺の世界が、広がっていくのを。
「なあ、ナトリ。どうして、紫藤と一緒にいたんだ?」
「ちょ、ずるいですよ! ボクに“鬼くん”って呼ばせといて、それはなしですよ!
君も、ボクを“卯月”って呼んでくださいよー!」
「呼んでいいのか? なんか、友だちって感じするな……!
でも仲良くしてたら――後で、メシアに何か言われるかも」
「メシア?」
「ん。燕メシア。柳シマの実質的なボスみたいなやつ。
本当は“臣ちゃん”――小野 道臣って主牌がいるんだけどさ。
……まあ、実質支配してんのはあいつだよ。教祖かよってレベルで」
「そんなことはどうでもいいです!」
山田――いや、卯月は両手を広げて強く主張してきた。
「とにかく、ほら、“卯月”って呼んでください!」
「卯月」
「ありがとうございます! ふふっ、鬼くん、大好きですよー!」
卯月が笑顔で手を伸ばすと、雨柳は反射的にビクッと肩を引いた。
けど、すぐに「あ……」って顔になって、その手を取って自分の頭にポン、と乗せた。
「悪い。……慣れてねーんだ、こういうの」
「ボクもよく“距離感バグってる”って言われるんです。
すみません、嫌じゃなかったですか?」
「嫌じゃねぇ。……なんか、変な感じするだけ。
ナトリも、撫でてみるか?」
「……っ、恥ずかしいからパス」
「名取くんは、喜んでと言ってます」
「は? 言ってねえだろ」
「でも、"勝手にする分には怒らねー”って顔してました」
「……ああもう、勝手にしろよ。勝手にする分には怒らねえよ」
「やったー! じゃあ、撫でます。
鬼くんは左側、ボクは右側から」
「なんで担当決めたんだ?」
「……卯月、ナトリも、かなりハードな学苑生活送ってんだよ。
労おうぜ、ちゃんと」
「そうですねー。えらいですよー、名取くん。
歪んだ学苑で、頑張って生きてえらいですねー」
「よく頑張ってるなー、ナトリ。
……生きている時に撫でんの、緊張するわ」
「~~っ、お前ら……恥ずかしいんだよ、まとめて……」
だけど――あたたかくて、本当に困る。
嬉しい。
無遠慮に踏み込まれるのは、好きな方だ。
ただ、俺は“生徒”じゃない。
だから、いつか別れることになるだろうし――この学苑にいる限り、敵になる可能性だってある。
「……頭、バグりそうだな」
「バグったら、ボクが守ってあげます」
「卯月、弱そうじゃん。
オレも守るから、ナトリは安心しろって!」
「お前が言うなっての。……でもまあ、俺が守るから安心しろよ」
「せい!」
ぺしん、と軽いチョップが飛んできた。
山田が、ドヤ顔で手を引っ込める。
「痛っ」
「頼るっていうのはスキルなんですよ。
つまり、名取くんは“頼るレベル0”のクソザコってことです~~~!」
「誰がクソザコだ!」
「でも、ちゃんと認めたら、レベル上がりますよ?」
そう言って、山田はにこにこしながら俺の頭を撫でてくる。
「ボク、誰にも負けないんですよ。この学苑で――負けた数だけは」
一瞬、空気が止まる。
俺と鬼雷が、そっと目を合わせた。
「……それ、誇らしげに言うなよ」
「大丈夫か? 暴力、いるか?」
「いりませんし、違いますよ!?
……でも、メンブレしてないの、ちょっとすごくないですか!?」
「メンブレってなんだ?」
「メンタルブレイク。精神崩壊のことだな!」
「やけに嬉しそうに言うな……」
「ナトリの知らねー言葉をオレが知っているの、嬉しいんだよなー」
「使いどころが難しい単語ですからねー。
でも、ボクの心はしぶといんです。豆腐メンタルの天ぷら衣付きぐらいには」
「なんだその例え……逆に脆そうだぞ?」
「……カリッとしてるけど、すぐ崩れそうだな」
「全く、ふたりとも失礼です!
ほらほら、食堂行きますよ!」
卯月は頬を膨らませながらも、どこか嬉しそうに笑っていた。
その横で、雨柳もわずかに目元を緩める。
――ふたりの笑顔を見ながら、
俺は、この時間が、ちょっとだけ名残惜しく感じていた。
この“今”が、いつまで続くかわからない。
けど、確かに――俺は、ここで少しずつ、生きている。
◇
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