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25.花札は"遊び"だと、戦場で笑い合った(ライラック戦、藤花編:終)





俺の番。


さっき場に出した「梅に鶯」に、手札の「梅の赤短冊」を重ねて取る。


「まあ、やっぱり持ってましたよねー」


山田が、少し得意げに言ってくる。


「読まれてたか」


「はい。前の手番で、柳じゃなくて梅を優先してたので……

“あっ、これ、赤短残してるな”って」


「するどいな」


俺は軽く笑って、めくる。

出たのは、藤の短冊。



山田の番。


「……あー、そっか。

こうなるんですね……」


静かに、でもどこか緊張をにじませた声。


山田は、震える手で札を一枚出した。


「……ボク達、本気で戦ってますね」


そう言って、

場に置かれたのは――菊に盃。


……それを見た瞬間、俺は気づいた。


あれは山田が前に俺に提案してきた“勝ち筋”。

その時は冗談かと思ってた。

でも、違った。

あれが――山田の、本気の本気だった。


だからこそ、嬉しい。けど、それ以上に苦しい。


……その奇跡は、絶対に起きない。


だって、残りの菊は、全部――俺の手札にある。


絶対に引けないって、俺だけが知ってる。

なのに。

なんで、俺は――

「起きないはずの奇跡」を、心のどこかで期待してるんだろう。


山田が、そっと札をめくる。


――牡丹のかす。


分かってた。最初から、分かってたのに。


「……ああ、駄目でしたか」


山田が静かに呟いた後、ぐっと目を閉じた。


「……ッ、すっごく悔しい。

なのに、引ける気がして……願ってしまってたんです、ずるいですよね」


悔しさと、どこか晴れやかな笑顔が混ざってる。

それでも、目は涙をこらえるみたいに、ぎゅっと細められていた。


「でも……それ以上に、ボクは嬉しいんです。

名取くんが、ちゃんと本気でやってくれてたことが――本当に嬉しい」


「……まだ、勝ったわけじゃないぞ」


「ううん、もう分かってます。

だって……ボクが菊に盃を出した時。

本当は、もっと優しい顔をしてくれると思ってたんですよ?

でも――名取くんは、世界で一番自分が悪い子だって顔、してました」


喉の奥がひゅっと鳴る。

完全に、見透かされてる。


「ボクの負けです。さあ……ひと思いに、どうぞ!」


悔しさ全開の声。

だけど、不思議と――それが、すごく心地良かった。


……ああ、これが“全力”ってやつか。



俺の番。


場には――【菊】に盃。

手札には、【菊】の青短冊と、【菊】のかす。


……どっちを取るか。


菊の青短冊を取れば、青短が揃う。

牡丹の青短、紅葉の青短、そして菊の青短で――5文。


さらに、桜に幕と菊に盃で「花見で一杯」も完成する。これも5文。


合計10文。7文を超えてるから――倍付。

つまり、20文の勝ち。


……でも、なんか。すっごく嫌だった。


勝負ってのは、分かってる。

山田も「ひと思いにどうぞ」って言ってくれた。


でも、俺は――そんな大差で勝ちたくない。


本気を出したいって言ったのに、こんなにも“勝つこと”に怖さを感じてる。

同点で終わるなら、それでもいいって……甘えてる。


はっきりした理由は思い出せない。

でも――あの教室で、誰よりも勝って、誰かを壊して、そして俺も壊れた――そんな気がする。


だから、また誰かを押しのけて一番になるのが、怖いんだ。


場を見つめたまま、俺は無意識に表情を歪めてたらしい。

そんな俺を見て、山田が優しい声をかけてくれた。


「大丈夫、ですか?」


その声が、なんだかすごく温かかった。


思わず、口が勝手に動いた。


「……同点で引き分けるか、それとも……オーバーキルするか、迷ってるんだ。

でもさ、これって――遊び、だよな?」


山田は、俺の迷いに気づいたのか――ふっと笑った。


「あはは。

ほんと、名取くんって“戦う”のが得意だ。

なのに、戦う事が怖い人ですね」


その声は、からかってるようで、どこか優しかった。


「大丈夫。これは遊びですから。

……オーバーキルされたら、ボクもちょっと凹んじゃいますし」


それから、いたずらっぽく笑って、肩をすくめる。


「――全力って言ったの、ちょっと撤回してもいいですか?」


「……ありがとう」


「なんでですか。

むしろ、ボクのほうこそ“ありがとう”ですよ?」


包み込むみたいな声に、心の奥がふっと軽くなった。


俺は、静かに札を出す。


「出来役。花見で一杯。5文だ」


「こいこいは、しますか?」


「今ここで聞くのか?」


「ええ。気が変わって、オーバーキルしたくなったらどうしようかと思って」


「……ちょっと意地悪だな」


「ふふっ。ちなみに、あと7文ありますよ?」


「7……?」


「はい。さっきの菊のかすで、"かす”が10枚になってます」


「もう1文は……?」


「菊に盃は、たね札なんですけど、かすとしてもカウントされるんですよ。

つまり、今の名取くん、"かす11枚”です」


「じゃあ俺は――同点じゃなくて」


「はい、7文。

しかも、7文以上は“倍付”なので――14文です。大勝利ですね」


そう言うと、山田はぱちぱちと拍手したあと、ひょいっと手を伸ばして俺の額をデコピンした。


「……本当に、同点で終わる札だったら、ボク、ちょっと拗ねてましたよ」


そう言って、さらっと俺の頭を撫でてくる。


「とにもかくにも、貴方の勝利です。

名取くんは、よく頑張りました」

あたたかい手のひらに、なんだか胸がぎゅっとなる。

――こんな風に負けてくれる相手に、救われることがあるなんて、思いもしなかった。



「全力で戦ってくれたってことで……合格です! なので、ボクが奢ります!

食堂の……いっちばん高いランチ、いきましょう!」


そのときだった。


ふと、背中に電気が走るような気配を感じた。

目線の先――中庭の端の方。

木陰のすき間から、誰かがじっとこっちを見ていた。


俺は、無意識にそっちを振り返った。


――目が合う。


その視線はまっすぐで、妙に鋭かった。

暑くもないのに、首筋に汗がにじむ。


気づけば、あの影がゆっくりとこちらへ歩き出していた。


「……なぁ」


中庭の小道をズカズカと歩いてきたのは、制服のポケットに手を突っ込んだままの大柄な少年だった。

眉をひそめて、じとっと俺のことを睨んでくる。


「なんでナトリ、普通に出歩いてんだよ。

幽閉されてるって聞いたんだけど?」


軽くあごを突き出してくるその姿は、まるで不機嫌な番犬みたいだった。

でも、その目の奥には――たしかに、"気にしてた”気配があった。


そう言って歩いてきたのは――雨柳 鬼雷だった。

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