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23."視線"を追うのは、元教師の癖



三月戦。


山田が札を配った。

俺が自分の札を見ようとした、その時だった。


「あー……」

山田が、小さくうめくように声を漏らす。


「これ、ちょっと……配り直した方がいいかもしれません」


「ん? どういうことだ?」


「ボクの札が良すぎて……このままだと、貴方が勝てない気がして」


そう言って、山田は本気で困った顔をしていた。

どうやら、俺に勝ってほしいらしい。頭を抱えて、真剣に悩んでる。


「いや、大丈夫。そのままでいい」


「でも……たぶん、ボク勝ちますよ?」


五光でも揃ってるのか? いや、マジで強札なんだろうな。

怖い。正直めちゃくちゃ怖い。

俺はまだ、自分の札を見てすらいない。けど、それでも――


「それで配り直すってのは、違うだろ」


俺がそう言うと、山田の顔がぱっと明るくなった。


「貴方って、ほんと格好いいこと言いますね!」


「貴方じゃなくて、名取な」


「名取くん!」

嬉しそうに名前を呼ばれたのが、ちょっと意外で、ちょっと照れくさくて。

なんか、心の奥の方が、じんわり熱くなった。


俺は、全力でやるつもりだ。そう、全力で。


どんなに悪い札でも――


場を見る。

【桐】に鳳凰、【桜】のかす、牡丹に青短冊、【桐】のかす、【桜】のかす、芒に雁、【桐】のかす、藤のかす。


俺の札を見る。

【桜】に幕、柳のかす、【桐】のかす、梅の赤短冊、梅に鶯、菊に青短冊、菊のかす、柳に燕。



……えっ。これ、かなりいける。


「山田、俺の札もなかなかいい感じだぞ」


「えっ、そ、そうなんですか……? それなら……よかった……」


目が泳いでる。

自分の札と場札、交互に見て、なんか焦ってる。


視線の先を追うと――右手側を気にしている。

……見ているのは、芒の雁、か……?なら、芒に月を持ってるな。


なるほどな。

それであんなに「配り直したい」って言ってたのか。

ってことは――あっち、菊に盃もある。


……また、山田があれを持ってるのか。


ちょっとだけ、胸の奥が黒くにじむ。

でも、ふと自分の札に目を落とす。


――菊の青短冊と、かす。俺の手元にも“菊”がある。


しかも、俺は後攻。

ってことは……?


この“菊の盃”が微笑むのは、こっちだ。


……勝てる。


いや、勝つ。


場が、俺に味方してくれてる。――そう感じた。


「山田」


「は、はい? 配り直し、まだ間に合いますよ?」


「格好つけてもいいか?」


「え……?」


「――俺、勝たせてもらう」


「……ッ、はい!」


山田は目を丸くして、それから、嬉しそうに笑った。

その顔があんまりにも素直すぎて、俺もつられて笑ってしまった。


「あはっ、なんだよそれ」


「だって……応援したくなっちゃったんですよ、貴方のこと……!

でも、ボクだって本気でしか打てない。

だから……そうやって強がってくれるのが、ちょっと嬉しかったんです」


「いや、マジで強い手札だからな?」


「えっ」


山田は一瞬で顔が青くなって、札をぎゅっと握った。


「……勝たせて、いただきますからね……!」


小さな肩を震わせながらも、その目だけは真剣だった。

小動物みたいなのに、獣みたいな眼をしてた。


――打ち手の目だ。



山田の番。


「では、取ります!」


勢いよく札を出したかと思えば、

芒に月と芒のかすを、ぱっと持っていく。


そして――思いっきりのドヤ顔。


……うん、予想通りすぎて、思わず笑っちゃった。


「なっ、なっ……なんですか! せっかく格好つけて取ったのに!」


「いや、ごめん……山田」


「な、なんですかっ?」


「視線で、全部読めてた」


「……視線で!?」


「うん。何が欲しいかを目線から読むって、師匠に教わっててさ。

それが俺、なんか……師匠より上手いらしい」


「それ、強くないですか!?」


山田が素で驚いてる。


けどまあ、当然といえば当然かもしれない。

あの教室で、誰が何に困ってるか、何を欲しがってるか――

一瞬で気付けるようにって、ずっと意識してた。


「こればっかりは、努力したんでな」


「でも、それも実力なので構いませんっ!」


山田はきっぱり笑った。

なんか、お坊ちゃまっぽいのに、芯が武士っぽいというか……本当に不思議な奴だ。


「……あっ、危ない。めくり忘れそうでした!」


そう言って、山田が札を引く。

――出たのは、紅葉のかす。


「そういや、今回、俺の手札に紅葉一枚も来ないんだよな〜」


ぽつりとこぼすと、すかさず山田が言い返してきた。


「紅葉、ないんですねー?」


……しまった。


まさかの“仕返し”。

ちょっとだけ悔しいけど、悔しさよりも、やっぱり楽しい。



俺の番。


場に出てる札は――

(桐に鳳凰、桐のかす、桐のかす)、桜のかす、牡丹の青短冊、桜のかす、藤のかす、紅葉のかす。


手札は、

桜に幕、柳のかす、桐のかす、梅の赤短冊、梅に鶯、菊に青短冊、菊のかす、柳に燕。


桐の札が場に3枚出てるな。

こういうときは、手札かめくりで4枚目を出せば――その場の3枚をまるごと持っていける。


だから、桐は“今じゃない”。

後で使えば、一気に4枚ゲットできるってことだ。


桜に幕も同じ。場に桜が2枚あるし、今急いで出す必要はない。

つまり、今は“安全に置いておける札”が2枚もある。


……けど、他の手札が全然場札と合わない。


うーん、こうなったら、どっちかを先に出すしかないな。


山田は「勝てる」って言ってたし、たぶん他にも強札を持ってるはずだ。

それなら、こっちは早めに“かす”を集めて、いつでも上がれる状態を作っておきたい。


――よし。

俺は手札から、桐のかすを出す。


そして、場の桐3枚――桐に鳳凰、桐のかす、桐のかす――そこに自分の桐を合わせて、4枚まとめて持っていく。


「わっ、彦札じゃないですかっ!!」


山田が目をキラッキラにして叫んだ。


「ヒコフダ……?」


聞きなれない単語に、思わず首をかしげる。


「はいっ!

場に同じ花の札が3枚あるときに、4枚目でまとめて取るやつです!“彦札”って言います!」


「おぉ……それって、すごいのか?」


「すごいです! テンション上がりますよね!?

意味とか由来とかは全然知りませんけど!」


熱がすごい。情報量が爆発してる。


「ちなみに、花合わせっていう三人用の花札だと、これで“桐シマ”っていう役になります!」


「じゃあ、今は?」


「今は……ただの光札1枚と、かすが3枚です!!」


「そっか。……じゃあ今から花合わせに――」


「なりません! こいこいは二人用ですからっ!

花合わせは三人用です!そんなに友達いません!」


食い気味で返ってきた。

山田は本当に、花札のことになると熱がすごいな……。


「そういえば、めくってなかったな」


そう言って山札を一枚引く。


出たのは――萩のかす。

……改めて手札を見るけど、萩に猪は今回いない。


俺の合わせ札

桐に鳳凰、桐のかす、桐のかす、桐のかす


山田の合わせ札

芒に月、芒に雁



山田の番。

迷いなく、菖蒲のかすを場に出す。


それから、一枚めくった。

――出たのは、芒のかすだった。


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